羽生結弦

 北京五輪が、いよいよ目前に迫ってきた。

「2月4日の初日から、各種目の順位に応じた得点で競う団体戦が始まります。羽生結弦選手、宇野昌磨選手、鍵山優真選手の3人が出場する男子シングルは、2月8日にショートプログラム、10日にフリースケーティングが行われる予定です」(スポーツ紙記者)

 開幕を前に、羽生はテレビ局などの取材に対して、意気込みをこう語っている。

「みなさんの夢が叶ってほしいから滑り続けていて、それは、イコール自分の夢。だから、オリンピックに向けていちばんうまい自分になれるように頑張っていきたいと思います」

 自らのことだけでなく、“応援してくれているファンのために”と明言。羽生の人間性がうかがえる。

 羽生を長年取材しているスポーツジャーナリストの折山淑美さんは、こうした羽生の受け答えを、

「やっぱり、しっかり考えて自分の言葉で話していますよね。中には、自分を表現することが苦手な選手もいますが、オリンピックを連覇している立場だというのを意識して、自分の発言が周りにどう影響を与えるかを理解して発言していますし、大人ですよね」

 と、絶賛する。

敬語ではなくタメ口だった

 いったい、なにが羽生をここまで成長させたのか。4歳から羽生を指導した最初のコーチで、現在は北海道でスケートの指導をしている山田真実さんに聞くと、幼いころは“普通の男の子”だったそう。

「当時は、スケートだけというわけではなく、スケートをするか野球をするか……と、興味のあることをいろいろ体験しているという感じでした。特別礼儀正しいわけでもなく、本当に普通の男の子。“先生! こんにちは!”って大きな声であいさつするくらいで、敬語を使うわけでもなく普通にタメ口でしたから。スケートで活躍してから、自覚が出てきたんだと思いますよ」

 前出の折山さんによると、活躍に応じて意識が変わることは、スポーツ選手にはよくあるという。

実績を積み上げていくごとに周りからの目も変わってくるし、自分がその競技やスポーツ全体に与える影響も大きくなります。そういう中で、磨かれていく人間性もあります」(折山さん)

 世界選手権での2度の優勝やグランプリファイナル4連覇、そして冬季五輪2連覇と、数々の実績を積み上げてきた羽生は、どんな人間になろうとしているのか。

「多くの人と出会い、さまざまな体験をしたことで、成長した今日の彼があります。日本中のファンの方たちから応援を受けた以上は、感謝の気持ちを持って、それをお返ししていこうと思っているのではないでしょうか」

 と話すのは、小学2年生から羽生のコーチを務めた都築章一郎さん。感謝の気持ちを持ち、応援に応えようとする姿勢には感心するという。

海外遠征翌日にも登校

 その姿勢の基礎をつくったのが、羽生が在籍していた東北高校での指導だった。東北高校フィギュアスケート部の顧問を務める佐々木遵さんが明かしてくれた。

「当時の担任の先生が“成功しても失敗しても、ちゃんと学校には来なさい。大会の次の日だからと学校を休んでいたら周りの人から応援されなくなってしまう”と指導していました。身近にいる人が応援せず、外の人にはちやほやされて、という状況になってしまうと、人としての中身が薄くなってしまいますから。それを自分でも理解して、海外での試合から帰ってきても、次の日にはできるだけちゃんと学校に来ようと本人も気をつけていました」

 ただ登校するだけではなく……。

前もって授業の準備ができていたり、出席できないときもきちんと自分で学習していたり、常に先を読んで行動していて、高校生離れしているように見えました。もちろん、そういう部分ができていないとフィギュアの結果にもつながらないと思いますが……。ご家族から“きちんとやらないといけない”と言われていたのかもしれないですが、それでも、やるかやらないかは自分次第ですから」(佐々木さん)

 そして、2度の五輪王者となり、人間性にさらに磨きがかかる。2019年7月、前出の山田さんは羽生の成長を肌で感じたという。

「北海道地震のお見舞いとして私のスケート教室に来てくれました。子どもたちと同じ目線で話すだけでなく、金メダルまで触らせてくれて……。私が“(金メダルは)血と涙の結晶なんだから簡単に触っちゃダメ!”と子どもたちに言っても“いやいや、全然大丈夫なので触ってください”って。2度もオリンピックの金メダルをとっているのに、“自分は特別なんだぞ”という感じはみじんも出さず、自然に受け答えしていたように見えました」

'18年の平昌五輪で2度目の金メダルを獲得して、所属するANAで行われた報告会での羽生結弦選手

子どもたちに与える影響

 スケートを教える立場としても、羽生の高い人間性には大きな意義を感じているそう。

普段の態度や服装、言葉遣いを通してフィギュアスケートという競技が周囲からどう見られるのかということを、ちゃんとわきまえていますよね。意識的なのか、きちんとした言動をすることが彼にとって当たり前なのかわかりませんが、まさに一流だと思います。

 フィギュアスケート全体のイメージアップにもつながりますし、これからお子さんにスポーツをさせたいお母さんたちも“フィギュアってそういう世界なんだ、だったら子どもを入れても大丈夫だ”と安心感を覚えますしね」(山田さん)

 スケート連盟関係者も続ける。

「確かに、羽生選手は結果を重ねるごとに王者としての品格が増していきました。それによって、フィギュアスケートという競技全体もより愛されるようになったので、北京五輪で勝ちたいという思いは、フィギュア界のためでもあるでしょう」

 羽生は、五輪王者なだけでなく、人としてもまさに王者なのかも!

折山淑美 ’90年代初頭からフィギュアスケートを取材し、’10年代からは羽生結弦を丹念に追っている。’21年には羽生との共著『羽生結弦 未来をつくる』(集英社)を刊行