フィギュアスケート男子シングルに出場した羽生結弦(JMPA代表撮影・2022年北京五輪)

 2月20日、閉会式が行われ、北京五輪が幕を閉じた。

「同日、フィギュアスケートのエキシビションも行われ、出場選手には、アメリカのネイサン・チェン選手、鍵山優真選手、宇野昌磨選手などのメダリストと、羽生結弦選手や、個人戦をコロナ陽性で欠場することとなってしまったアメリカのヴィンセント・ジョウ選手などが国際スケート連盟によって選ばれました」(スポーツ紙記者)

 エキシビションに向けて、羽生は準備に余念がなかった。

個人戦を終えた4日後の2月14日には練習を再開させています。その後も何度か練習を行い、これまでの羽生選手のスケート人生を振り返るかのように、歴代のプログラムを披露し、調整していました」(同・スポーツ紙記者)

 それでも、不安がつきまとう。2月14日に行われた会見で、試合前日の練習での右足のケガについてこう口にしたのだ。

「先日の練習で足を痛めて、4回転半で思いっきり片足で降りにいって、そのときに捻挫しました。その捻挫の程度も思ったよりもひどくて、本来だったら、普通の試合なら完全に棄権していただろうなと思いますし、今もちょっと安静にしていないと本当はいけない期間で、ドクターの方から“もう10日は安静にしてね”と言われているんですけど、それくらい悪くて」

 こうした発言や、演技後に見せた刀を収めるしぐさなどから、一部メディアでは引退説も取り沙汰されるほど。

4回転半をやり切る決意

会見で記者からの質問を笑顔で聞く羽生結弦(JMPA代表撮影・2022年北京五輪)

 しかし、羽生が通っていた東北高校フィギュアスケート部顧問の佐々木遵先生の目には、今も羽生の闘志は燃えているように映ったという。

「まだ引退はしないと思っています。4回転半の成功まで、あと本当にもう少しですから。その“あと少し”が大変なんだと思いますが、足が限界でなければ、4回転半をやりきるんじゃないかなと思っています。会見での羽生くんの姿を見て、“そんなに簡単に俺は諦めないぞ”と言っているように感じました」

 では、右足のケガの状態はどうなのか。スポーツ関連の負傷に詳しい久我山整形外科ペインクリニックの佐々木政幸院長に聞いた。

「足首は、外側のくるぶしから大きく3つ靱帯が出ていて、捻挫というのは、簡単に言うと、この靱帯の傷です。治すには2~3週間は動かさず、安静にすることがいちばんです。羽生選手は10日間の安静ですから、かなりひどい状態というわけではないと思います」

 とはいえ、ジャンプをするのはケガを悪化させそうなもの。

本来であればとにかく安静にするのがいちばんですが、ケガが治りきるまで動かないでいると、今度は関節が固まってしまう場合があります。そうすると競技への影響も考えられるので、関節が固まらないように適度に足を使いつつ治療を進めるという方法もあるでしょう。医師やトレーナーなどの判断を仰ぎながら決めたことだと思います」(佐々木院長、以下同)

 しかし、そのために羽生が“許容量以上”の痛み止めを飲んだと発言したことも、物議を醸している。

「薬は、許容量を超えると副作用が大きくなります。一般的によくあるロキソニンやボルタレンなどの痛み止めの主な副作用には、胃腸障害があります。もちろん胃薬も一緒に飲んでいるとは思いますが、普通の量ではとても痛みを抑えられず、胃よりも足の痛みを鎮めることを優先したのでしょう。いずれにしても、ずっと身体を酷使しているから、傷が治りきる前に次の負担がかかっており、常に火に油を注ぐような状態で、完全回復はしていなかったのではないでしょうか

自分の挑戦する姿が励みになれば

会見を終えて、去り際には深々とお辞儀をした羽生結弦(JMPA代表撮影・2022年北京五輪)

 それが、ケガを繰り返す原因にもなっている。

「靱帯は一度傷ついてしまうと、どうしてもゆるみが出たり、柔軟性が失われたりして“手負い”の状態になります。そうなると、本来はしなやかで衝撃に耐えうるはずの靱帯が、再び捻挫を起こしやすくなってしまうのです。

 そして捻挫を繰り返すと、そのたびに靱帯の強度が落ちる場合が多く、いくら固定をしてもケガをする前の状態には戻りません。こういった状態でスケートをするのは、本当はよくはないと思います」

 それならば、エキシビションへの欠場を決めたうえで、試合後すぐに帰国し、治療に専念することもできたはず。

 羽生はなぜそれをしなかったのか。

 2月14日の会見後に行われたNHKによるインタビューで、羽生はこう話している。

「身体を痛めつけてでもやりたい表現であったり、見てもらいたい演技があるので、今はとにかくそこに全身全霊を込めたいなと思っています」

 羽生が4回転半を目指し続けた理由だと話した“9歳の羽生”を育てた都築章一郎コーチは、コロナ禍で暗い世界を憂えての発言ではないかと推察する。

東日本大震災で被災し、多くのみなさんから応援や励ましをいただいた経験から、今コロナで悩んでいる世界の方々に“自分のスケートがみなさんの励みになれば”という思いが強くあるのでしょう。だからこそ、どうしても滑りたいという強い意志を持っているのだと思います」

2月15日、公式練習に参加した羽生結弦。途中『オペラ座の怪人』の音楽をかける場面も(JMPA代表撮影・2022年北京五輪)

皆が一つになることの素晴らしさ

 さらに、羽生なりの哲学もある。

「羽生選手は験担ぎや神社巡りが好きな信心深いところがあります。それもあってか、“人にしたことは自分に返ってくる”という考えを強く持っています。なので、人のためになる行動をしようと意識もしていますし、自然とそれができるのです」(スケート連盟関係者)

 ファンからの応援について聞かれた羽生は、次のように感謝を表した。

何かをきっかけにしてみんながひとつになることが、どれだけ素晴らしいことなのかを、東日本大震災から学んだ気がしていて。

 もちろんつらい犠牲の中でのことですけれども、僕の演技が、みなさんの心が少しでもひとつになるきっかけになっていたら、やっぱり僕は幸せ者だなと思います。

 東日本大震災とか災害ではなくて、もっと何か健康的に、何かを犠牲にすることのない幸せな方向の(ひとつになれる)きっかけだったらとてもうれしいなと思って」

 “何かを犠牲にすることのない”と羽生は口にしたが、その足はケガが治らないまま。それでも、羽生は献身的に世界がひとつになることを願う─。

佐々木政幸 慶應義塾大学医学部の整形外科学教室に入局し、大学病院や関連病院を中心に診療後、久我山整形外科ペインクリニックを開業