樹海の入り口には、自殺するために入る人を思いとどまらせるための看板がある

 『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』という本を上梓させていただいた。人怖とは怪談の1つの種類だ。

 ありていに言えば「幽霊や神秘現象が登場しない、ただただ人間が怖い話」だ。幽霊や神秘現象というのは、怪談の肝の部分だから、人怖を嫌う人もいる。怪談大会では『人怖禁止』だったりする場合もある。

 しかし、個人的には幽霊や神秘現象といったファンタジックな要素がないぶん、よりストレートに恐怖を感じられると思う。

 俺はライターをはじめて20年以上になる。潜入取材や体験取材をしながら得た『人怖』も多い。今回はそんな人怖を2つ紹介したいと思う。

(編集部注:本文中に過激な描写があります)

自殺者の“色”

 俺が富士の樹海の取材を始めて、もう20年近くになる。のべ100回以上は足を運んでいる。

「村田さんは樹海マニアですね」

 と、言われることも多い。だが自分ではマニアだとは思っていない。なぜなら、本当のマニアを知っているからだ。

 そのKさんは40代なかばの男性だ。某有名企業で働いているエリートサラリーマン、優しい笑顔が特徴のスマートな男性だ。

 彼が樹海マニアになったのは、とある一体の死体が発端だったという。

 十数年前、彼はある探検グループに誘われて樹海を訪れた。軽い気持ちで参加した。当時は、今よりも報道規制が緩く、樹海の自殺に関するものも多く、樹海で自殺する人数自体も多かった。死体が多いと噂されている場所を数人のグループで歩いていると、不意に異臭が鼻に着いた。

 異臭に向かって進んでいくと、樹に死体がぶら下がっていた。首吊りだ。

 その死体、ゾンビ映画顔負けなエグい、グロい死体だった。

 顔は赤黒く腫れ、目、鼻、口からは、内臓なのかなんなのか判別できない、セメントのような色をしたジェル状のモノがダラダラとあふれて、濃紺のシャツを汚していた。

 一度見たら忘れられず、トラウマになって病院に通うことになりそうな死体だ。

「そのとき僕は『これだ!!』って感じて。ビギナーズラックというんでしょうか? 最初にそんなのを見つけてしまったら、もうやめられないでしょう」

 Kさんはそれ以来、毎週のように樹海を訪れて死体を探したという。会社の同僚に、週末は何してるんですか? と遠回しに遊びに誘われたときも、

「週末は疲れているから、一日中寝てるよ」

 とウソをついた。

 遊ばない人ではあったが、Kさんは当時ポルシェに乗っていたので、車好きの先輩と思われていたそうだ。

「別にポルシェに対する愛情はなかったですね。ポルシェに乗ってたら早く樹海に着くんですよ。スピードも早いし、みんな避けてくれますしね。エアコンが壊れたので買い替えちゃえました」

 こんなに愛情のない、ポルシェユーザーを見たのは初めてだった。

 Kさんと知り合ってからは、一緒に何度も樹海に足を運んでいる。Kさんは、GPSとコンパスで方向を定めながらかなりゆっくりと歩く。定期的に足を止めて、周りをゆっくりと見渡す。

「色を見てるんですよ。自然って、緑色、茶色、黒くらいしか色のバリエーションがないんです。でも自殺者って自然にはない色を身に着けてることが多いんです。シャツの白や、ロープの黄色、リュックサックの紫色……とかね。それを見つけるために、ゆっくりと見渡してるんです」

 じっくりとあたりを見渡しながら、進む様子はまるでハンターのようだ。

遺体が骨になるまで観察

樹海

 俺がはじめて一緒に樹海を散策したときも、K氏は死体を発見した。

 見つけた死体は、樹木の下に横たわっていた。死因は不明。ほぼ白骨化していて、上半身の骨はバラバラ。頭蓋骨は行方不明になっていた。ただ、腹部から足にかけてはまだ肉、皮が残っていた。

 ほとんど自然に還っている状態だったが、履いていたジーンズはきれいに残っていて、青かった。その青さがK氏の目について、発見に至ったのだ。

「ん〜これは動物に食べられてるのかな?」

 K氏はじっと死体を見ながら、死体の回りを散策する。少し離れた場所に、大きい糞が出てきた。

「このサイズは熊かもしれないですね。樹海ってあまり熊はいないって言われてるけど、熊がいる山とは地続きだし、いても全然おかしくないんですよ」

 と淡々と話した。今いる場所に熊がいるかもしれないというのは、とても恐い話だ。

 俺がそわそわと周りを見ていると、K氏はカバンの中から焼きそばパンを取り出して、ムシャムシャと食べはじめた。もちろん視線の先には死体がある。

 熊はもちろん怖いのだけど、死体を目の前にしてご飯を食べているKさんはよりもっと怖かった。

 Kさんは色以外には臭いでも、死体を見つける。

 一緒に3日間連続で死体の散策を続けたことがあった。朝から夕方まで毎日歩き続け、足はパンパンに腫れた。それでもなかなか死体は見つからなかった。

 諦めかけた頃、ツンと腐臭が香った。Kさんは、珍しく大きな声で

「臭います!! ここらへんに死体が絶対にあると思います!! 探しましょう!!」

 と言った。くんくんと鼻をならせながら、周りを見るが、なかなか見つからない。人間の鼻では、臭いの発生源はなかなか見つけられない。じれったい思いをしているとKさんが、

「ありました!! 横たわって死んでいました!!」

 と大きな声で言った。

 近寄ってみると、地面にあいた穴の下に2人の死体があった。すでに表情は読み取れないほど肉が削げていたが、それでも2人の苦しみは伝わってきた。

 ひたすら大きく口をあけて、のどをかきむしるような形で死んでいたのだ。2人の近くには、毒々しい色の除草剤の缶が置かれていた。

「除草剤を飲んで心中したんでしょうね。除草剤を飲んで死ぬのは苦しいですからね。2人ともかなり苦しんで亡くなったんでしょう」

 とKさんは、まじまじと2人の死体を覗き込みながら言った。いつもと変わらない優しい表情なのだが、それでも興奮が伝わってきた。

 そしてKさんは腐臭が漂う中、やはりカバンの中からさけるチーズやサラダチキンを取り出してムシャムシャとかじった。

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「僕が樹海で死体を探すのを趣味だと知っている人からはよく“Kさんは人を殺さないんですか?”って聞かれるんですよ。さすがに僕はクリエイターではないですね。いくら死体が好きでもそこまではしません。でも最近は死体を育てていますよ」

 とKさんは言う。

 「クリエイターではない」というのは「死体をクリエイト(製作)しない」ということ。

 つまり人は殺さないという意味だ。

 だが「死体を育てる」という意味はなんだろう。

「まだ死後間もない死体を見つけるじゃないですか。そうしたら定期的に足を運んで観察するようにしてます」

 つまり死体が腐って変化していく様子を、「死体が育つ」と表現しているのだ。Kさんに、死体を育てる過程の写真と動画を見せてもらったことがある。

 最初の写真には大きな樹にロープをかけて首を吊っている男性が映っていた。まだ30代で、生きているときの面影が残っていた。

 そして数週間後、顔は青黒く変色し口や目からドロドロと液体がこぼれ出ていた。

 髪の毛や眉毛にはびっしりとハエが卵を産み付けていた。口の中には大量のウジ虫が繁殖しているのが見えた。

 そして夏場には一気に腐っていき、最後は白骨死体になるまでの様子がとらえられていた。言わば“九相図”だ。現代の日本で、死体が骨になるまでの様子を収めた人は他にいないだろう。

「死体が育っていく様を見るのは楽しいですよね」

 と、Kさんはやはり子どもでも見守るようなとても優しい笑顔で言った。

 Kさんは今週末も1人で樹海に行って、新しい死体を散策しつつ、過去に見つけた死体がどのように“育ったか?”を見届けている。

(2本目『突然姿をくらました先輩ライターの行方』は、後日公開)


取材・文/村田らむ 
1972年、愛知県名古屋市生まれ。ライター兼イラストレーター、漫画家、カメラマン。ゴミ屋敷、新興宗教、樹海など、「いったらそこにいる・ある」をテーマとし、ホームレス取材は20年を超える。潜入・体験取材が得意で、著書に『ホームレス消滅』(幻冬舎)、『禁断の現場に行ってきた!!』(鹿砦社)、『ゴミ屋敷奮闘記』(有峰書店新社)、『樹海考』(晶文社)、丸山ゴンザレスとの共著に『危険地帯潜入調査報告書』(竹書房)がある。近著『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)発売中