杉良太郎さん 

 篤志家としても知られる杉良太郎さん(77)が、1月19日に2年ぶりに新曲を発売。重度の脳性まひのため、身体はほとんど動かせず言葉も話せない詩人・堀江菜穂子さん(27)の詩をもとに作った詞となります。純粋に生きることに孤独を感じるという、彼女に自分の生きざまを重ねたという杉さん。悩める人たちが急増している現在、人が生きる意味を語ります。

菜穂子さんの詩との不思議な出会い

 今年1月にリリースされた杉良太郎さんの2年ぶりの新曲『世界の中で/ありがとうの詩(うた)』。この曲は、脳性まひのため、身体をほとんど動かせず、言葉も話せない詩人・堀江菜穂子さんの詩をもとに杉さんが作詞したことで話題だ。

 菜穂子さんの詩との不思議な出会いについて、杉さんは振り返る。

磯米さんという漫画家の方が、ご自身が挿絵を担当したという私家詩集を送ってきてくださり菜穂子さんの詩と出会いました。そして詩集『いきていてこそ』(堀江菜穂子/サンマーク出版)も拝読し感銘を受けました。彼女は出産時のトラブルで重度の脳性まひを患い、寝たきりで、言葉を発することはできません。

 わずかに動く指でつづったのがこの詩ですが、読んでみると、彼女の人柄や考え方、おかれている境遇がよくわかって、この詩によって勇気づけられる人はたくさんいると感じたんです。

 彼女の詩を広く世の中に知らせたいという思いがわいてきて、歌にしようという思いに至りました。いつもいろんな人から作品が送られてきますが、それを歌にしようと思ったのは初めてのことです

 曲にのせて歌にするには、彼女の詩に言葉をつけたさなければならない。菜穂子さんの原詩をもとに杉さんが作詞するというスタイルで曲を作ることを、ご両親から菜穂子さんに伝えてもらい、許可を得た。

この曲は、演歌でも歌謡曲でもなく、小さな編成で素朴に作るほうが詩の世界に合っていると思いました。アレンジもレコーディングも納得いくまでやり直し、思いのほか時間がかかりました。ヒット性のある曲ではないですが、人間として忘れてはいけない思いをしっかり伝えたかったのです

孤独感を抱えている自分たちは似ている

 その後も、杉さんが自分の畑で収穫した果物を菜穂子さんに贈り、菜穂子さんからお手紙をいただくなど、交流が続いた。そして、完パケ音源が完成したあと、杉さんは菜穂子さんと待望の対面を果たす。

「ご両親から『男性が来ると緊張してしゃべらなくなるかもしれない』と言われていたので、威圧感を出さないように心がけました。でも、会った途端、彼女は打ち解けてくれ、彼女が伝える言葉を読み取るボランティアの通訳の方を介して、会話が弾みました」

菜穂子さん直筆の手紙 

 なかでも印象的だった話が2つあった。

1つは、まだ両親にも話したことがないという『自分の中には悪い自分がいて、悪いことをしたいと思っていた』という告白でした。

『私たちは神様ではないし、人間なのだからそういう感情を持つのは当たり前のことだよ。ありのままの自分をすべて出せば、より輝く詩が出てくると思うよ。これからは思うがままにいろんな自分を出せばいいと思う』と伝えると、菜穂ちゃんは『肩の荷が下りた』と言うんです。

 これまで両親や周囲の期待に応えようとして、『いい子でいなくてはいけない』というプレッシャーに苦しんでいたのでしょう

 もう1つは菜穂子さんと杉さんが似ているという話だ。

「菜穂ちゃんは『杉さんは私と同じ孤独な人間だ』と言うんです。自分の思ったことをすぐに受け取ってもらえず、孤独を感じることが多かったと。そして僕の中にもそれを見たのでしょう。

 実は以前、京都の大覚寺の門跡から書を贈りたいと申し出があったのですが、その書にも『断崖絶壁に座する孤独の人間に見えた』と書かれていました。菜穂ちゃんは感性が豊かなので、会ったり、少し話しただけで、その人の本質を見抜く力があるのでしょうね

握手を交わす堀江菜穂子さんと杉良太郎さん 

 また、杉さん自身も菜穂子さんに似ている部分を感じた。

「以前、僕の後援会長でもあった福田赳夫元総理大臣に『君は純だな。よくそれで芸能界を生きてこられたな』と言われたことがあります。今の上皇后さまに晩さん会でお会いしたときには、『筋金入りのお方ね』と声をかけていただきました。

 菜穂ちゃんとは純な部分や、理解されづらい部分が似ているんです。僕は長く福祉活動を続けていますが、『政治家になるための布石では?』とか『売名行為だ』と言われることが多々あります。

 でも私財の数十億円を使って売名するなら、そのお金で自分のレコードを全部買ったほうが話が早い。ボランティアやチャリティーは、生易しいことではありません。でも日本では善行を行う人へのジェラシーがあり、ボランティアをためらう人も出てきてしまうのが残念です

“あなたは世界にたった一人しかいない”

 今回の曲作りも、困っている人たちに何かしてあげられることはないかという思いが根底にはある。

最近は心に病をもっている人が多く、ストレスという言葉では解決できなくなってきています。さらにコロナ禍で行動に制約がかかり、心が疲れている人がたくさんいます。『世界の中で』という曲では、“あなたは世界にたった一人しかいない”というメッセージを伝えています。

 せっかく生まれてきたのだから、堂々と生きたほうがいい。今日はつらくても、明日にはいいことがあるかもしれない。天気と同じで、雨や風の日もあれば、晴れる日があるのが人生だと思って過ごしてほしいです。

『ありがとうの詩』は、ありがとうと素直に伝えることのあたたかさや幸福感を思い出してもらえるきっかけになってほしい。これらの歌がみなさんの心の支えになることを願っています

 歌を若い人にも届けるため、日ごろから親交が深いEXILE ATSUSHIさんにも楽曲制作をもちかけた。そしてATSUSHIさんも菜穂子さんの詩に感動して、楽曲を制作することに。菜穂子さんを訪問した際は、ATSUSHIさんも一緒にうかがい、2人がそれぞれの楽曲をプレゼントした。

EXILE ATSUSHIさんと菜穂子さんに会いに行った 

僕たちの曲を聴いた菜穂ちゃんは、あまり身体が動かせないのに、両手を上げて喜んでくれました。握手した手をなかなか離さず、彼女の強い思いを感じることができました。

 菜穂ちゃんは今27歳で、自立を望んでいます。香取慎吾さんの大ファンということなので、『自立を果たしたら、自分のお金でコンサートに足を運び、香取慎吾さんにも会いにいったらいいよ』と話をしました

 今後も菜穂子さんとの交流が続いていくという杉さん。『世界の中で/ありがとうの詩』を聴いて、純なふたりからの温かな希望のメッセージを受け取ってほしい。

『世界の中で/ありがとうの詩(うた)』

『世界の中で/ありがとうの詩(うた)』
 脳性まひの詩人・堀江菜穂子さんの詩集『いきていてこそ』の2編を原詩にして杉さんが作詞、『天城越え』などで知られる弦哲也さんが作曲。編曲はNHKドラマ『大地の子』などで知られる渡辺俊幸さんが担当。

●杉良太郎(すぎ・りょうたろう)1944年8月生まれ、兵庫県出身。1967年、「文五捕物絵図」(NHK)の主演で脚光を浴びる。芸能活動58年、福祉活動63年を迎え、テレビ、舞台、福祉活動に邁進。法務省・特別矯正監、厚生労働省・健康行政特別参与、警察庁・特別防犯対策監も務める。

《取材・文/紀和静 撮影/高梨俊浩》