羽生結弦選手

「来月行われる、五輪2連覇の羽生結弦(27)との戦いでは、このようなミスが許されないだろう」

 アメリカの放送局『NBCスポーツ』が、運営するWEBサイトの記事でこう綴ったのは、日本時間の1月5日から10日に行われたフィギュアスケートの『全米選手権』でのネイサン・チェン(22)の演技だ。

最大のライバル・ネイサンが転倒するも高得点

「ネイサン選手は、昨年12月に行われた『全日本選手権』での羽生選手の322.36点を上回る328.01点で、『全米選手権』6連覇を果たし、2月に開催される北京五輪の代表に内定しました。

 ショートプログラムでは難易度の高い4回転ルッツ-3回転トーループのコンビネーションジャンプを成功させる圧巻の演技を披露。しかし、フリープログラムでは2度も転倒しているんです。

 しかも、そのうち1度はジャンプではない、ステップの場面。それでもこの高得点ですから……」(スポーツ紙記者)

 フィギュアスケート評論家の佐野稔さんは、このミスについて、

「ノリノリでやっていたところで転んでしまう、いわば“弘法も筆の誤り”ですよね。めったに見られない珍しいシーンだと思います」

 と驚いた様子。もし、このミスがなかったらどうなっていたのか。

「ネイサン選手自身が持つ世界最高得点の335.30点に近いものになったと思います。しかし、羽生選手の点数は日本国内で滑ったもの、ネイサン選手の点数はアメリカ国内で滑ったものですから、国際スケート連盟に認定される記録にはならず、あくまで参考記録にしかなりません。

 なので、オリンピックでこれと同じことが起こったとしても、どうなるかはわかりません」(佐野さん)

 羽生は北京五輪について、

「連覇は絶対に諦めたくないし、だからこそ強く決意を持って、絶対に勝ちたいなって思いました」

 と語っている。では、最大のライバルであるネイサンに勝つ秘策は何か。

羽生結弦に秘策はある?

 羽生が初めてオリンピック王者となった'14年のソチ五輪では、戦いは滑走前から始まっていたという。ソチ五輪にペアの代表として出場し、JOC理事で羽生の幼なじみでもある高橋成美さんは、それを間近で見ていた。

ゆづはもともと身体が繊細なので、現地入りする前から体調管理のためにみんなと離れて行動していて、彼なりのルーティンもあるのでそれを崩さないように周りもすごく気を使っていました

 ソチへ出発する前から、さすがの徹底ぶり。今回はどうなるのだろうか。

「昨年12月の『全日本選手権』では、ほかの選手との会話だけでなく、1人でいてもとにかくしゃべり続けて、周囲と関わりたい様子を見せていました。

 とはいえ、今回の北京五輪は“4回転半の成功”と“3連覇”がかかっていて、今まで以上に強い気持ちで挑む大会。羽生選手ほどの人なら、そんな気持ちを抑えることはできるはず。

 ソチ五輪のように、周囲と別行動をとるという可能性も、十分にあると思いますよ」(スケート連盟関係者)

 そして、'18年の平昌五輪で2度目の五輪王者となった羽生。開催3か月前に右足にケガを負ってしまい、出場予定だった複数の試合を欠場することに。ケガからの復帰戦となったのが、五輪だった。

「ほとんど練習ができておらず、痛み止めを飲んでいたと試合後に自ら明かしていましたが、試合前はひと言も語っていません。“自分は完璧だ、平気だ”と思い込んでやっていたわけです。

 それで、ショートプログラムを見事にこなし、フリーもなんとか滑りました。一方のネイサン選手は、ショートですべてのジャンプでミスが出てボロボロだった。

 それは、羽生選手が見事な演技が“(ケガ明けなのに)できている”というのを見せたからだと思います。ケガの度合いは、世界中の人が知らなかった。それが羽生陣営の作戦だったわけです」(佐野さん、以下同)

4回転半の成功がカギ

 見事な作戦で五輪2連覇を果たした羽生。佐野さんは、北京五輪での作戦にも期待を寄せているという。

「羽生選手が金メダルを獲得するには、4回転半の成功がかなり重要です」

 それは、彼自身の演技のためだけではない。

「羽生選手が4回転半を成功させたというニュースが試合会場で流れたときに、それを聞いたネイサン選手が何を感じるかですよね」

 いったいどういうことか。

「北京五輪には世界トップクラスの審判が集まりますが、4回転半は誰も成功したことのないジャンプなので、どのような点数をつけるかは想像がつかないわけです。それだけ、4回転半を成功させるというのは、とんでもない話。

 それを試合でやって、ほかもノーミスでやった人の点数がどうなるのかなんて、計り知れないでしょう。センセーショナルであり、すごいことが世の中に起こったとき、人間は動揺します。そこが、羽生選手の狙いなのです

 技術の戦いだけではなく、高度な“頭脳戦”が展開されるというのだ。では、ネイサンが先の滑走だった場合は?

「男子は、8日にショートプログラムが行われて、10日に行われるフリープログラムまで1日空きますが、その1日で練習をします。

 おそらく、2人の練習は同じ時間帯に行われるはず。そのときに羽生選手がバシッと4回転半を決めたら、それを見たネイサン選手がどう思うか。そこからもう、プレッシャーをかけているわけです

 チャンスはまだある。

「滑走順によって分けられたグループごとに、ウオーミングアップとして滑走直前に行われる“6分間練習”です。

 そこで、ネイサン選手の目の前で4回転半を当然のように決めれば、彼が動揺することは間違いありません。そうとうなプレッシャーを与えることができるでしょうね」(前出・スポーツ紙記者)

 相手を動揺させるための“頭脳”が、2人の勝負の行方を握っている。

いちばん使うのは、身体ではなく頭かもしれません。羽生選手もネイサン選手も、精神的にはすごく強いはず。

 そんな中で、動揺したら負け、逆にいかに相手を動揺させるかという駆け引きはあると思います」(佐野さん)

 北京五輪で4回転半を成功させて3連覇という2つの夢を叶えるべく、羽生は一直線に向かう──。