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 かつては「聖職者」とも呼ばれていた教師たち。だが、一部の教員が起こすわいせつ事件は後を絶たない。自分の受け持つ児童・生徒ばかりではなく多くの子どもたちが被害を受けている。中には素知らぬ顔で教壇に戻り、再び罪を犯すケースも……。

わいせつ行為をした教員が、再び教壇に戻ることも

 今年2月、東京・江東区の公立小学校教諭、河嶌健容疑者(逮捕当時)が勤務先の学校の女子児童が着替える様子を盗撮したとみられる画像や動画をスマートフォンに保存、所持したとし警視庁に逮捕された。実は同容疑者は、2017年にも板橋区の小学校で女子児童の身体を触るなどの行為で、3か月の停職処分を受けていた過去がある。

「停職処分のあと、江東区に異動したそうです。同区の教育委員会は処分のことも把握しており、容疑者が再発防止のための研修も受け、定期的に勉強会にも参加していたといいますが……」(全国紙社会部記者)

 埼玉県在住の主婦、藤沢恵さん(仮名、42歳)は憤る。

「今度小5になる娘がいるだけに他人事じゃありません。こんな行為を繰り返す教員がなぜ教壇に立てるのか、怒りしかありません」

 一部の教員による児童や生徒に対するわいせつな行為が後を絶たない。そして冒頭の河嶌容疑者のように教壇に戻り、何度も罪を繰り返す教員も少なくはない─。

 この4月、教員による性暴力をなくすための法律が施行される。『わいせつ教員対策法』だ。『性暴力のない社会の実現を目指す議員連盟』の事務局次長も務める宮路拓馬衆院議員は次のように語る。

「この法律では教員によるわいせつ行為を『児童生徒性暴力』と定義しています。これまでは子どもへのわいせつ行為で懲戒免職となった教員でも、3年たてば再び教員免許を再取得することが可能でした。そのため、わいせつ行為をした元教員が処分歴を隠してほかの自治体で採用され、再びわいせつ行為を繰り返す事例が問題になっていました」

 新しい法律では、懲戒免職となり教員免許を失った場合、再び免許を与えてよいかどうかを各都道府県の教育委員会が判断。場合によっては免許を再取得することを拒否できるようになった。

 新しい法律によって、子どもたちの安全は守られるのか? 各分野の識者に話を聞いた(なお本稿では教員によるわいせつ行為を「性暴力」と表記している)。

 ジャーナリストの渋井哲也さんは語る。

「教員による性暴力は大きく2つに分かれます。ひとつは学校で盗撮をしたり、生徒に触ったり卑猥な言葉を言うもの。もうひとつは教師と生徒が恋愛などの親密な関係に陥っている場合です。

 '19年1月には担任でありながら女子生徒と性的な関係を持った教員が『別れたい』という生徒からの相談に応じず、生徒が自殺未遂を図った事件がありました。彼女はいまだ意識不明です。ほかにも教員との関係に悩んだ女子生徒が別の教員に相談したところ、レイプされたというケースもあります」

 後ほど詳しく扱うが、教師と生徒は対等ではない。“恋愛”といっても、教員が生徒の淡い恋心を利用した性暴力であるケースも多い。

「先生が子どもに対してなんらかの行為をした場合、体罰以外はほぼ基本的に『指導』と扱われます。教員による指導は原則、間違いはないと扱われ、『指導』の名のもとに行われた行為は見逃されてしまう」(渋井さん、以下同)

 '19年には、小学校時代に担任から教室で髪を触られたり、同級生の前で「かわいいね」と言われたり、額や頬をつつかれて、性的羞恥心による精神的苦痛を受けたとして、女子中学生が損害賠償請求訴訟を起こした。渋井さんによるとこうした事例でも、教師の口から合理的とされる説明を受けたら、現場では指導の一環とみなされてしまうという。『指導』は魔法の言葉なのだ。

 また教育現場の人手不足の影響も深刻だという。

「“あの先生は部活をインターハイまで導いた”“東大の合格者を出した”など実績があると、たとえ問題行為があっても“ほかに人がいないから”と学校内でウヤムヤにされ、教育委員会に報告がいくこともない。学校が身内を守ろうとする隠蔽体質は、いまだに根深いものがあります」

 新しい法律では“なにが性暴力にあたるか”“それをどの基準で性暴力と認定するのか”など詳細が明らかになっていない。

「教師との『恋愛』も盗撮も一緒になっていては、スムーズに運用されるのか。より丁寧な議論も求められます」

わいせつ行為の態様。文部科学省の『令和元年度公立学校教職員の人事行政状況調査について』より。痴漢、盗撮、強制性交などのわいせつ行為で処分を受けた教員は174人。免職は148人、停職は22人。うち児童生徒に対するわいせつ行為での免職は121人だった。

「あの優しい先生が?」加害者の手口と頭の中

 では、児童や生徒に性加害をする教員はなぜ、性暴力を子どもに向けるのか?  

 そこで小児性愛障害などの性依存症治療に詳しい神奈川県鎌倉市の『大船榎本クリニック』精神保健福祉部長、斉藤章佳さんに聞いた。

「子どもへの性的嗜好を持続的に持つ者、性加害を反復する者は国際的な診断基準で『小児性愛障害』と呼ばれています。再犯を防ぎ、さらなる被害者を生まないためには、加害者の治療も必要です。私が携わる臨床の場では、早くから子どもへの性嗜好に気づいて、それを動機として子どもに接する職業に就く小児性愛障害の人も少なくありません」

 もちろん子どもに接する仕事に就く人すべてが、子どもへの性的関心を持っているわけではない。ただそうした子どもに関わる職場環境を利用して、卑劣な加害行為を試みる者が少なからずいる、これもまた現実だ。

「彼らにとって子どもが大勢いる教室は、『お宝の山』なのです。そして『これも性教育の一環で、身体がどんな反応をするか教えてあげようと思った』『相手もそれを受け入れていた』など背景には驚くべき認知の歪みがあります。

 治療では、その認知の歪みを変容させることにも注力しているわけですが、たとえ当人が更生し、どんなにやめ続ける日々を継続していてもふとしたきっかけで再犯にいたるケースもある。

 彼らにとっては子どもと接すること自体、問題行為への引き金(トリガー)となってしまうんです。新しい法律はあくまで『懲戒免職』になった教員のみが対象。免職にならない限り、再び教壇に立てるのは疑問視せざるをえません」(斉藤さん、以下同)

 子どもに性加害をする危険のある人物を、採用前に見抜くことはできないのだろうか。

「採用前に個人のプライバシーに深く関わる性嗜好を強制的に明かすことは、ほぼ不可能。彼らは子どもを性的な対象として見てしまう自分を他人に知られたくないと思っていますが、それが小児性愛障害という病で、治療の対象だという自覚がない。そのため加害行為が発覚したり、逮捕されるまで、自らの意思で治療に訪れる人はいないんです」

わいせつ行為などの相手の属性。文部科学省の『令和元年度公立学校教職員の人事行政状況調査について』より

 現実的には啓発などによって加害者の手口を知ることが性暴力の早期発見、早期介入につながる。

「加害者の多くは、教育熱心で子どもに慕われていることが多いんです。というのも、彼らの手口の特徴に相手と関係を構築して手なずけてから犯行に及ぶ『グルーミング』というものがあります。

 被害者に何度もアプローチして、悩みを聞き、コントロールしやすいように関係性を築き、加害行為に及ぶのもそのひとつ。最近は、オンラインゲームやSNSで相談に乗って関係性を深めてから、裸の画像を送らせたり、実際に会って性加害を行うケースも増えている。彼らが徹底して子どもに寄り添う姿勢は、プロのカウンセラーも驚くほどです」

 特に親との折り合いが悪く「自分は大切にされていない」など自己肯定感が低い子どもは、加害者の格好のターゲットになってしまう。

「さらに子どもたちの性行為への知識の乏しさや判断力の脆弱さに付け込んで、その関係性が『恋愛』で、当人も同意している、と思わせることもありえます。実際に中学生時代にグルーミングをされて、性関係を持った女性が成人になって性暴力だったと気づいて訴訟を起こした例もあります。真の同意とは、対等な関係を前提にしたもの。人生経験の少ない子どもと大人は対等とはいえません」

 小児性愛者にとっては、子どもと接すること自体が再犯の引き金となることがわかった。しかし新しい法律では、懲戒免職となった教員が再び教壇に立つ可能性をゼロとは明記していない。なぜいっそ禁止にできないのか?

 そんな率直な疑問を前出の宮路議員にぶつけてみた。

「教員による性暴力の問題は国会も問題視しています。そしてわいせつ教員を再び教壇に戻すな、という心情はもっともです。

 一方、日本の法制度は、罪を犯した人であってもいずれ更生できるということを前提につくられています。刑法では、例えば殺人罪などの重罪を犯して刑に処せられても、その刑の執行後10年で刑が消滅します。

 殺人を犯しても一定期間がたてば教育現場に戻ることが可能なのにわいせつ行為では戻れないのはどうか。また憲法で定められた『職業選択の自由』との兼ね合いも無視できない。そういった法の整合性や量刑のバランスを調整したうえで制定され、施行されたのが『わいせつ教員対策法』なんです」

審査は厳格になり、クリアはほとんどない

 今後行われる各教育委員会が各専門家とつくる『教員免許状再授与審査会』での審査はかなり厳格、と宮路議員。

「『今後、再犯の可能性がない』と、“ないこと”を証明するのは至難の業。いわば悪魔の証明です。現実的にこの基準をクリアして教員免許を再交付される人は、ほとんどいないと考えています。

 また文科省は、わいせつ行為をした教員の情報を共有できる全国共通のデータベースの整備も進めています。参考としているのはイギリスのDBS(Disclosure and Barring Service略)という制度。

 イギリスでは、子どもに接する職業に就くときは、過去に性犯罪歴がないことを証明する書類を役所からもらって事業者に提出することが必要なんです。政府もこども家庭庁の目玉政策として、性犯罪の加害者が保育や教育の仕事に就けないようにする『無犯罪証明書』制度の導入の検討に入っています」

 ただこれは、あくまでも国家資格である教員免許の話。

「フリースクールや家庭教師、塾など民間の機関に潜り込んでしまえばその限りではない。引き続き議論していく必要があります」(宮路議員)

 前出の斉藤さんは語る。

「教員からの性暴力の被害に遭った子どもは、その後も長期間にわたってトラウマに悩むケースも少なくありません」

 もしも子どもに性的被害を打ち明けられたら、大人は、どのように対応すればよいか。

「まずは否定せず話を聞いてください。相談された大人はまずは“あなたはなにも悪くない”ときちんと伝えること。くれぐれも“そんなことがあるわけないじゃない”“あなたにも隙があったんでしょ?”などとは絶対に言わないでください。

 また男女ともに幼少期のうちから“水着を着ていて隠れている部分(プライベートゾーン)を他人に見せたり、触らせたりしてはいけない。もし触られたらイヤとはっきり言ってよいし、周りの大人に相談するんだよ”とわかりやすい形で繰り返し教えることも大切です」

 もうすぐ新学期が始まる。子どもを被害者にも、傍観者にも、そして加害者にもさせないために、大人が学び、意識をアップデートしていくべきことは実に多いはずだ。

お話を聞いたのは

●衆議院議員 宮路拓馬さん
自由民主党、衆議院議員。2021年鹿児島第1区から出馬し、当選。3期目。内閣府大臣政務官。大学卒業後、総務省に入省、2014年より現職。性暴力撲滅に向けた取り組みなどを積極的に行う。「性暴力のない社会を目指す議員連盟」(事務局次長)などを担う。

●ジャーナリスト 渋井哲也さん
ノンフィクション作家。インターネット、サブカルチャー、援助交際、自殺、生きづらさなどをテーマに取材、執筆を行うほか、大学でも教える。著書に『ルポ平成ネット犯罪』(ちくま新書)、『学校が子どもを殺すとき』(論創社)、1月18日に『ルポ 座間9人殺害事件』(光文社新書)を出版した。

●精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤章佳さん
大船榎本クリニックにソーシャルワーカーとして長年勤務、さまざまな依存症問題に携わる。著書『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)、『「小児性愛」という病』(ブックマン社)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)などがある。

取材・文/アケミン