学年主任に切られる前の髪の長さ(左)と、切られたあとの髪の長さ(右)の比較見本

 学校の廊下で、教師から工作用ハサミで髪を切られた女子生徒は、ストレスから不登校に……。山梨県山梨市の中学校で起きたこの事件は裁判に発展、12月15日に女子生徒の勝訴が確定した。だが、彼女が受けた仕打ちはこれだけにとどまらない。学校が強いた理不尽な言動の実態とはーー。

明らかになった「いじめ黙認」

 いじめ対応として、先生が被害女子生徒の髪を切るという前代未聞の事件があったのをご存じだろうか。保護者は調査を求め奔走し、最終的には裁判に発展。2021年12月15日、学校側が被害生徒の髪を切った行為の違法性を認める判決が確定した。

 裁判を起こしたのは、山梨県山梨市の公立中学校へ通っていた女子生徒の辻カンナさん(仮名)とその両親だ。カンナさんは学校が行った「いじめ調査アンケート」に、同級生から「臭いと言われる」と書いたところ、学年主任の女性教諭から工作用のハサミで髪を切られた。そのため精神的苦痛を受けたとして、学校の設置者である市に対し770万円の損害賠償を求めていた。

 '21年11月30日に甲府地裁で下された判決では、「衛生指導を行ったこと自体」に違法性はないものの、教師が生徒の髪を切ることは違法で、生徒の同意があったとしても学校は保護者に確認する義務があり、カンナさんの件は教師がそれを怠っていたとして、市に11万円の損害賠償を命じた。

 判決後の会見で、カンナさんの母親・祥子さん(仮名)は、「娘は一時期、普通の生活ができないほど憔悴し切っていました。しかし、裁判で多くの支援者に出会えましたし、今回の判決で“あなたが悪いんじゃない”という結果になってよかったと思う」と述べた。

 そもそも、なぜいじめ被害への対応が髪を切るという行為につながったのか。そこには、学校側の「いじめ黙認」ともいうべき実態があった。

 '15年9月。カンナさんが中学1年生のとき、隣の席の女子生徒Aさんから「臭い」と陰口を叩かれるようになった。Aさんはカンナさんの前でマスクを二重にして、席も少し離した。さらに女子更衣室で同じ部活の生徒を前に、「臭いよね」と、カンナさんについて話題にしたこともあったという。

 同年11月、カンナさんは学校が実施したアンケートに「臭いと言われる」と回答したため、担任は面談を行った。また後日、カンナさんから担任へ「Aさんからにらまれる」と相談したこともあった。

 母の祥子さんが言う。

「娘は、外国人の夫と日本人の私の間に生まれた子どもで、ほかの生徒に比べるとヨーロッパ的なところがあるかもしれません。小学4年のときもしつこくからかわれたことがありました。ただ、担任がからかった生徒へ指導して以来、言われなくなりました」

 その後もしばらくは問題になっていなかったが、中学校に上がり1年生の途中から、いじめは再燃した。

「(アンケートに回答した)中1の11月ごろがいちばんひどかった」

 担任は加害生徒のAさんとも面談を行っている。担任が「席替えができるけど、どうする?」と聞くと、Aさんは「大丈夫。このままでいい」と答えた。その後、担任はカンナさんの席近くの窓際に、消臭目的に竹炭を置いた。

工作用ハサミで髪を切られ

 中2になってからも、いじめはやまない。'16年6月に学校がアンケートを実施した際、「いじめられたことがあるか」との問いにカンナさんは「はい」と答え、「臭いよね、とからかわれるのが嫌だ。やめさせてほしい」と回答した。

 すると同月6日、カンナさんは担任と学年主任から呼び出され、体臭に関する指導を受けた。このとき、同席した養護教諭から「臭いと言われるのは、お風呂に入っていないからでは?」「お風呂に入っているのに臭いと言われるなら、髪が長いせいでは?」などと言われたという。

 翌7日、カンナさんは母親に髪を切ってもらった。背中まであった髪が肩にかからないくらいの長さになった。

 それにもかかわらず8日、カンナさんは学校で髪をさらに短く切られる。学年主任から廊下に呼び出されると、用意してあった椅子に座るよう言われた。そして底に穴をあけたポリ袋をかぶらされ、鏡のない場所で、工作用のハサミで髪を切られたのだ。

 カンナさんはのちに、「はっきり嫌と言えなかった」と話している。その後、スクールバスで帰宅した際、同級生から髪型を「キモい」と言われた。

「バスを降りたところで、通り沿いの建物の窓に映った自分の髪型が目に入ったんです。見て、ショックを受けました」

 髪を切ったことについて母親が学校へ電話すると、担任は当初、笑いながら応答していた。「娘がとてもショックを受けている」と告げると謝られたが、カンナさんは学校で過呼吸を起こすようになってしまう。さらに眠れなくなり、食欲不振にも陥った。

「過呼吸の発作でうずくまっていたとき、特別支援学級の先生が見つけてくれて対応したのですが、髪を切った学年主任に引き渡してしまったようです。適切な対応をしていれば、カンナは不眠にまでならなかったのではないでしょうか」(祥子さん、以下同)

 しかも、髪を切ったことについて学校から詳細な説明があったのは、事件が起きて2週間後のことだ。

母親は事件のために「娘が得意な美術や音楽を生かせなかった」と悔やむ

「“ちょっと臭い”くらいのからかいはこれまでもありました。でも同級生の保護者から、加害生徒がカンナの体臭について“かなりしつこく話題にしていた”と聞いて。そのため、いじめではないかと思い市教委に指摘しました。

 髪を切られたことも、いじめをきっかけにした学校事故ではないかと考え対応を求めましたが、市教委が渋ったので文科省に連絡をしたのです」

 やがてカンナさんは学校へ行けなくなった。裁判の判決では精神的苦痛に対する賠償にとどまったが、受診した病院で「急性ストレス障害」「適応障害」と診断され、今も治療が欠かせない。不登校になったあと、いじめ問題調査委員会がようやく立ち上げられた。

「カンナも私も聞き取りはされましたが、学校からは調査委員会を設置したことの連絡はなく、いつ開始されたのか、誰がメンバーかもわからない。委員会は学校関係者ばかりだとあとから知りました」

 カンナさんは加害生徒のAさんを被告とした民事裁判も甲府地裁へ起こしている。損害賠償は認められなかったものの、いじめは認定された。一方、学校との訴訟の中で、市側はいじめの事実はないと主張。判決では、担任はいじめを認識できなかったとして、髪を切った行為との関連性には触れていない。

「それならば、なぜ髪の毛を切る必要があったのでしょうか」

 学校は髪を切っただけでなく、いじめや不適切な対応を事実上、隠ぺいしてきた。母の祥子さんは、「娘は学校に戻りたかったんです。そのために必要な支援をしてほしかった」と悔しがる。

 事件から5年。19歳になったカンナさんは、裁判の結果に満足しているという。

「髪を切るのに同意していなかったことは認められなかったけれど、同意があったとしても、親に確認しないで切るのはダメとはっきりいえる。裁判をしてよかった」

 山梨市は「判決を真摯に受け止める」と控訴しなかった。カンナさんのような被害を繰り返してはならない。

取材・文/渋井哲也 ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。いじめ、虐待、自殺や自傷など、若者の生きづらさをテーマに取材を重ねている。『学校が子どもを殺すとき』(論争社)ほか著書多数