鶏そぼろの親子丼(写真:『ぼくのおいしいは3でつくる 新しい献立の手引き』より)

 NHK「みんなのきょうの料理」「おはよう日本」「趣味どき!」などに出演し作家としても活躍する料理家・樋口直哉さんが、「ふつうの材料で、最高においしい家ごはん」として料理の新常識を提案します。書籍『ぼくのおいしいは3でつくる 新しい献立の手引き』から一部抜粋、今回は親子丼の作り方を紹介します。

究極的に食べやすい親子丼の条件

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 建築家には料理好きな人が多いそうです。料理の工程を「材料を切り揃え、調理し、組み立てる」とすれば、建築は「材料を加工し、特に熱やアルカリなどで反応させながら、組み立てる」と定義できるので、似ている部分があるからかもしれません。

 ある講演で料理と建築の共通点について、建築家の隈研吾さんがこんなふうに語っています。

「環境を構成する粒が揃っていて、同じ大きさであるということが、なぜ生物にとって気持ちよいのか、ということについて、中華料理のことを考えるとよく分かります。中華料理には美味しさの大原則があります。それは、具材をすべて同じ大きさに切ることなのだそうです。(中略)実は日本の丼物の原則も同じです。日本の丼物は、日本料理の中で唯一具材の大きさを揃えます。カツ丼でも何でも、具材をどのぐらいの大きさに切るかということが大切であり、それは、丼物はかき込んで食べるからなのです」
(隈研吾「キノコと建築」2010東西アスファルト事業協同組合講演会)

 親子丼について考えるとき、ぼくはいつもこの話を思い出します。ご飯の粒子に対して、鶏肉はどんな形状であるべきか。例えばぶつ切りにした鶏肉を丼に仕立てても、心地よくないでしょう。究極的に食べやすい親子丼とは? そう考えると鶏は「そぼろ」に行きつきました。

 鶏そぼろは米の粒子やテクスチャーに寄り添う形状をしています。ポロポロのそぼろに出汁を含ませた卵で一体感をもたせ、ご飯と一緒に食べれば「止まらない」状態になるはず。

 親子丼に限らず、食材の大きさは料理の仕上がりに大きく影響します。例えばレシピに「ひと口大に切る」とあれば1寸=3cmに切るのがセオリーで、このサイズは口の大きさから導き出されます。ひと口で頬張ってほしいお刺身は、最大辺をこの長さに収める必要があるわけです。

 それよりも食材を大きく切ると、噛むという作業が生まれます。例えばアスパラガスなどは前歯で噛んだ食感がおいしいので、5cmくらいに切るのがいいでしょう。咀嚼感もまたおいしさの要素ですが、食材をどの大きさに切るかでコントロールできます。

 そう考えると料理と建築はどちらも人間の身体性が関係しています。「どんなふうに料理するのか」という問いは「人間にとっての心地よさ」を考えるのと同義なのです。

鶏そぼろの親子丼を作るコツ

 鶏そぼろを使った親子丼は、通常の鶏肉を使ったものよりもご飯との一体感が強いのが特徴。親子丼に限らず、卵とじ系の料理のコツはただひとつ。卵を溶きすぎないことです。溶きすぎないことで固まった白身に濃厚な黄身が絡むふんわりとした食感が出せます。白身と黄身が完全に混ざる前に手を止めましょう。

 親子丼はゆるく固まった卵で具材と煮汁のあいだに一体感をもたせた料理です。写真を見れば白身は白身、黄身は黄身で固まっているのがわかると思います。やや分離した状態に仕上げるのがゆるく固めるコツで、全体を均一にしないことで食べ飽きません。

材料(2人分)
鶏そぼろ…100g
水…100ml
卵…4個
ご飯…茶碗2杯分

※鶏そぼろ(つくりやすい分量)
鶏ひき肉…300g
醤油…大さじ4
砂糖…大さじ4
酒…大さじ4

 

鶏そぼろをふっくらと仕上げる

 まず、鶏そぼろをつくります。鍋にすべての材料を入れて、菜箸で肉をほぐし、中火にかけてかき混ぜながら加熱していきます。わり箸を4~5本使って混ぜると塊がほぐれやすいですが、慣れないうちは無理しないでも大丈夫。火が通ってからでもほぐれます。

 沸騰してきたら火を弱火に落とし、時々かき混ぜながら水分を飛ばしていきます。10分を目安に、丁寧に炒りつけると細かいそぼろができます。かき混ぜたとき、鍋底が一瞬見えるくらいまで汁が煮詰まったら出来上がりです。冷ましてから、保存容器に移しましょう。[写真の1~3]

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卵をざっくりと混ぜるのがコツ

 2人分の鶏そぼろと水を中火にかけます。そのあいだにボウルに卵を割り入れ、箸で溶きます。白身と黄身が完全に混ざる前に手を止めるのがコツです。鍋の水分が沸騰したのを確認したら、卵を静かに流し込んでいきます。このとき、卵を少しだけ残しておきます。一度だけざっくりと箸で混ぜたら、蓋はせず弱火に落とし、ゆっくりと火を通します。[写真の4・5]

ふわふわの半熟状態に

 中心部分がややゆるくても白身が固まっていれば出来上がり。残りの卵を加えて半熟状態にします。丼に盛ったご飯の上におたまを使って、卵とじをそっと盛り付けます。[写真の6・7]


樋口 直哉(ひぐち・なおや)Naoya Higuchi
作家・料理家
1981年東京都生まれ。服部栄養専門学校卒業。2005年『さよなら アメリカ』で第48回群像新人文学賞を受賞しデビュー。著書に小説『スープの国のお姫様』(小学館)、ノンフィクション『おいしいものには理由がある』(角川書店)、『新しい料理の教科書』(マガジンハウス)、『最高のおにぎりの作り方』(KADOKAWA)などがある。