日清食品のカップヌードル

 今や国民的インスタント食品といえる『カップヌードル』。発売当初、低迷していた売り上げを救ったのは、意外な人たちだった。「どうして“ラーメン”ではなく“ヌードル”?」「インスタントは身体に悪い!?」など日清食品広報が語る『カップヌードル』の“イロハ”。

「あさま山荘事件」で一躍有名に

 「あさま山荘事件」が起こったのは1972年2月。連合赤軍の残党5人が軽井沢の保養所『浅間山荘』に人質をとって立てこもり、民間人を含む多数の死傷者を出した日本の犯罪史に残る大事件だ。

 山荘に打ち込まれる鉄球に、銃で応戦する連合赤軍、搬送されていく負傷者、強行突入する機動隊─。10日間にわたり続いた攻防戦の模様は連日テレビで生放送され、平均視聴率50・8%、最高視聴率は前代未聞の89・7%を記録した。

 この衝撃的な事件は人々の目を釘付けにし、同時にあるひとつのヒット商品を生んだ。日本の国民食として今やおなじみ、日清食品の『カップヌードル』である。

「当時、日清食品では警視庁の第1から第6機動隊の全部隊に『カップヌードル』を供給していました。出動に伴う非常用食料としても利用されていたんです」

 と話すのは、日清食品の広報担当者。現場となった浅間山荘には、警視庁、長野県警、群馬県警、埼玉県警から合わせて3000人もの警察官が集結。マイナス15度という弁当も凍る極寒の軽井沢で、最前線で闘う彼らの胃を満たしたのが、非常食として配られた『カップヌードル』だった。湯気を立て麺を頬張る機動隊員の姿が繰り返しニュースで流されたことで販売店に視聴者が殺到、『カップヌードル』は一躍その名を世に広めることになる。

 事件を機に注目を集めたわけだが、あれは偶然の成り行きか、はたまた販売戦略の一環だったのだろうか?

「まったくの偶然でした。あれを機に『カップヌードル』は羽が生えたように売れだしたのです」(前出広報、以下同)

 『カップヌードル』の生みの親は、世界初のインスタントラーメン『チキンラーメン』を発明した日清食品の創業者・安藤百福。朝ドラ『まんぷく』にも登場した人物だ。視察で欧米を訪れた安藤が、紙コップに麺と湯を入れてフォークで試食する現地担当者の姿を目にしたことが、カップ入りの麺というかつてない商品開発のきっかけとなった。世界初のカップ麺を世に送り出すにあたり、ネーミングにもこだわり抜いた。

「それまでにない食品だったことから、全く新しい名前をつけたいとの思いがありました。ところが提案されるのは従来のラーメンの概念に束縛されたものばかり。『チキン・カップ』といった名前も候補に挙がりましたが、日清食品のアメリカ法人から『カップヌードル』という案が出され、“これこそ、新製品にふさわしいネーミングだ!”と安藤百福が決断を下しました」

『カップヌードル』の発売はあさま山荘事件の5か月前にあたる1971年9月18日。鳴り物入りで登場し、「画期的なインスタントラーメンが登場!」とマスコミにも大きく取り上げられたものの、意外にも当初の売れ行きはあまり芳しくなかったという。

「袋麺が25円の時代に『カップヌードル』は1食100円と高価でした。また当時打ち出した、その場で立ったまま食べるというスタイルが良風美俗に反するといった意見も飛び出し、なかなか店頭に並べてもらえませんでした」

 店頭販売が難しいならと、夜勤が多い消防署や警察署といった特殊ルートへの売り込みに営業をシフト。結果「あさま山荘事件」で認知度を高め、生産が追いつかないほどの売れ行きを見せることになる。

 発売時は『カップヌードル』1種類でのスタートだったが、翌年には『カップヌードル天そば』、翌々年には『カップヌードル カレー』と、新作を次々投入。バリエーションの拡充とともに、ヒット商品も多く生まれた。

 なかでも2014年発売の『カップヌードル トムヤムクンヌードル』は販売計画を大幅に上回る売り上げを果たし、生産が追いつかず一時販売休止を余儀なくされることに。

 また派生商品も誕生し、2010年発売の『日清カップヌードルごはん』は予想を上回る売り上げを記録。あまりの人気に発売4日で一時販売休止を迎えている。

カップヌードル“ファミリー”も種類が増え、発売のたびに話題に(写真は日清食品HPより)

 現在は『カップヌードル(レギュラー)』をはじめ20種類前後の定番品のほか、数量や期間限定販売品を合わせて常時25種類前後のフレーバーを展開。売り上げトップはやはり『カップヌードル(レギュラー)』で、しょうゆベースにペッパーを利かせたその味は誕生以来、基本変わらず50年以上もの間ファンに愛され続けている。

 続く2位は『カップヌードル シーフードヌードル』、3位『カップヌードル カレー』、4位『カップヌードル 味噌』、5位『カップヌードル チリトマトヌードル』と、定番が上位を占める。

話題呼んだ“謎肉”、その正体は……

 『カップヌードル』の具材といえば、まず思い浮かぶのが“謎肉”の愛称で知られる「味付豚ミンチ」。その人気はとりわけ高く、2009年4月のリニューアルで角切りチャーシュー「コロ・チャー」に変更されるも、“謎肉”を惜しむファンの声を受け2015年4月のリニューアルで復活。

 「コロ・チャー」とのW入りで新たに販売をスタートさせている。同時にファンの間で親しまれてきた“謎肉”の愛称を日清食品が初めて公認し、大きな話題となった。

「2016年、当社が公式に“謎肉”の愛称を認めたことで、その存在が一気に知られることになり、“謎肉”は『カップヌードル』を代表する具材ともいえる存在になりました」

 また2017年には発売46年目にして日清食品が“味付豚ミンチ”の正体を告白。一見すると角切り肉の“味付豚ミンチ”だが、実は豚肉と大豆由来の原料に野菜を混ぜて味付けしたミンチのフリーズドライだと明かした。ちなみに2019年10月に“謎肉”を増量するリニューアルを行い、これにより「コロ・チャー」は姿を消した。

 『カップヌードル』は大好き! だけどインスタント食品は身体によくないのでは─、と罪悪感を抱く人は多いはず。しかし、意外とカロリーは高くないのだという。

「一般的に高カロリーなイメージがあるカツ丼は893kcal、チャーハンは754kcal。一方インスタントラーメンはスープを全部飲んでもレギュラーサイズで1食約300~500kcal。これは成人男性が1日に必要なエネルギーの約11〜20%、成人女性の約15〜20%にすぎません」

 『カップヌードル(レギュラー)』も、1食350kcalと思うほど高くはない。

「健康を意識されている方には『カップヌードル PRO』がおすすめ。『カップヌードル』のおいしさはそのままに、糖質50%オフ・300kcal以下を実現しています」

 昨年4月に発売した『カップヌードルPRO 高たんぱく&低糖質』は、わずか半年で年間販売目標数を達成した近年のヒット商品。また2019年には『カップヌードル』の味と食べ応えはそのままに30%の減塩を実現した『カップヌードル ソルトオフ』を開発するなど、時代のニーズに柔軟に寄り添い新たな可能性を切り開いてきた。

 今年発売51年目を迎える『カップヌードル』。累計販売食数は500億食を超え、日本はもちろん世界中で今なおファンを増やし続けている。その勢いはとどまるところを知らず、この春には『カップヌードル スモークベーコンカリー ビッグ』『カップヌードルPRO 高たんぱく&低糖質 チリトマトヌードル』と新作も続々登場。世界的認知を確立した今、ブランドとしてこの先どんな未来を目指すのか─。

「時代や環境も日々変化していく中で、さまざまな社会課題にも向き合いながら、恐れず変化していくことが『カップヌードル』というブランドの使命だと思っています。

 例えば植物由来の原材料だけを使用したものや、必要な栄養素をすべて満たす商品もそのひとつです。“100年ブランド”を目指して、『カップヌードル』はこれからも進化を続けていきます」

取材・文/小野寺悦子