杉並区荻窪事務所(筆写撮影)

【実録】生活保護申請者の「扶養照会拒否の申出書」を受け取らず、照会を強行した杉並福祉事務所の冷酷 生活困窮者の支援活動を行う『つくろい東京ファンド』の小林美穂子氏による同記事は、SNSで瞬く間に拡散され、多くの人の目にとまった。生活保護の申請をする際、親族に知られたくないと扶養照会を拒否する申出書を提出しようとするも、杉並区荻窪福祉事務所に受け取りを拒否され、照会を強行されてしまった男性がいる。謝罪はおろか杉並区の冷酷な対応はさらに続き、区議会で発せられた福祉部長の耳を疑う発言、開き直る杉並区の“その後”を追った小林氏による第2弾。

 生活困窮者が生活保護の申請をする際に“大きな壁”となっていた扶養照会の運用が、昨年3月30日付の厚生労働省通知により大きく緩和され、現場で働くケースワーカーたちが実務の際に参考にする生活保護手帳別冊問答集にも改訂内容が記載された。

 高木さん(仮名・50代)は、その改訂がされてから3か月後の7月に杉並区荻窪事務所にて生活保護申請をした。その際に、家族へ援助の可否を問う扶養照会をしないでほしいこと、また、親族に援助ができる見込みがないことを再三説明している。口頭の説明だけでなく、弁護士や研究者、支援者たちで作成した「申出書」を提出するも、杉並区はその受け取りを断固拒否し、高木さんの訴えに耳を貸すこともなく、11月には親族のもとに扶養照会通知が発送された。

 このことについては、2月に上記記載のとおり記事に詳しく書いた。

 高木さんが申請時に持参した「申出書」は、厚生労働省が「扶養照会をしなくていい例」として挙げた申請者の事情や、親族の経済状況をそのまま表に落とし込んだものだ。これまで、生活保護の申請時に「申出書」を提出されて、内容を確認した上でなお扶養照会を強行する福祉事務所は、筆者が知る限りでは、ない。いわんや、申請者の切実な意思を書面にしたものを受け取り拒否する自治体があるなんて、さすがに想定外だったので、高木さんからの報告を受けたときは心底驚いた。

 2月の記事を読んでいただければわかるが、そのやり方はまるでイジメのようで、自分の身に起きたことでないとはいえ、胸が痛んだ。

要望書提出時に見えた組織の歪み

 杉並区荻窪事務所の対応は、厚生労働省や東京都の通知内容に逆行するものであり、コロナ禍で生活困窮する人々が増える今、その弊害はあまりに大きく看過することはできない。

 そこで、杉並区の超党派の区議たちと、生活保護問題対策全国会議、つくろい東京ファンドは、高木さんとともに杉並区に申し入れを行うことにした。しっかりと話し合いをした上で、高木さんには謝罪をしてほしかったし、高木さんの希望である再発防止を約束してほしかった。ところが、杉並区側はコロナ禍を理由に「申し入れと話し合いは当面不可能」とのお答えだった。。

 話し合いを拒否するという反応も、なかなか前例を見ないことであり、私たちは仰天した。まさに「ルールを決めるのはこっちだ」という王様仕草。区民や支援団体に対して、「テロリストの交渉には応じない」という考え方をしているのだとしたら、私たちはとても傷つく。

 しかし、謝罪どころか話し合いすら拒絶されたら仕方がない。私たちは高木さんと一緒に要望書を提出するということになった。

 2月4日、高木さんと私たちが杉並区荻窪事務所に赴くと、受け取る側の杉並区荻窪事務所の人間がカウンターの向こうから出てこない。カウンター越しに要望書を渡す羽目になったが、渡す場面というものは写真に撮って「提出しました」とブログや新聞記事などに使う部分なので、私がスマホを構えると「所内での撮影禁止」と止められた。ならば、撮影可能な場所まで出てきてほしいと要望し、職員が渋々カウンターから出てきたのだが、聞けば相談係の係長だというではないか。

 申し入れや要望書というものは、その組織に対して行うものなので、そういう場面では、ふつう組織の管理職が出てくるものである。それなのに、所長でもなく、部長でも、課長ですらなく、管理職ですらない相談係の係長が押し出されてきたことに衝撃を受けた。

 これまでのように「言った、言わない」になるのが目に見えているため、高木さんや支援者たちの質問や要望、回答する係長の音声を撮るためにスマホを近づけた。

 顔に汗を流しながら、蚊の鳴くような声で答える係長が不憫だった。現場の人間がスケープゴートにされていると感じた。区民だけでなく、職員をも守らない組織なのだなと。

 高木さんと私たちが杉並区荻窪事務所に要望書を提出した2月4日の夜、東京都が通知を各自治体に向けて発出した。「申出書」を意識させる文面である。

本件を区議会で質された保健福祉部長の回答

≪東京都事務連絡PDF≫(※編集部注:一部加工しています)

 2月16日、ひわき岳議員(立憲)が一般質問で、

「生活保護を申請した区民が親族に扶養照会をしないよう求める申出書を出したのに、区職員が受け取りを拒否したのはなぜか」

 と、一連の対応の問題点を挙げ、話し合いと謝罪を求めた。それに対し、保健福祉部長はこう答えた。

「抗議、要請書への対応についてですが、今回の事案において福祉事務所は誤った対応は行っておらず、本人から謝罪も求められておりませんので、特段の対応は考えておりません」

 2月4日に要望書を提出をし、謝罪を要求した際に、高木さん本人はその場にいたのにも関わらずのこの答弁は正直意味がわからない。

 要望書&謝罪要求の場に高木さん本人がいたことすら無視されているわけだが、その存在のみならず、高木さんの悲痛な訴えがほぼすべて否定されていることに愕然とする。 

 そして、筆者が高木さんから取材をして書いた記事(【実録】生活保護申請者の「扶養照会拒否の申出書」を受け取らず、照会を強行した杉並福祉事務所の冷酷)についても、「事実誤認、事実無根の箇所も多数あり、そのせいで福祉事務所を貶めるような匿名の誹謗中傷が一時集中し、電話での抗議もあった。福祉事務所は謂れのない非難に晒された」と、被害者意識丸出しである。これが公務員の姿かと驚きの連続だ。本当に謂れがないと思っておられるのなら、私たちを訴えてくれればいいと思うのだが。

 質問に対する喜多川保健福祉部長の回答を、是非動画で見てほしい。区民、市民一人ひとりの目で確認してほしい。何を感じるだろう。

【動画】杉並区議会録画配信 (本件に関するひわき区議の質問の動画13:45あたりから)

 保健福祉部長は本当に知らないのだろうか? それとも虚偽の報告をされているのだろうか? 組織ぐるみで立場の弱い人間を悪者にして隠蔽を図っているのだろうか? これは、杉並区の方針なのだろうか?

 ひわき区議が質問の中で述べた「(本件は)結局、扶養にはつながっていない。昨年の定例会で扶養照会について質問した際『扶養照会しても扶養につながる例はほとんどない』と区が答弁したのと同じ結果です。踏みにじられた申請者の尊厳と、病を抱え、高齢な家族が負った心理的な負担と引き換えに得たものは何だったのでしょうか?」という質問が重い。

ホームページに見られる杉並区の扶養照会への誤解

 議会答弁で保健福祉部長は、荻窪事務所の対応はあくまで厚労省の指導に則った適切な対応であり、自分たちは個々の要保護者の気持ちに寄り添っていると述べている。

 本当にそうだろうか?

 次は杉並区のホームページの「生活援助」の中の「よくある質問」のページである。(2022年3月6日現在)

Q 保護を受けるための要件はありますか。
 
 保護を受ける前提として、以下のような努力をしていただきます。
1.働ける人は能力に応じて働いてください。
2.貯金や生命保険など活用できるものは生活費に活用してください。
3.親・きょうだい・子どもなど扶養義務者からできる限りの援助を受けるようにしてください。
4.年金や手当など他の法律や制度で受けられるものは全て受けてください。

 国は、扶養照会の位置づけを「保護に優先されるもの」としており、「要件」とも「前提」とも定めていない。どうしてもしなくてはならないものではないのだ。でも、杉並区のホームページにはしっかり書いてある。法律違反である。

 2月4日の要望書提出時には支援団体が、そして、16日の区議会一般質問ではひわき区議がホームページの記載を指摘しているが、保健福祉部長は「ともすると、保護の要件であると誤解を与える可能性もあるため、今後わかりやすい表現となるよう工夫してまいります」と回答しながら、3月7日現在、未だに修正はされていない。

一区民、尊厳を賭けた区長への手紙

 謝罪もしない、話し合いもしない、間違えていないから改善もしない、当事者の言い分は全部ウソである、その指摘には当たらない。こんな杉並区の対応では埒が明かない。

 おかしいことに「おかしい」と声を上げる区民や、支援団体を敵とみなしているかのような公務員の態度は問題だ。話し合いの場すら設けるつもりがない福祉事務所相手に万策尽きた高木さんは、ついに区長宛に手紙を書いた。

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杉並区長への手紙

 本年2月16日に喜多川保健福祉部長が区議会において答弁した内容を知り、たいへん驚きました。

 昨年7月、私は、厚労省の通知に基づいて作成された意思表示の行使として「扶養照会に関する申出書」の公的な書面(※)を提出しようとしましたが、申請時に相談担当職員とケースワーカーから強圧的に拒まれたことは事実です。また、その後も、拒否の意志表示を口頭で何度もお伝えしましたが、扶養照会を強行されたことも事実です。

 また、当該である私自身は、支援団体や各議員、新聞社にこの事実を伝え、相談しました。杉並区の制度の運用は、厚労省や東京都の示している基準に合わせて改善されるべきだと考えているからです。

 違法でなければなにをやってもよいわけがありません。

 同部長は「事実関係」という文言を多用して、あたかも生活保護申請者・受給者である私本人が、意思表示を自主的に取り下げていると言い、当該の私本人とは別に、支援団体やネットニュース、新聞社と国会議員が「事実誤認、それから事実無根」な「福祉事務所や区政の批判」「福祉事務所を貶める」「いわれのない非難」を拡散させていると言います。しかし、新聞やネットにおける記事や、各議員の質問と発言は、まぎれもなく事実です。杉並区が「事実関係」という言葉で話し合いを拒否し、虚偽の答弁で区民を欺くのではなく、事実に基づいて問題を解決するとともに、事実誤認について区議会で謝罪することを求めます。

 私自身も記録の情報公開請求を3月3日に申請しましたので、速やかに記録を開示していただきますよう要望します。

 福祉事務所の現場の職員やケースワーカーの皆さんはとても誠実に献身的に仕事をされており、私は信頼し感謝しております。「円満に円滑に」関係を築くよう努力します。それと扶養照会の不適切な運用の改善を求めることは矛盾しないと思います。

 喜多川部長は現場のせいにしてはいけません。組織ぐるみで困窮者の人権を軽視する方針を上から現場に押しつけているのは部長ではないでしょうか。それとも、区長ですか。話し合いをできないということは、杉並区が国や都からの通達にも反する運営をやっている自覚があるからなのだろうと思いますが、いかがですか。現場の職員やケースワーカーの錯誤やミスではないと確信しています。

 私を嘘つきと呼ぶのなら、五分の魂をかけて、全力でたたかいます。

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 高木さんの勇気、その声に、福祉事務所は無視を決め込んだ。この手紙を読んだ杉並区長はどうお考えになるだろうか。区長選が迫っている。杉並区が何を大切にしているかが問われている。

※手紙の中の「公的な書面」は厳密には誤りです。書類事態は公的ではありませんが、厚労省の通知に基づいて作成された書面であり、「公的」に提出された申請者の意思そのものであります。


小林美穂子(こばやしみほこ)1968年生まれ、『一般社団法人つくろい東京ファンド』のボランティア・スタッフ。路上での生活から支援を受けてアパート暮らしになった人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネイター。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで働き、通訳職、上海での学生生活を経てから生活困窮者支援の活動を始めた。『コロナ禍の東京を駆ける』(岩波書店/共著)を出版。