宮沢りえ

 NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で、宮沢りえは北条義時の義母役で出演。今後、さらにクセのある“悪女”ぶりを発揮する、その演技に期待がかかる。

「日本テレビ系のドラマ『真犯人フラグ』にも出演しており、ミステリーの鍵を握る“失踪妻”という役どころ。まったく違う役柄ですが、どちらのドラマでも存在感を見せています。主演を務める映画『決戦は日曜日』も公開され、引く手あまたの大女優です」(テレビ誌ライター)

宮沢りえが抱く舞台への熱い思い

 '18年に元V6の森田剛と再婚し、昨年11月にふたりで新事務所『MOSS』を立ち上げた。ドラマや映画のオファーが途切れない一方、舞台にも力を入れている。昨年12月には舞台『泥人魚』の座長を務めた。'03年に唐十郎が発表した戯曲だ。

 彼女が最も大切にしているのは舞台なのだという。演劇に詳しい文筆家の折田侑駿氏に話を聞いた。

「宮沢さんは映画やドラマには出演していない年があるものの、演劇にはコンスタントに出演されてきました。コロナ禍で'20年はすべての舞台が中止に。それでもなお、'21年には『泥人魚』に挑んだことに、彼女の演劇に対する思いや覚悟のようなものが表れていると思います」

 宮沢自身も、過去のインタビューで舞台への熱い思いを語っている。

《毎日同じことをやっていても毎日新しいものが生まれる感覚があって、それがすごく『生きてる』って感じられて、好きなんです》(『25ans』'11年12月号)

《表情にあふれてくる何かって、同時に足の先からもあふれていなくてはいけないものだと思うんですね。だから映画でも、常に全身を撮られていても構わないんです。でも映画ではアップも必要ですからね。そういう意味では、やっぱり舞台はとても好きです》(『せりふの時代』'04年2月号)

 昔から演劇が好きで、10代から舞台を見に行っていた。

宮沢さんが好んでいたのは、“アングラ演劇”といわれるものです。ストーリーは難解で、演技は前衛的。ファミリー向けの芝居とは違い、とっつきにくいかもしれませんが、そこに演劇の深みを感じたのでしょう」(演劇ライター)

 中でも最も憧れを抱いていたのが、唐十郎だった。これまでに4度、同氏の舞台に出演している。

唐十郎からの“ラブレター”

「唐さんは、'60年代に『状況劇場』を旗揚げし、アングラ演劇の旗手として熱狂的に支持されました。劇場を飛び出し、野外で紅テントを建てて公演。過激なスタイルに排斥運動も起こりますが、当時の若者にとってはカリスマ。'88年からは『劇団唐組』を主宰し、劇作家、演出家として数々の舞台を手がけ、昨年には文化功労者に選ばれました」(前出・演劇ライター)

 宮沢にとって、唐が特別な存在なのには理由がある。

《17歳のときに『緑の果て』、20歳のときに『青春牡丹燈篭』と、唐さんの脚本による2本のNHKドラマで主役をやらせていただきました。セリフにずっしりと重みがあって、詩的に美しくて…。頭で理解できなくても心がうずく、みたいな瞬間が17歳の私でも何度もありました》(『25ans』'11年12月号)

宮沢りえにとって“恩人”だという唐十郎

 唐の作品を初めて見たとき、《とてつもない衝撃を受け、胸を激しく揺さぶられ涙が出た》とも宮沢は語っている。

 今回の『泥人魚』は宮沢には大切な仕事だっただろう。しかし、演出を担当した金守珍氏によると、宮沢の起用は唐の願いでもあったそうだ。

《作品はいわばラブレター。ヒロインを輝かせたいという強い思いが、作品を生み出す原動力にもなっていました。その唐さんが『ぜひ当て書きしたい』と強く願い続けた女優が、宮沢りえだったのです。『泥人魚』は唐組で初演されましたが、実はりえさんをイメージして書いたと聞いています。つまり今回、ついに唐さんのラブレターが舞台として結実するわけです》(『泥人魚』公式HPより)

 相思相愛の仲だったわけだ。公演パンフレットのインタビューで、宮沢は『泥人魚』への意気込みを語っていた。

車イスでろれつが回らずも千秋楽へ

《唐さんの世界に登場する人たちに触れていると、心の温度があったかいままでいられます。ただ、辻褄という点ではぶっ飛ばされているので(笑)、個人で埋めてみたものを、みんなでミックスさせていくという作業が必要になる》

 原作者の期待に、宮沢は渾身の演技で応えた。

「『泥人魚』には、磯村勇斗などの若手から風間杜夫ら大ベテランまでが集結していましたが、宮沢りえの演技には群を抜いた“強度”がありました。アングラ演劇で重要なのは、俳優たちひとりひとりが役を生き生きと演じ、みんなで芝居を立ち上げるうえで生じる熱量。

 彼女の鋭い声を耳にすると、たちまちその姿や表情までが目の前に立ち現れてくるようでした。鬼気迫るものが彼女の演技にはあり、その熱が周囲の者たちを巻き込んでいった印象です」(折田氏、以下同)

 柔軟性にも驚いたという。

'03年以来、18年ぶりの再演となった宮沢りえが出演する舞台『泥人魚』(公式HPより)

「勘の鋭さや、演出家の意図を酌み取る力に長けていると感じます。彼女の演技キャリアの中でも、真骨頂的なものだったと思います。彼女が舞台上に登場すると、釘づけになってしまうんです」

 唐はこのところ体調を崩し、現場に姿を現すことは少なくなっている。都内の自宅の周辺でも、「ここ3年ぐらい見ていません」と証言があり、あまり外出していないようだが、『泥人魚』の稽古には訪れていた。

「これまで何本も唐作品のヒロインを務めてきた宮沢さんは唐さんに駆け寄り、“唐さん、お久しぶりです、お元気そうで!”と挨拶していました。唐さんは稽古を食い入るように見ていて、宮沢さんの見せ場では涙を浮かべていたそうです。本来は一幕の通し稽古だけを見る予定だったのですが、本人の希望もあって、二幕の稽古も見ていました」(舞台関係者)

 いても立ってもいられなくなったようだ。唐は12月29日の千秋楽にも駆けつけた。

「車イスに乗り、ろれつも回っていませんでしたが、どうしても宮沢さんに感謝を伝えたかったそうです。宮沢さんは、そんな唐さんを見て感動して震えたと語っていました。唐さんはカーテンコールにも登壇し、会場の全員で三本締めと無声で万歳三唱をしました」(劇場スタッフ)

 宮沢にとっても、意義の深い舞台だった。“原点”の演劇を大切にしているからこそ、宮沢はドラマや映画で素晴らしい演技を見せることができるのだ。


折田侑駿 文筆家。1990年生まれ。映画、演劇、文学、服飾、大衆酒場など、各種メディアにてカルチャー系の記事を執筆