映画タイトル「原題と違いすぎる邦題」の数々

 

 ここ何年かの映画ポスターを見ていると、あることに気づく。タイトルロゴが手書きで、しかも白い文字で書かれたものが妙に多いのだ。これには何か理由があるのだろうか? 映画ライターのよしひろまさみちさんに話を伺った。

「映画のロゴに限らず、この10年くらいはコミックスや広告でも手書きが流行っている印象です。活字と比べると、より親しみと温かみを感じますからね」(よしひろさん)

 そういえば、あの名作『アメリ』(2001年公開)のロゴも手書きだった。同作を買いつけ、配給プロデューサーを務めた叶井俊太郎さんにも話を伺った。

「『アメリ』に関しては、ロゴを何パターンも出してもらっていたんですけど、その場でデザイナーさんがシャシャッと書いたものを見せられたら映画の雰囲気にいちばん合っていたので、それを採用しました。特におしゃれ感とかを狙っていたわけではないですよ。

 予算が潤沢でない場合、例えば、著名な書道家にロゴを書いてもらうと、こちらの思惑とは違う手書きの雰囲気が出ても書き直しをお願いできず、それをそのまま使わなきゃいけないリスクも考えられるので、なるべく著名な人には書いてもらわないようにしているとは思います」(叶井さん)

手書きロゴの映画タイトルに白文字が多い理由

 そんな手書きロゴに白文字が多いのは、何か理由があるのだろうか?

「最近の映画のメインスチールには、ポートレートやスナップのような暗めの写真が多いもの。20~30年前に多かった、お金がかかっていてド派手な映画ではなく、日常生活の延長のような内容の作品が増えています。そんな写真の上で映えるとしたら、白抜きのロゴになるという話だと思いますよ。

 ポスターといえば、邦画では俳優の所属事務所からOKが出たスチール写真しか使用できません。キメ顔が撮れたここ一番の写真にしか許可は下りないんです」(よしひろさん)

 確かに、美人女優やイケメン俳優の微妙な表情の写真が選ばれる印象はあまりないような……。

「『の』の法則」を検証すると…

ジブリファンの聖地である、「三鷹の森ジブリ美術館」。各作品の世界観を堪能できる

 かねて、ジブリ作品には「『の』の法則」が存在すると言われていた。『風の谷のナウシカ』『となりのトトロ』など、タイトルに「の」の字が入っているとヒットしやすいという法則だ。

いや、それはこじつけでしかないと思います(笑)。子どもたちにわかりやすいタイトルにするには一語で収めるのが難しく、『○○の○○』『○○と○○』のように接続詞が入ってくるというだけではないでしょうか。

 あと、作品タイトルをひと言にするのって、今はもう限界なんです。DVDや配信で映画を見るとき、同じタイトルの作品がほかにあると検索しにくくなるという問題が出てくる。だから、タイトルがツーワード、スリーワードになるのは必然なんです」(よしひろさん)

 近年の映画タイトルのヒットといえば、『アナと雪の女王』が思い浮かぶ。何しろ、同作の原題は『Frozen』だ。このままだと伝わらない。まさに、わかりやすさを意識したからこその傑作タイトルだろう。

「ディズニー本社と相談して決めていると思うんですけど、ディズニーの邦題は見ただけで内容がわかるものが多く、タイトル自体がキャッチコピーみたいな感じですよね。

 でも、僕は意味がわからないタイトルのほうが好きなんです。例えば、シルベスター・スタローン主演の『ランボー』は原題が『First Blood』ですけど、邦題が認められて2作目以降は海外でもタイトルが『ランボー』になりましたからね。ただ、『ランボー』って人名だからパッと見はよくわからないし、いきなり『ジョーズ』って言われても意味不明ですよね。そういう読んだり聞いたりしても『あれみたいな映画でしょ?』と過去作を連想しない作品に惹かれます」(叶井さん)

 スタローンがブレイクを果たした映画『ロッキー』も、タイトルは人名だった。スタローン主演だから、『ランボー』は人名が邦題になったのだろうか?

ワイルド・スピードを超える邦題はない

 一方、よしひろさんが絶賛する邦題はこれだ。

「私の中で『ワイルド・スピード』を超える邦題はないです。このタイトルを聞いた瞬間、アクション映画しか思い浮かばないし、“車”“筋肉”“バディ”ってすぐにわかるじゃないですか? それが、この映画を主に支える“ワイルド”なものを好む層の人たちに刺さったのだと思います」(よしひろさん)

 同作の原題は、『The Fast and the Furious』だ。間違いないファン層へ向け、作品内容を正しく翻訳した好例といえるだろう。

『君の名前で僕を呼んで』は名作

 おふたりからは、「これはどうなの?」というワーストタイトルも挙げていただいた。

「最近だと、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』にはびっくりしました。タイトルを聞いた瞬間、宣伝担当の人に『こんな長いタイトルにしてどうすんの!』って言っちゃいましたもん(笑)。原題は『Little Women』で、男尊女卑の時代に個性的な4姉妹の女性たちが頑張るというトリプルミーニングがかかっていたんです。

 なぜ、こんな“ダメ邦題”が生まれるのかというと、パターンは2つあります。1つ目は、ヒットを起こそうと映画ファン以外の人に訴求するタイトルを考える“わかりやすさ至上主義”に走るから。もう1つは、映画自体の出来がよくないので、過去のヒット作に似たタイトルをつけるというパターンです」(よしひろさん)

 ヒット作に似たタイトルといえば、2017年公開作『君の名前で僕を呼んで』について、2016年公開『君の名は。』に寄せた邦題なのでは? という指摘も……。

「いえ、あれは原題の『Call Me By Your Name』を日本語にしただけで、ただの直訳なんです。日本の配給会社が本国の監督、プロデューサーとやりとりしながら邦題を決めるのですが、この映画に関してはそのまま日本語にしたほうが伝わるという判断だったのだと思います。あれは、わかりやすくてよかった。“名作邦題”ですよ」(よしひろさん)
『君の名前で~』のように原題を直訳した邦題があれば、原題をそのままカタカナにした邦題も少なくない。例えば、ジェームズ・キャメロン監督の作品は『ターミネーター』『エイリアン』『タイタニック』など、ほぼすべての映画が原題そのままだ。「むしろ、あの時代はカタカナ原題ママのタイトルが「カッコいい」とされたんだと思います」(よしひろさん)

 配給会社の判断も、時代によって変わるのだろう。

話題作『大怪獣〜』のタイトルは……

酷評がSNSにあふれ、それが動員数へつながった『大怪獣のあとしまつ』

 最後に、叶井さんが挙げるワーストタイトルは今話題のアレだった。

最近で言うと、『大怪獣のあとしまつ』ですね。タイトルに『大怪獣』とついていたことで大量の特撮ファンが劇場に詰めかけたのですが、いざ見てみると全然そんな映画じゃないから衝撃を受けました。あの内容でこのタイトルをつけちゃダメですよ(笑)。

 自分は友人たちから酷評を聞き、『そこまで言うなら』と思って見に行ったんです。決して炎上商法を狙ったわけではないと思いますけど、もしそうだとしたらこの映画の宣伝担当は天才です。

 内容はコメディーと下ネタのオンパレードでした。でも、予告編は純粋な特撮映画として作られていた。コメディー映画は日本では流行らないイメージがあるし、その方向では売りたくないという事情もあったのかもしれません。これこそ、タイトルが生んだ悲劇ですね(笑)」(叶井さん)

 鑑賞欲を喚起したのだから、プロモーションとしては決して悲劇とは言い切れないか?ある意味、奇跡のタイトルである。

よしひろ・まさみち 1972年生まれ。映画ライター、フリー編集。日本映画ペンクラブ会員、日本アカデミー賞会員。連載多数。『スッキリ』(日本テレビ系)で月1回レギュラーの映画紹介のほか、テレビ、ラジオ等でも映画の紹介を手がける
叶井俊太郎 1967年、東京都生まれ。映画プロデューサー、コラムニスト。配給会社社員時代にホラー作品を手がける中、買いつけた『アメリ』(2001年公開)が興行収入16億円の大ヒット。妻は漫画家の倉田真由美

<取材・文/寺西ジャジューカ>