ウェブ漫画は、キャラが“不遇”であったり、それゆえに“好きな作品”と他人に伝えるのは少し憚れるという作品も多い(作・みずの晴『産後鬱で赤ちゃんをまったく愛せない』/小学館)(c)Harumizuno/Shogakukan

 電子書籍販売サイト『Book Live』によると'21年の年間売り上げランキングで、『鬼滅の刃』や『キングダム』を抑えてウェブ漫画が3作品ランクインした。

“読んだ後、特に何も残らない”作品が売れている

ウェブ漫画は、ストーリーがわかりやすくライトなものが好まれる傾向が強いです。スマホで気軽に漫画サイトにアクセスして読めることに加え、内容的にも気楽に読めるものが多いですね

 そう話すのは、漫画原作者の太田ぐいや氏。自身も原作者や編集者として、ウェブ漫画に携わる。

ウェブ漫画の特徴の1つとして“話売り”があります。50円などの安価で1話ごとに気軽に買えて読める。安いからいいやとついつい買っちゃう」(太田氏、以下同)

 ウェブ漫画ではイジメなど“ダーク”な内容の作品も多く見られるが……。

舞台や設定が暗かったり、凄惨だったりするものも多いですが、ストーリーとしては“イジメを受けた子が復讐する”など、話の作り、展開はわかりやすいものがウケます。逆に難解なストーリーはあまりウケません

 表現は少し悪いが、“読んだ後、特に何も残らない”ような作品が売れているという。『鬼滅の刃』のヒットの理由の1つに、バトル漫画として単純に敵を倒す“だけ”でなく、敵方である鬼の背景に悲しいストーリーがあり、そこに感情移入してしまうという面白さがあった。しかし、ウェブ漫画の作りは、それよりある種、単純だという。

漫画の基本として、“続きが気になる”形にすることはマストで、ウェブ漫画もそう。ただ、“それだけでよい”という傾向が強い。ストーリー性のよさや主張などはあまり求められず、憎い敵が倒されてよかっただとか、イケメンがたくさんいてよかったとか、わかりやすい喜怒哀楽に触れてもらうというイメージ

 ウェブ漫画でウケているジャンルの1つとして“悪役令嬢”というものがある。悪役令嬢とは、作品の中でヒロインの敵対者となる存在。身分や容姿などの面で優位な立場におり、ヒロインの恋路などに立ちはだかる。しかし、ヒロインから反撃に遭うという存在だ。

「悪役令嬢ものは、少女漫画における“恋愛至上主義”に居場所がなく、共感できなかった人たちに好まれていると思います。少女漫画の目的は何よりも恋愛。好きな人と結ばれることがゴールです。

 しかし、多様化の時代にあって、現実の世界はそうではない。結婚して子どもを産んで幸せに暮らすという主流にあった価値観は、まさに少女漫画の世界。

 しかし今は、結婚せずに趣味や仕事に生きる人もいる。そういった人が悪役令嬢ものに流れているのではないかと

“あの名作”がウェブ漫画サイトの人気ランキングで1位に!

 ウェブ漫画では、“異世界転生もの”も非常に人気だ。現実世界からどこか別の異世界に行き、そこであれやこれやというストーリー。

「“転生もの”はウェブ漫画以前からありますが、昔は転生した異世界で何か経験して、スキルや人間力が上がって、元の世界に戻ってきて、実生活に活かすという作品が多かった。夫婦仲が悪くて、異世界で何かを学んで、元の世界に戻って夫婦仲を修復するなどです。

 しかしウェブ漫画以降の異世界ものは、戻ってこない、戻ってきたくもないというストーリーが多い。元の世界との恋人との仲は悪いまま、異世界でできた恋人と一緒にいたほうがいい。それで終わりというような

 実は意外な過去の名作が、'20年に複数のウェブ漫画サイトの人気ランキングで1位を記録している。『静かなるドン』。連載スタートは'88年のこと……。

『静かなるドン』の、普段は冴えないサラリーマンだけど、しかし実は暴力団の総長という設定は転生ものともいえます。この時代にヒットするのは納得できますね

 悪役令嬢や異世界転生がウェブでウケる理由とは。

ウェブ漫画は“不遇”なキャラが多い。読者も現実世界でさまざまな悩みを抱えていると思いますが、漫画のキャラの不遇さ、ネガティブな面に自分を重ねている面がある。現実世界の自分のネガティブな要素を肯定してくれる、共感を覚える。

 また、ストーリー展開として多いのですが、異世界に行った不遇なキャラは、そちらの世界で“無双”します。現実世界では不遇だったり、ネガティブだけど、それが異世界では功を奏す。

 これはネガティブな悩みを持つ読者にとっては“救済”と言えるでしょう。もしくは逆に“下”の人間として見下せる。ストーリーと共に、そういったキャラを見たいという面は少なからずあるでしょう」

韓国生まれのウェブ漫画が売れるワケ

 日本のウェブ漫画は基本的に1ページごとにフリックして次のページに移るが、スマホでの閲覧に特化したものも。韓国発祥の『ウェブトゥーン』だ。簡単に言うと、コマごとに縦スクロールで読み、基本はオールカラーだ。

日本の漫画市場において縦スクロールの漫画の9割が韓国産です。オールカラーなので、売れ線であるエロ系が映えるという面も。

 韓国は人口が少なく、国内需要だけでは成り立たないので、海外に向けた作品作りを念頭に制作され、韓国政府もウェブトゥーンを支援しています

 市場は拡大しているが、ウェブ発信の漫画で世間一般にまで知られている作品は多くないように思えるが……。

SNS上の“バズり”とウェブ漫画の売り上げはまったくといっていいほど比例していません。読んだ感想がウェブ上にほとんどない作品の作者が、印税で月に1000万円近い収入を得ていることも。

 ウェブ漫画は読んでいることを他人に知られたくないような作品が少なくない。それゆえにSNSなどには感想が上がらないけど、人気が高い、という作品が生まれますね」

 あなたもウェブ漫画沼に浸かってみる?

PROFILE●太田ぐいや●漫画原作者、フリー編集者。代表作『私には5人の毒親がいる』(漫画・樹生ナト/秋田書店)、『余命一年のAV女優』(漫画・玉越博幸/小学館)など。