マスク姿で取材に応じる新井祥子元町議(左)と黒岩信忠町長

「町長選には立候補します。しかし、社会的弱者や子育て中の女性ら町民の声に耳を傾けない町政を変えたいからであって、町長から受けた性被害とは別の話です。刑事告訴はずっと考えてきましたし、抱えている裁判などで手一杯ですが、強制わいせつの公訴時効が来年1月に迫ったため決断しました」

 群馬県草津町の新井祥子元町議(52)は来年1月の町長選(18日告示、23日投開票)に出馬する意向を示すとともに、現町長を強制わいせつ容疑で訴えた理由についてそう述べた。

 町長選には、4期目を目指す現職の黒岩信忠町長(74)が立候補を表明。かたや黒岩町長に対する強制わいせつ容疑の告訴状は前橋地検に受理され、逆に町長から「そうした事実はなく厳正な処罰を求める」と虚偽告訴の疑いで訴え返されている。

 性暴力の有無をめぐって刑事事件で対立する当事者同士が、町長選でも争うという前代未聞の新展開となった。

 ことの始まりは2019年11月。

肉体関係を強要された

 当時現職だった新井元町議が、

「2015年に黒岩町長から町長室で肉体関係を強要された」

 などと突然告発した。

 町長は激怒し、つくり話で社会的信用などを傷つけられたとする名誉毀損で新井氏を刑事・民事とも訴え、現在も捜査と審理が続いている。つまり、名誉毀損をめぐる刑事事件と民事事件、その根幹にあたる強制わいせつと虚偽告訴で争う刑事事件、さらに年明けに控えた町長選と、両者は4つの闘いを抱えることになる。

 黒岩町長は新井元町議のアクションについてこう話す。

「新井氏が町長選に出馬するとは想定していませんでしたが、だれが立候補しても自由なのでコメントはしません。刑事告訴については、町長選に出る私の評価を下げるためにこの時期を選んだのでしょう。しかし、私にしてみれば、強制わいせつの事実そのものがあったかどうか捜査される告訴は、濡れ衣をはらす絶好のチャンスです。以前から言っているように新井氏には指一本触れておらず、もし訴えられた内容が事実ならば、合意があろうとなかろうと即刻、町長を辞めますよ」

 新井元町議の告訴状などによると、事件があったとされる2015年1月8日午前10時すぎごろ、草津町役場3階の町長室で、新井氏の意に反して町長は抱き寄せてキスし、ブラウスの上から胸を触さった。さらに新井氏が床に倒れこんで身体を丸めていたところ、町長は彼女のブラウスを捲り上げて胸を直接触り、スカートを捲り上げ下着に手を入れて陰部を触るなどし、下着を足首ぐらいまでおろして背後から陰茎を陰部に直接押し当てるなどの行為をしたと訴えている。

全部ウソのつくり話

 黒岩町長は「全部ウソのつくり話。誤解されるような行動もゼロです」と完全否定した上で、新井元町議の主張をめぐる不自然さを指摘する。

「訴えてきたと思ったら、強制性交等罪ではなく強制わいせつ罪という。最初は肉体関係を持って嬉しかったなどと言っていたはずなのに、いつの間にか犯されたに変わり、こんどは触られたと主張をコロコロ変えている。そんなことが通りますか?」(黒岩町長)

 新井元町議は最初に告発した電子書籍の中で、

《私、新井祥子は平成27(2015)年1月8日、町長室にて黒岩信忠町長と肉体関係を持ちました。以上のことを、深く反省し、告白いたします》(※カッコ内は編集部加筆)

 とする署名、捺印入りの直筆文を掲載している。

 これまでの取材に対し、新井元町議は政治家として黒岩町長に憧れを持っていたものの決して性行為には同意していないと訴え、反省したのは公的財産である町長室での出来事だからだと説明してきた。

 しかし、肉体関係を持ったとする表現は、それが無理やりであれば強制性交等容疑にあたると考えるのが自然だろう。

 肉体関係ではなかったのか。

「性被害に遭ったときはパニックになっていますし、被害状況を明確にするのは難しいところもありました。ただ、服の上から触られただけではありません。デリケートな部分を触られたりいろいろされたわけですから。電子書籍内では『肉体関係』という言葉を使っていますが、同意なく関係を持たされた意味でそう書いたんです」(新井元町議)

 新井元町議によると、性被害に遭ったことを認めたくない気持ちがあり、詳細を語ることはなかなかできなかった。ただ「レイプされた」と言ったことはないという。確かにこれまでのインタビュー取材では、具体的な被害について「性交」を語ることはなかった。

 両者の言い分は真っ二つ。しかし、新井元町議は強制わいせつ容疑での告訴にあたり、事件当日にボイスレコーダーをポケットに忍ばせて隠し録りしたとする音声データを公開した。雑音混じりで聴きにくいが、犯行直前とする町長との会話が録音されている。

「町長は、町長室のドアはいつも開けているので密室ではなかったと主張していますが、ドアをノックする音が入っていることから閉まっていたと考えられます。さらに前副町長(当時の副町長)も同席していたと言いますが、前副町長の声は入っていません。私を“しょうこちゃん”と呼ぶ声も録音されている。そんな愛称で呼ぶはずがないと言っていたのに、いくつものウソがわかる録音です」

 と新井元町議は話す。

 一方、黒岩町長はこう反論する。

“しょこたん”なんて呼び方はしない

「ドアが開いていてもノックして入室するのは礼儀ですよ。前副町長の同席については、新井氏が早めに来て前副町長に会ってから町長室に来たのか、途中まで前副町長が同席していたのか覚えていませんが、前副町長あてに訪ねてきたことがわかっています。それと、私が言ったのは“しょこたん”なんて呼び方はしないということ。ほかの町議も愛称で呼んでいるように、公式な場でなければ人間関係を円滑にするため“しょうこちゃん”と呼ぶことはありましたよ」

 音声データには、性暴力を受けている場面の録音はない。新井元町議によると、町長に隠し録りがバレたと思ってその前に電源を切ってしまったからだという。

 性被害が事実とすれば同町として由々しき問題であり、ウソだとしても同じ。しかし町議会は2年前の告発当初、現職議員だった新井氏に対し、個人的な性の話題を議会に持ち込んで品位を傷つけたなどとして懲罰動議にかけ除名。県の判断で復職すると、昨年12月には新井氏をリコール(解職請求)する住民投票が実施され、町議の運動もあって賛成2542票、反対208票という大差で失職した。定数12(欠員2)の町議会で新井氏側に立つ議員はひとりしかいない。

 セクハラ被害者の背中を押す「#MeToo」運動が世界的に広がっていたこともあり、一部の有識者や女性団体などがこの騒動の経緯を問題視。新井元町議の支援者らが同町に駆けつけ、議会傍聴や街頭活動するなど町長との対立が激化していた。

 町長選はどのような闘いになるのか。

 新井元町議は、

「私の性被害は町政と直接関係がないため争点にしたくありません。立場の弱い町民の声をしっかりと聞く政治を目指し、弱者に寄り添う町づくりや観光政策を訴えていきます」

 ときっぱり。

 黒岩町長はこう話す。

「もっと観光地として盛り上げるためにも残された仕事をやらなければいけない。性暴力の有無をめぐる争いはマニフェストに書く事柄ではありませんが、新井氏から何か言われた場合はしっかり反論します」

 年明けから街頭で激しい論戦が展開されそうな町長選。唄に合わせ約180センチの板で熱湯をもんで冷ます“湯もみ”は草津温泉の名物として知られるが、両者の摩擦熱は増すばかりで湯もみも効きそうにない。