小池百合子東京都知事(2020年7月10日)

 2月10日20時41分、重苦しい空気が流れました。BSフジの政治番組『プライムニュース』のリモート出演中、小池百合子東京都知事がひどく咳込んだのです。待てど止まらず、同じ番組に出ていた自民党新型コロナウイルス感染症対策本部本部長代理の武見敬三参議院議員も悄然とした面持ちでした。CMが入ったものの、再開後も断続的に咳やしゃがれ声が続きました。

 小池氏が過労で約1か月間入院し、退院してから3か月も経ちます。昨年7月の東京都議選では、自身が特別顧問を務める「都民ファーストの会」候補者の応援で、車に酸素ボンベを積んで移動していたことが思い出されます。コンディション不良がここまで露わになると、取りざたされている「健康不安説」が一層強まってしまいそうです。

 大物政治家は長く権力を保つ、と思わせることが欠かせません。体調が万全でない姿を晒すのはあってはならないことです。稀代のパフォーマーの小池氏が、よりによってテレビで不覚を取るーー。去就に黄信号が灯りかねません。

 一方で、昨年12月15日、小池氏は国民民主党の玉木雄一郎代表と白昼堂々都庁で面会。また、今年2月10日の同党党大会で玉木代表は、参議院東京選挙区で、都民ファーストの会との統一候補を模索すると明言しました。これによって7月の参議院選への小池氏の出馬説が急浮上。永田町では「女帝」などとも称される小池氏の真意はどこにあるのでしょうかーー。

羽生結弦が4年後の金メダルに葛藤するように……

2月14日、会見で記者からの質問を笑顔で聞く羽生結弦(JMPA代表撮影・2022年北京五輪)

 過去最高のメダル獲得で連日沸いた北京オリンピック。国民の脳裏に焼き付いているのは銀盤のスターこと羽生結弦の悲劇です。「あの“リンクの穴”さえ無ければ、金メダルだったのに……」記録より記憶に残ったことで、後世に語り継がれるでしょう。

 今後、否が応でも注目されるのはその去就です。4年後のミラノ/コルティナ・ダンペッツォ五輪へと再起を図るのか、本人の言葉通り「やり切った」とこれが見納めとなってしまうのか。4年後には31歳とフィギュア選手としては超高齢選手となり、金メダル奪回は難しいようにも思えます。前人未到の2連覇を果たした彼が、8位までの入賞争いが限度と悟れば、晩節を汚さず引退、という結末もよぎってきます。

 しかし33歳まで現役を続けた村主章枝が「まだ続けるものと信じている」と語るように、多くの国民も後ろ髪引かれる思いです。

 羽生選手が4年後の金に葛藤するように、私は小池氏が総理の座を目指す心境も逡巡しているのではないかと考えています。

 彼女の総理への野望は、つとに知られています。女性初の防衛大臣、女性初の自民党総裁選候補者、女性初の自民党三役、女性初の東京都知事。そして……、史上初の女性総理の座こそが、彼女にとっての金メダルなのです。今年の7月15日で70歳に達しますが、アメリカのジョー・バイデン大統領は77歳で大統領選に勝利。27歳の羽生結弦に比べ、彼女は「金」狙いで一勝負できる年齢にあります。

参議院より衆議院への復帰が王道

 しかし、そんな彼女が参議院議員とはどういった風の吹き回しでしょうか。総理大臣を輩出した前例の無い参議院議員、また、まだ国政政党でもない都民ファーストの会での当選では、総理の座はかえって遠のいたといえるのではないでしょうか。

 私は、あえて彼女が参院出馬を選ぶとしたら理由は体力面しかないと考えています。終息宣言が出ない限り、コロナ対策の顔として再来年の都知事選でも小池氏が大本命となります。敢えてその座を捨てるとしたら、既に都知事の激務に耐え得る身体に無く、第一線を退くという意思表示なのかもしれません。

 しかし、あれだけの修羅場をくぐってきた小池氏に限って「さらさらございません」という心の声が聞こえそうです。私も、彼女が衆議院議員の頃までは、1500人の講演会を主宰した後で呑んだり、街頭演説で横に立った経験もあり、不撓不屈ぶりをまざまざと見せつけられた一人です。

 とすれば、小池氏は衆議院議員を狙うのが本筋と言えます。実は、彼女の衆議院復帰を後押しする制度の変更があるのです。

 東京の衆議院小選挙区が次回総選挙から5つ増えます。昨年11月30日の2020年国勢調査の確定を受け、衆議院議員選挙区画定審議会は、選挙区の区割りを改定して6月に勧告します。そこでは何と、知事への意見照会がなされます。既に1月30日の第20回会合から、知事からの回答を踏まえて、改定案が作成され始めています。

 名うての策士が、この千載一遇のチャンスをみすみす見逃すはずがありません。

 元来の地元選挙区だった、豊島区や練馬区を含んだ新たな小選挙区の原案を出し、後に自ら出馬するというウルトラCも可能なのです。2025年10月までに施行される次回衆議院議員総選挙こそ、決戦の時です。そこまでの繋ぎ方に腐心しているのが今の彼女の姿です。

 この戦略の最大のメリットは、新設の小選挙区ですから自民党候補がまだ不在であり、敵対を回避できる点です。当選前後の自民党復党への難易度が下がり、自民党衆議院議員として、高らかに総裁選へ出馬することも可能なのです。

 ただし、それには自民党内での地殻変動も必須条件です。例えば、参院選に敗退したなどの理由で岸田総理が退陣、河野太郎政権が誕生していれば可能性が高まります。なぜなら河野氏に近く、昨年“失脚”した二階俊博元幹事長が復権するからです。河野政権の後、二階派の総裁候補として小池氏を擁立というシナリオは十分にあり得ます。小池氏と二階氏の親密ぶりは政界では有名なのです。

小池百合子氏と親密な二階俊博元自民党幹事長

 体調不良から意に反して、今夏の参院選に出馬のパターンでは、野党の参議院議員です。この場合は、体調好転を待って次の総選挙で衆議院に鞍替え、かつ野党の盟主として岸田総理と対決、一気に政権交代に持ち込むというシナリオを描いているのではないでしょうか。それは彼女が国会議員初当選時に在籍していた日本新党の代表、細川護熙元首相が8党連立政権の首班に担がれた構図と同じです。

 ただし、それは“あの出来事”を思い出すとハードルは高そうです。2017年10月の総選挙で、小池氏は「希望の党」を創設し、当時野党第一党の民進党を抱き込んで政権交代にリーチを掛けました。しかし、“(安全保障などの基本政策で一致しない人は)排除する”という旨の発言により失速。政権交代は失敗に終わりました。“排除された”側が立憲民主党を創設し、現在野党第一党になっています。同党の幹部たちは、今なお小池氏に怒っており、彼らと合流するのは容易ではないでしょう。

腹心の部下が出馬を表明。小池氏の決断は?

2017年6月、「都民ファーストの会」総決起大会で小池百合子氏に寄り添う荒木千陽氏

 これを執筆している3月1日、都民ファーストの会代表の荒木千陽都議が、参議院選東京選挙区出馬を表明しました。荒木氏は、かつて小池氏の公設第一秘書を務め、同じ家に同居していたこともあった腹心の部下です。

 小池氏が参院出馬を選ぶなら、残された焦点は、名前が売れている有名人が圧倒的に当選しやすい全国比例区。1議席を確保するのに120万票が目安ですが、小池都知事は一昨年の都知事選で何と366万票を獲得。2つの選挙は別物ながら、彼女一人で3人の当選者を出せる皮算用です。

 実は、先月1日に亡くなった、あの石原慎太郎元都知事の初当選は参院選全国区でした。未だに史上最高として燦然と輝く301万票を獲得し、一気にスターダムにのし上がりました。彼女が都知事の職にあるだけでは醸し出せない、強烈なインパクトを国民に植え付ける効果も狙えます。

 この戦略なら立候補表明は、ドクターと相談しながら6月第1週の都議会閉会日まで留保でき、体を労わって当選できます。都知事の座を自民党に返上した上、東京選挙区で自民党候補との抗争を回避し、恩も売れて理に適っています。果たして本当に参院選というルビコン川を渡り、あの性根を据えた本気モードに転換するのか。夏が近付くにつれ、またもやお茶の間の耳目を引きそうです。