財前直見さん 撮影/深澤慎平

 若いころから、ドラマ『お水の花道』や『スチュワーデス刑事』など、数々のヒット作に出演してきた女優の財前直見さん(56)。

妊娠きっかけに移住

 2007年に東京での生活を引き払い、実家のある大分で父と母、生まれて間もない息子と暮らし始めた。昨年末には、大分での暮らしや食をまとめた『直見工房』(宝島社刊)も出版。移住のきっかけや田舎での生活について伺った。

40歳で子どもを授かったときに、この子の前では女優ではなく、1人の人間でいたい。そう考えたのが始まりでした

 移住とともに、仕事を休み、最初の3年間は育児に専念。そこに迷いや後悔はなかったという。

「豊かな自然環境の中で、子育てができたのは幸せでした。子どもも、都会で2人で生活するよりも、祖父母や小さいときから知っているご近所さんとの付き合いの中で、いろいろな人の視線や愛情を感じて育ったのではないかと思います」

“もったいない精神”が生まれた

財前家が代々受け継いできた畑と山で、家族と一緒に作物を育てている 撮影/深澤慎平

 大分では80歳を越える父親が、広大な畑や山でさまざまな農作物を作っている。高齢になる親を支えたいという気持ちも地元に戻ろうと思った理由のひとつだ。

「農作業は父の趣味でもあるんですけど、1800坪の畑と1800坪の山で、タケノコに、きゅうり、玉ねぎ、かぼす、しいたけ、大根、ほうれん草、里芋……と季節によってさまざまな作物が採れます。

 私は収穫を手伝うくらいですが、収穫したらなるべく早く新鮮なうちに食べきるようにします」

 季節のものをその季節に収穫して食べる、という人間の自然な行為を通して、自然のありがたみや、“もったいない精神”が芽生えたという。

 1度に大量に採れる野菜や果物を最後までおいしく食べきる秘訣はあるのだろうか。

「うちの母は料理が大得意なので、2人でどんどん調理してその日のごはんにしたり、加工食や保存食にしたりします。

 冬は中庭が冷蔵庫代わりになるので、今の季節は白菜や大根は1度干してから漬物やキムチにして長く楽しんでいます」

母のレシピを受け継ぐ

 好きが高じて調理師免許まで取ってしまったという財前さんの母。膨大なレシピはすべて彼女の頭の中にある。

 いま、財前さんはそのレシピを習得しながら、ひとつひとつ手書きで書き残している。レパートリーはすでに80を超えた。ここで彼女がよく人におすすめするレシピを紹介する。

レシピは見てわかりやすく、楽しいようにすべて手書き。果物のジュースは1kgの果実に1kgの氷砂糖を入れるだけ。氷砂糖が溶けてフルーツシロップができたら炭酸水や焼酎で割って楽しむ。

「果物をたくさんいただいたら、瓶に氷砂糖と一緒に入れるんです。自然にジュースができて長持ちします。さらに、果実を取り出して加熱するとジャムにもなるので、ムダがありません。この時期はミカンをもらうことが多いので、皮をむいて氷砂糖と一緒に漬けています」

“当たり前”に気づく

 季節の食材を食べることは“食べる薬”だと気づいた、と財前さん。大自然の恵みの効果か、実際、財前家では風邪ひとつひかないそうだ。

 ときに大量の野菜との格闘で、延々と大根を切り続けていたりすると、「私、何やってるんだろうって思うこともあります」と笑う。

 ただ、そんな「無」になれる時間も、財前さんにとって大切なひとときだ。

 昨今はコロナ禍で田舎暮らしや2拠点生活が注目を浴びている。財前さんにとって田舎暮らしとは――。

東京での生活を経て、財前直見がたどり着いた田舎での暮らしは、とても豊かなものだった 撮影/深澤慎平

交通の便などは不便ですが、では便利な東京がいいのかというと必ずしもそうではないと思います。人それぞれ価値観は違うと思いますが、私にとっての田舎とは、自分がいていちばんラクな場所、心が安らげる場所です。

 いまは仕事があるときに上京しているので、田舎があると女優業と主婦業のオンとオフが切り替えられるのもいいところです。

 とはいえ、田舎暮らしは大変は大変。何と言っても草が生えます(笑)。毎日草刈りしているイメージ!でも、そんな大変さがあっても移住したいと思えるような、そんな場所が見つかったらそれに越したことはないですね

 終始、飾らない笑顔で大分からリモート取材に応じてくれた財前さん。その姿に、大分での穏やかな日々が垣間見えた。

大分での素朴で豊かな生活と、母親仕込みの常備菜レシピをたっぷり収録した『直見工房』/1320円(宝島社刊)(※記事中の書影をクリックするとアマゾンの販売ページへ移動します)