塾講師が女子中学生に過剰なスキンシップを取るようになり…… ※画像はイメージです

 性的な暴力をふるうため、子どもに近づいて懐柔する「グルーミング」という手口に今、注目が集まっている。性犯罪に関する刑法改正を議論する委員会で初めて議題に上がり、罰則化に向けた話し合いが続けられているのだ。教師や部活のコーチ、会社員など「ごく普通の男たち」はどうやって子どもにつけ込むのか、その卑劣な実態に迫る!

信頼させることで子どもの依存心を引き出す

「大人になってからもずっと違和感や不快感がぬぐえませんでした。あれは『グルーミング』という性暴力だったんですね……」

 大江里穂さん(30代=仮名)は中学生だったころを振り返り、そう打ち明けた。当時通っていた進学塾の男性講師による被害を自覚したのは、ごく最近のことだ。

 性的な行為を目的に子どもに近づき、手なずける「グルーミング」への関心が高まっている。昨年9月には性犯罪に関する刑法改正を議論する法務省の法制審議会で取り上げられ、罰則化に向けた議論も進められているほどだ。

齋藤梓さん

 被害者支援に携わる、目白大学専任講師で公認心理師の齋藤梓さんが指摘する。

グルーミングは(1)親や親族をはじめ、塾講師や学校の教師、部活のコーチといった“リアルで近しい人からの被害”、(2)公園で声をかけてきたなど“それほど近しくない人からの被害”、(3)SNSやネットを通じて知り合った“オンラインでの被害”の3つに大別できます。

 いずれも被害者が被害を認識することが難しいといわれていて、大人になってから気づいたという人も珍しくありません

 被害を受けるのは女の子ばかりではない。男の子も狙われている。

加害者はやさしい言葉をかけたり悩みを聞いたりして、信頼させることで子どもの依存心を引き出します。“きみのことをわかってあげられるのは僕だけ”と思い込ませるのです。そうして周囲から孤立させつつ、徐々に性的な要求を織り交ぜていくのが特徴です」(齋藤さん)

 どういった手口で子どもを罠に陥れるのか。前出・大江さんの証言をもとにグルーミングの実態に迫っていこう。

エスカレートしていく「スキンシップ」

 大江さんは中学2年生のとき、同級生の女子に誘われ地元の進学塾へ入会した。40代のベテラン講師はきめ細かな指導に定評があり、教えるのがうまく、雑談もおもしろい。進学実績の高さから保護者の支持も集めていた。根気強く教えてくれる講師を大江さんも信頼していたという。

「よく頑張ったな」

「おまえはほかの子と目のつけどころが違う」

 難しい問題が解けたとき、講師はねぎらいの言葉をかけながら大江さんの肩にポンと手をのせたり、頭をなでたりした。成績が上がって「ハグされた」こともある。スキンシップが過剰な気がしたものの、違和感をのみ込んだ

「講師は“熱いキャラ”の人だったので、気にする私のほうが自意識過剰に思えてしまって。そのときは深く考えないようにしました」

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 中2の終わりになると、受験対策と称した「居残り補講」が始まった。最初は数人で受けていたが、徐々に人数が減り、地元の最難関校を受験する大江さんだけ遅くまで残ることが増えていった。

講師に期待をかけられ、特別扱いされることで自信が満たされていた部分もありました。悩みや愚痴なんかも聞いてくれて、親切でやさしい先生だと思い込んでいました

 一方、誰もいない教室で講師の「スキンシップ」はエスカレートしていく。肩や頭に触れる回数が増え、時には息づかいが聞こえそうなほど顔を近づけてくる。いつしか補講後、帰り際に「ハグ」されるのが習慣になっていた。

 ある日、「ハグ」のあと、講師は「いいよな?」と言うと大江さんにキスをして、胸や下腹部を触ってきた。突然の行為に身体が凍りついた

「父親と変わらない年齢の講師が性的な目で私を見ていたなんて……。ひたすらショックでした」

 それから間もなく父親の転勤が決まり、大江さんは県外へ引っ越すことに。転校に不安はあったが、それ以上に塾をやめる口実ができてほっとしたのを覚えている。

 大江さんは2年前、ネットニュースでグルーミングという言葉を偶然知り、「気持ちが楽になった」と話す。

講師に襲われたとき、はっきり拒絶できなかった自分を責める気持ちが長い間ありました。うつや不眠、摂食障害に苦しんだ時期もあります。でも、#MeToo運動が起きたり、グルーミングがメディアで取り上げられたりして自分に何が起きたのか初めてよくわかりました。

 私は悪くない。大人への信頼という、子どもの純粋な心につけ込む卑劣な加害者こそ悪いんです。今ではそう言い切ることができます」(大江さん)

加害者の多くはごく普通の男性

 大江さんの被害は前述した(1)リアルで近しい人からの被害だったが、ネットの普及に伴い急増しているのが(3)のオンライン・グルーミングだ。

 被害者から多数の相談を受ける川本瑞紀弁護士は、こう話す。

川本瑞紀弁護士

投網をかけるように、加害者はSNS上で不特定多数の子どもたちに狙いを定めています。NHKがNPO法人『ぱっぷす』と協力し、ツイッターで架空の女子中学生のアカウントを作成した際は、“友達がほしい”とツイートしただけで、男性たちから性的な要求のメッセージが殺到していました。

 そのようにしてアタリをつけて、反応があった子どもたちと実際にやりとりを重ねていくわけです。ひと晩で数百通ものメッセージを送り合うこともあります

 中にはわいせつ行為自体が目的ではなく、子どもに裸の写真を送らせて、児童ポルノを製造・販売する狙いでグルーミングが行われることも。反社会的勢力の資金源となっているケースもある。

「組織的犯罪を除けば、グルーミングを行う加害者の多くはごく普通の男性です。彼らは自分のやっている行為に罪の意識がない。素直でかわいい彼女がほしい、これは恋愛だ、と真剣に思っているんです」(川本弁護士、以下同)

 前述したとおり、法制審では現在、グルーミングに処罰規定を設けるかどうかの議論が行われている最中だ。

今の日本にはグルーミングそのものを取り締まる法律はありません。子どもを相手にわいせつな行為や性交をしたとき、被害者が13歳未満であれば刑法の『強制わいせつ罪』や『強制性交等罪』に問うことができます。しかし13歳以上の場合、これらの罪に問うためには暴行や脅迫が伴わなければならないのです

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 いい人を装って子どもを懐柔するのがグルーミング。手なずけていく過程では通常、暴力をふるったり脅したりすることはない。

そのため各都道府県が設置した『青少年保護育成条例』の扱いになり、数十万円程度の罰金ですまされてしまう。学校の先生や塾講師など、被害者との類型的な上下関係を利用した犯行は『児童福祉法』違反に問うこともできますが、前述した2や3のケースでは不可能。これでは被害の深刻さに見合った罰とはいえません。国の法律として整備し、きちんと取り締まるべきです

 グルーミングから子どもを守るにはどうすればいいのか。前出・齋藤さんが強調する。

子どもたちが自分で、大人を拒否することや疑うことは難しいです。それでも大人が“知っている人であっても、2人きりになるときがあれば教えてほしい”と伝えておくことは大切です。

 グルーミングに気づくのは周りの大人にとっても難しいことですが、子どもの様子がいつもと違うな、何かおかしいなと思ったら、子どもを責めずに心配しているという気持ちを伝えてあげてください