行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。連載最終回となる今回は、問題のある夫でも離婚したくない妻のケースを紹介します。

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「離婚しない」ことの難しさ

 突然ですが、質問です。離婚する、離婚しない。どちらが難しいでしょうか? 筆者は行政書士・ファイナンシャルプランナーとして17年以上、夫婦の悩み相談にのっていますが、迷わず「離婚しない」ほうと答えます。なぜでしょうか?

 もちろん、ただ単に離婚しないのは決して難しくありません。例えば、自分から「別れたい」と言い出さなければ、そして相手が「別れたい」と言ってきても、とにかく「嫌だ」と言い続ければ、一部の例外(裁判所で離婚が認められるなど)を除き、離婚は成立しません。

 しかし、離婚するか否かを迷うような状況では必ず、大きなトラブルが起こっています。具体的には、小遣い制の「小遣い」が足りず、こっそりとカードローンで浪費を重ね、返済に窮し、ローン残額が300万円に達する。または独身と偽って婚活アプリに登録し、「結婚したい」と女子を口説きまくる。はたまた、言い合いの喧嘩で妻に頭が上がらなくなり、実家へ逃げ込み、義母が仲裁に入るなど。

 過去のトラブルが将来も、何度も繰り返されるようでは早晩、離婚は避けられないでしょう。もし、「離婚しない」のなら、トラブルに向き合い、きちんと解決し、二度と起こらないようにして夫婦仲が良好に転じることが前提ですが、これは極めて難しいです。なぜでしょうか? トラブルに見舞われる夫婦は性格や価値観、考え方が異なります。そのため、「そんなことはしないでしょ!」と注意する場面で「普通は」という枕詞を使っても、相手はチンプンカンプンなのです。

 さらにトラブルメーカーの相手を24時間365日、監視することは不可能です。上記の例でいえば、相手のカードローンの残高が増えていないか、婚活アプリをインストールしていないか、そして義母に悪口を吹き込んでいないかです。

 結局のところ、「二度としない」という約束を本当に守るかどうかは、本人の良心にかかっていますが、そのための根拠や裏付け、理由が希薄です。一方、「離婚する場合」はどうでしょうか? 例えば、別れたくないと泣きつく相手に対しては民法770条に書かれている不貞などの「婚姻を継続したがい理由」が有効でしょう。

 そして夫婦の間に未成年の子どもがおり、養育費を決めなければならない場合、家庭裁判所が公表している算定表が目安になります。例えば、夫の年収が800万円、妻が専業主婦、6歳の子どもが1人なら、養育費は毎月9万円が妥当な金額です。

 また配偶者のせいで離婚する場合は、慰謝料が発生します。さらに結婚生活の中で築いた財産を分けなければなりません。夫婦間で慰謝料、財産などの資金移動があった場合、結婚期間別の平均値は以下の通りです(平成10年の司法統計年報。『離婚・離縁事件実務マニュアル』ぎょうせい刊・東京弁護士会法友全期会家族法研究会編から引用)。

1年未満 140万円
1年~5年 199万円
5年~10年 304万円
10年~15年 438万円
15年~20年 534万円
20年以上 699万円

 このように夫婦が離婚しない場合に比べ、離婚する場合は交渉の材料となる根拠等は数多、存在します。最初のうち、相手は「嫌なものは嫌だ」「払えないって言っているだろう」「お前のわがままだ」とダダをこねるかもしれませんが、やはり、相手の個人的な意見より法律や判例などの見解のほうが上回ります。「みんなは払っているのに、あなただけ?」と念押しすれば、途中で持論が通用しないことを悟り、これ以上の抵抗は無意味だと観念して、妻の要求を承諾するのです。

 このように考えると無理に離婚せずに我慢するより、いっそのこと、離婚してしまうほうが早いし、楽だし、簡単なのですが、それを決めるのは筆者ではなく相談者です。相談者が「別れたくない。やり直したい。復縁したい」と言っているのなら、その望みを叶えるのが筆者の仕事です。

 今回、取り上げる美樹さんの夫は明らかに結婚不適格者なのですが、美樹さんは子どものため、どうしても離婚したくない。夫を謝罪させ、改心させ、「家庭の平和」を取り戻すことを望んでいました。夫が同じ過ちを繰り返さないよう、夫婦の間でどんな約束を交わせばいいのでしょうか?

「あること」を除いては模範的な夫

<登場人物(すべて仮名、年齢などは相談時点)>
夫:光(39歳・会社員・年収450万円)
妻:美樹(37歳・専業主婦)☆今回の相談者
子:美和(6歳・幼稚園生)

「また主人が同じことをするんじゃないかって、そう思うとイライラするんです! これ以上は私の身体が持ちません!」

 美樹さんが筆者の事務所へ相談しに来たのは今年11月でした。美樹さんは下の血圧が110を超えることが増えたため、地元の内科クリニックを受診。まだ37歳と若いのに高血圧と診断され、降圧剤を処方され、服用しているそうです。

 夫はお酒を飲まず、煙草も吸わず、特に趣味もなし。無口で出不精な性格だそうです。人付き合いが苦手なので交友関係は狭く、浮気の心配もなし。不惑超えで今だに平社員(年収450万円)ですが、残業せず、定時に退社、そのまま帰宅するほど真面目で、週末も出かけず、家にいる。「あること」を除いては模範的な夫でした。

 一見すると何の問題もなさそうですが、夫は「豹変癖」を抱えていたのです。「結婚する前、主人がこんな人だなんて知らなかったんです! 主人は二重人格なんです!」と美樹さんは嘆きますが、夫の人格はどう変わるのでしょうか?

夫が台所から包丁を持ち出して

 まず最初に夫が豹変したのは一昨年の12月。幼稚園に行く時間が迫っているのに娘さんが朝食を食べ終わらない。そんな早朝の姿が何日も続いたところ、夫は「いい加減にしろ!」という感じでこうまくし立てたのです。「早くご飯食え! これじゃ、みんなと一緒に学校行けないよ! 幼稚園やめるか? ご飯食べないなら、帰ってこなくていい。どこかへ捨ててこようか?」と。

 さらに刃物の鋭利な部分が何かに擦れるときの不協和音……シューと嫌な音がかすかに聞こえたかと思えば、夫は台所の収納から包丁を取り出し、手に持ったまま、娘さんに突きつけたのです。今度は「早く食べろ! ちゃんとパパの言うことを聞けよ!」とまくし立てました。

 驚いた美樹さんは「美和を何歳だと思っているのよ! 大人と違うのよ。口に運ぶのに時間がかかるでしょ!?」とありったけの声で叱責すると夫は何も言い返さず夫は台所へ戻り、包丁を放り投げ、そのまま外に飛び出したのです。

 美樹さんは心臓が飛び出そうなほど胸がバクバクするのを隠し、何事もなかったかのように娘さんを幼稚園へ送り届けたそう。そして自宅に戻ると夫の姿が。両手の震えは止まり、赤かった顔は青くなり、枯れた声色も元どおり。夫は完全に正気を取り戻した様子。「すまない。俺が悪かった。許してくれ」と懇願するので美樹さんは夫のことを許し、今朝のことを水に流し、二度と同じことが起こらないと信じていたのですが……。

 そんな美樹さん夫婦にも襲ってきたのが新型コロナウイルスの蔓延。筆者は過去に北海道南西沖地震、阪神大震災、東日本大震災など未曽有の大災害を経験したことで「家族のありがたみ」を再認識し、心を入れ替え、まるで生まれ変わったかのように復縁した夫婦をたくさん見てきました。だからこそ、コロナ禍という異常事態下において美樹さん夫婦が絆を再構築できる可能性があるのではと筆者は淡く期待していたのですが、残念ながら、夫の豹変癖は治りませんでした。

 再度、同じトラブルが起こったのは東京オリンピックの開催中。今年8月、美樹さんは家族3人でサッカー日本代表の試合をテレビで観戦していたのですが、娘さんは興奮さめやらぬ様子でリビングにサッカーボールを持ってきて、「私もオリンピックに出たいなぁ」と言いながら、楽しそうに、そして無邪気に遊び始めたのです。

「うるさい! 静かにしろ!」

 突然、夫は感情的にそう言い放ったそうですが、夫がしでかした行動は「しつけの域」を完全に超えていました。夫は台所から包丁を持ち出し、サッカーボールを娘さんから取り上げ、そして包丁でボールを切り裂き始めたそう。

「プシュゥゥゥゥ」

 何箇所も大きな穴の開いたボールは、そんなふうに音を立てて、空気が一気に抜けていったのですが、不気味な音がリビングに響き渡ったのです。美樹さんは「何やっているの! 美和が怖がっているじゃないの!」と注意したのですが、夫は悪びれずに反発。「俺が悪いって!? ふざけるな、悪いのはあいつだろ!」と逆ギレ。

 あろうことか父親である夫が子どもの責任を転嫁しようとしたのです。夫の子どもじみた態度に美樹さんは激怒。「約束を守れないなら別れてよ!」と言うと、夫はまた逃避行。靴を履かずに家を飛び出し、行方をくらましたのです。しかし、これで2回目なので美樹さんも動じません。夫は1時間もしないうちに玄関を開け、汚れた靴下を脱ぎ、家に戻ってきたのですが、ようやく意思疎通ができるようになった夫に対して、こう投げかけたのです。

「キレないでほしいって言ったでしょ? 私の体調が悪くなるし、美和が動揺するし、近所にも迷惑だから」と。しかし、夫は涙ながらに「俺にはお前しかいないんだ。捨てられたら死ぬしかない。俺を殺さないでくれ……」と懇願。しかし今回は「はい、そうですか」と引き下がるわけにはいきません。

 美樹さんは「あなたは自覚が足りないのよ! 守る、守ると言いながら、本当は守るつもりがないんじゃないの?」と一蹴。いまだに夫が甘えているのは、一昨年は大きな問題に至らず、相変わらず衣食住をともにし、何事もなく結婚生活が続いているからです。必ず守るという強い意志はなく、「守れたら守る」という軽い気持ちだったのでしょう。

 美樹さんは「それでも私は、主人に約束を守ってほしいんです」と筆者を頼ってきたのです。筆者は美樹さんの要望を踏まえた上でこう提案しました。「旦那さんが離婚したくないのなら、そのことを逆手にとってみては? 例えば、また包丁を持ち出したら離婚するという感じで」と。夫には「約束を守るつもりはない。今すぐ離婚でいい」と言えるほどの度胸はないことを筆者は見越していました。

離婚を約束違反のペナルティに設定

 今すぐ離婚するのではなく、約束を破った場合に離婚する……つまり、違反のペナルティとして設定するのです。そうすれば離婚したくない夫は約束を守るしかないでしょう。しかし、前回、今回と離婚せずに済んだので、夫は本当に離婚させられると思わず、「次回も大丈夫」と侮るに決まっています。離婚を具体的に想像させるには「お金の条件」を設定するのが効果的です。

「でも、いくらにしたらいいんでしょうか」と不安そうな顔をする美樹さんに対して、筆者は「金額は自由に決めてください」と伝えました。なぜなら、どんな金額でも夫は承諾するしかないからです。「金額が高すぎる」と文句を言った場合、「約束を守るつもりはないのね。それなら離婚よ」と切り返せば、夫は黙るでしょう。

 まず第一に子どもの養育費です。夫婦間に未成年の子どもがいる場合、夫婦のどちらかが子どもの親権を持ちます。今回の場合、包丁を持ち出す夫に子どもを任せるわけにはいきません。美樹さんが親権を持つことになるでしょう。そして非親権者は親権者に対して養育費を払わなければなりません。

 筆者が「旦那さんはいくら(家庭に)入れているんですか?」と尋ねると、美樹さんは「16万円」と答えます。夫は毎月2万円の小遣いを除き、残りの給料を美樹さんに渡しているそう。筆者が「少々、無茶な金額でも大丈夫ですよ」と投げかけると美樹さんは「16万円でもいいでしょうか」と返しました。もし、夫が家から追い出され、1人暮らしを始めたら、2万円でやりくりするのは無理です。もし、約束を破り、離婚させられたら、生活していくことはできません。それなら約束を守るしかないないので、誓約書の中に養育費として月16万円と書きました。

 次に慰謝料ですが、これは結婚生活の中で精神的苦痛を与えた場合、苦痛の対価をお金で弁償すること。結婚以降、小遣い制なので夫婦の貯金は美樹さんが管理しています。美樹さんは「主人が持っているのは遺産と、それから独身のときに貯めた分くらいですね」と教えてくれました。

 夫は3年前、父親が亡くなったときに財産を相続したそう。正確な金額はわかりませんが、美樹さんいわく、1000万円を超えることはなさそうです。筆者は「旦那さんは父親が残してくれた遺産を奪われたくないでしょう」とアドバイスしたところ、美樹さんは「それなら1000万円で!」と言うので、誓約書の慰謝料を1000万円に設定しました。

 さらに筆者は「旦那さんは結婚する前の貯金を手放したくないでしょう」と念押しました。そうすると美樹さんは「それなら主人の財産はすべて私がもらうということで」と返しました。そこで誓約書には「夫の財産は妻が没収する」という内容を盛り込みました。慰謝料の支払い、財産の没収によって、もし離婚したら、夫は一文無しになります。それが嫌なら約束を守るしかありません。

 以下が、実際に作成した誓約書です。

  誓約書

**光(以下、甲という)と**美樹(以下、乙という)は以下のとおり、合意した。

第1条 甲は今後、理由の如何を問わず、包丁を持ち出さないこと。

第2条 甲が上記1条に違反した場合、以下の第3条から6条の条件で協議離婚に応じることに承諾した。

第3条 甲乙間の未成年の子・**美和(2015年8月22日生まれ、以下、丙という)の親権者を乙とする。

第4条 甲は乙に対し丙の養育費として離婚成立月から丙が満22歳に達する翌年の3月まで毎月末日に金16万円を乙が指定する金融機関の口座へ振込入金にて支払う。

第5条 甲は離婚成立の時点で所有している財産(取得の時期を問わない)をすべて乙へ分与すること。

第6条 甲は乙に対して慰謝料として離婚成立から直ちに金1,000万円を支払うこと。

2021年12月1日
甲 千葉県松戸市**********
**光

乙 千葉県松戸市**********
**美樹

結婚生活を続けるための「誓約書」

 こうして筆者は誓約書の存在、書き方、そして切り出し方を紹介しました。美樹さんは帰宅すると、そのことを踏まえた上で、夫に対してこう切り出したそうです。

「今でも約束を守るつもりがあるんだったら、誠意を見せてよ。あなたは約束を破った前科があるでしょ? 今度は誓約書という形で残してよ」と言い、用意しておいた誓約書を突きつけたのです。

 夫は「なんだこれは!」という感じで誓約書を手に取り、目を皿にして読みました。「ふざけるな。もし守れなかったら大変なことになるだろ?」と抵抗。誓約書は美樹さんが考えに考え抜いた「絶対に同じ過ちを繰り返さない方法」なのに……ずいぶんひどい言われようです。しかし、美樹さんは「それはそうよ。だから絶対に破れないでしょ?」と言い返したのです。本当に約束を守る気があるのなら、誓約書にどんな内容が盛り込まれていても構わないはずです。

 しかし、夫はさらに反論。「守るって言っているだろ? 夫婦なのに証拠に残すってあんまりだろ? そんなに信用されていないのか!?」と。そこで美樹さんは「誓約書を書いてくれないと信用できないわ。それは約束を守らないあなたのせいでしょ? それから離婚届にも一筆、書いてね。(役所へ)出さずに私が預かっておくから」と言い返したのです。

 誓約書のうち、ペナルティについては離婚届を提出した場合のみ効力が発生します。逆にいえば離婚届を提出しない限り、効力は発生せず、保留中のままです。夫が再度、約束を破った場合は離婚届を提出するという意味です。夫が心から反省し、心を入れ替え、約束を守り続ければ、誓約書のペナルティは無効なままです。

「もし、誓約書の手続きに協力しないのなら、あなたは約束を守るつもりがないと決め付けるしかないわ。それがどういうことかを察してね」と美樹さんは暗に離婚を匂わせて説得しにかかったのです。なぜなら、離婚に消極的というのが夫の弱みだからです。

 しかし、夫は「いろいろ御託を並べているけど、お前、本当は離婚したいんじゃないか? 慰謝料、財産没収、それに親権って……普通じゃないだろ!」と逆ギレ。美樹さんは咳払いの後、こう諭したのです。「誤解しないで! 私はこれからも結婚生活を続けたいと思っているわ。そのための『誓約書』でしょ?」と。

 夫が誓約書に署名すれば、二度と約束を破らないのだと信じてもいいと言っているのです。そして「誓約書を守っている限り、二度と離婚の話を切り出したりしないので安心して」と言い添えたのです。夫はこれが最後のチャンスだと悟ったのか、渋々ながら誓約書に住所、名前を自筆し、実印を押印したそう。ついに美樹さんは署名捺印入りの誓約書を手に入れることに成功したのです。

 残念ながら、人間の本質はそう簡単には変わりません。約束を破ったら離婚させられるというシチュエーションでもです。そのため、ほとぼりが冷めると、また元の姿に戻り、夫婦の決め事をすっかり忘れ、うっかり約束を破ってしまうことが多いです。

 昨年、2020年の離婚件数(厚生労働省の人口動態統計)は19.3万組。一方、2019年は20.8万組。コロナの影響があったためか微減しました。トラブルメーカーにトラブルを起こさせないこと……それがいかに大変か、筆者は身に染みています。美樹さん夫婦が危機を乗り越えることできるでしょうか。来年、再来年の件数にカウントされないことを切に祈ります。

 この連載は今回で最終回です。2年4か月の間、お読みいただき、ありがとうございました。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/