会社上層部を担う人物の耳を疑うような発言に強烈な批判が浴びせられている吉野家

 吉野家がまた炎上騒動を起こした。

 吉野家は4月18日、常務取締役企画本部長が4月16日に早稲田大学で行われた社会人向けマーケティング講座に講師として登壇した際に、不適切な発言があったとして謝罪した。

 いわく「生娘をシャブ漬け戦略」。地方から都市部に出てきた若い女性が、男性から高い食事を奢ってもらうようなる前に牛丼中毒にし、そこでリピート客になってもらうという趣旨の発言だったようだ。

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 正確な発言内容については録音されているわけではないので、大意として紹介したい。ただ、その大意については間違っていなかったようだ。

 この発言については、大意を吉野家、早稲田大学ともに認めている。同社は、発言内容が「講座受講者と主催者の皆様、吉野家をご愛用いただいているお客様に対して多大なるご迷惑とご不快な思いをさせた」「言葉・表現の選択は極めて不適切」「社内規定に則って当人への処分を含め厳正に対応を進めてまいります」とした。

 そのプレスリリースのあとで同社は内部でのコンプライアンス教育を紹介しているが、皮肉なことに、そのコンプライアンス教育が功を奏していないと喧伝するにいたった。最近の吉野家は3月下旬にも、吉野家公式アプリ『魁!!吉野家塾』オリジナル名入り丼のキャンペーンに関連して、顧客対応で大きな批判を浴びていたばかりだ。(参考記事「男塾コラボ炎上「吉野家」の筋がまるで通らない訳」3月26日配信)

世間が考える発言の問題点

 なお同氏が生娘をそのままの意味(=「処女。うぶな娘。まだ子供めいた純真な娘」goo国語辞書)で使っているか、牛丼を比喩であってもシャブ=覚醒剤と考え、表現したのかはわからない。ご自身に娘様はいらっしゃるのだろうか。おそらくは「まあまあ、モノの例えとして使った」という認識なのだろう。

 ぱっと考えただけでも次の論点が浮かぶ。

■大学での講座という空間であったとしても、あまりに無防備な発言ではないか■SNS等で拡散されてもかまわないという覚悟がなかったのではないか
■地方にも吉野家はあるはずで都市との比較は不適切ではないか
■女性蔑視は当然の問題として、男性が女性に食事を奢る、という構図自体が考えの古さを表していないか
■言葉・表現の選択の問題ではなく、消費者が無知ゆえに企業は儲かる、という思想自体が倒錯していないか

 そして実際に上記の観点からの批判が巻き起こっている。とくに吉野家はサステナビリティの考え方として<ダイバーシティ&インクルージョンを実現し多様な「ひと」が活躍できる職場づくり>を掲げている。先の発言は、この宣言からも乖離しているのは明らかだろう。

 とくに取締役は株主から(形上であっても)選ばれた会社の経営陣にほかならない。同社のプレスリリースには「人権・ジェンダー問題の観点からも到底許容できるものではありません」とあるものの、会社の上層部がこのような人権感覚なのだ、という印象は拭えないだろう。

シャブ漬け発言の何が問題か

 なお私の経験でも、マーケティングの講義では「(自社サービスの)蟻地獄に落ちてもらう」といった発言は聞いたことがあるし「若い頃から餌付けをして、ファンになってもらう」といった表現も聞いたことがある。

 ところで先の、吉野家の常務取締役の発言について、私が問題と思う点を述べる。

1.高い食事を知ると、牛丼を食べなくなる

 →これは逆に言えば、価格以外の優位性がないと自ら表明していることになる。これはマーケティングの講義として逆効果ではないだろうか。価格以外の強みがないものを、マーケティングだけで訴求するとしてしまっている。個人的には吉野家を相当に愛好しており、味をもっとPRしたほうがいいのではないか。

 また、私は吉野家を愛好しているといったが、事実としてさほど若い女性のリピーターを見ることはない。もちろんそれは私が店舗に行く時間帯によるかもしれないが、そもそも若い女性を夢中にさせてリピート客にするのは成功しているのだろうか。もともと若い女性が来店する頻度も少ないように思うが。実際に吉野家はリクルーティングサイトで女性は極めて少なく、25%程度と語っている。

この手の発言が社内で容認されていた?

2.講義内容について確認体制の欠如

→そこらの中小企業ではない。大企業の取締役が、さらに意識の高い早稲田大学の社会人講義で話す際にレビューの仕組みはなかったのだろうか。講義スライドには問題発言は盛り込まれていなかったとしても、通常ならば説明内容がどれだけ炎上するかは周囲の社員や秘書の方々だったら理解できたはずだ。

 もしかすると、この手の発言が社内で容認されていたのではないかと想像させる。こうした想像をさせるのが企業にとっては問題だ。そうと想像できるのであれば、該当企業のコンプライアンスは不全であると誰もが感じるからである。

 またあまり責めたくはないものの、可能であれば早稲田大学側も即止めるか、数日を待たずにすぐにコメントを出すくらいの早さがあったほうが良いのではなかったか。

 さらにこれは酷な言い方ではあるものの、受講生たちも、問題発言があったその場で本人に抗議してほしかったと私は思う。ただしこれは雰囲気や空気、講師と受講生との関係性もあるから受講生を責めたいわけではない。ただ、「ヤバいことを言ってしまう」人たちに対して、リアルで気づかせる場面があってもいいと思うのだ。

 なお私も安全圏からの発言ではない。先日、私はテレビでとある料理グッズの紹介の際に「これなら男性も料理がやりやすくなりますね」と発言した。そのとき、共演者の方から「男性がやりやすくなるかもしれないけれど、女性はやりにくくてもやっているんだよね」と言われてハッとした。私の未熟さゆえだった。

 ところで、このところ企業の不祥事を繰り返さないために「3つのディフェンスライン」なる単語がよく使われる。これは文字通り、3つの防波堤を用いて企業人の不祥事を防ぐものだ。

 たとえば、製造業の品質管理部門で不正試験がまかり通らないようにする。まず当事者である品質管理部門内で不正試験ができないようにする。これが1つ目のディフェンスラインだ。たとえば手入力で嘘の数値をインプットできないような工夫が必要だ。

 そして、品質管理部門が虚偽の数字を提出しないように、たとえば設計開発部門が数値をチェックする。これが2つ目のディフェンスラインになる。

 ただ、それでも品質管理部門と設計開発部門が蜜月で、現場の論理を優先して不正試験を許容してしまうことがある。そこで取締役会が直轄する監査部門が、その品質管理部門の数値を確認する。抜き打ちや年間監査などで実態を明らかにする。これが3つ目のディフェンスラインになる。

 企業のガバナンスは、以上のディフェンスラインを駆使して現場の暴走や不正を犯さないように牽制している。

経営陣の不祥事はディフェンスラインを突破

 ただ、ここで1つ問題がある。経営陣が意図的に起こした不祥事は、この3つのディフェンスラインがあろうが防ぎようがない。あくまでディフェンスラインは相互監査で不具合を起こさないようにしましょうね。という仕組みであって、経営上層部が意図的に先導したものはディフェンスできない。

 そのぶん企業の取締役などの上層部には相当厳しい責任が問われる。株主が取締役を選び、取締役が代表取締役を選ぶ。企業を方向づける側が間違っていたら、一般社員も間違ってしまう可能性がある。

 話を吉野家に戻す。冒頭の発言は一般社員ではなく、主導する取締役の立場からなされた。その意味は大きい。企業のガバナンス強化が叫ばれる中、非上場企業ならまだしも吉野家ホールディングスになんらか属している人物の発言である事実は、その反響からも衝撃が伝わる。たとえばアメリカ企業のフードサービス事業者が「移民の貧民に、薬漬けにして中毒にさせるのが自社のビジネスモデルだ」といったとしたらその反応はどうだっただろうか。


坂口 孝則(さかぐち たかのり)Takanori Sakaguchi
調達・購買業務コンサルタント、講演家
大阪大学経済学部卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務に従事。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、研修講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。著作26冊。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。日本テレビ「スッキリ!!」等コメンテーター。