この4月から18歳、19歳も成人になり、親の承諾なしで契約できるようになった(※写真はイメージ)

 この4月、民法改正によって成人年齢が20歳から18歳に引き下げられた。今、その新成人になった18歳、19歳が狙われている。

 悪質な大人たちが目をつけているのが「契約」関連だ。エステや情報商材、セミナー……高額な商品やサービスもあり、さまざまな契約を結ばせようとあの手この手を使ってくる。特に懸念されているのが、望まぬアダルトビデオの出演契約が増えることだ。

 NPO法人「ぱっぷす」の担当者は危機感を強める。

「未成年者はアダルトビデオ出演契約をしてしまっても、未成年者取消権により、契約の取り消しができます。本人が申し出れば、出演契約の解除のみならず、映像の配信や販売の停止・回収をしなくてはならないんです」

「パーツモデルのアルバイト」と言われて

 これまで18歳、19歳が契約トラブルを免れていた背景には『未成年者取消権』があった。だが、成人とみなされればそれが適用されなくなる。そもそも『契約』や『未成年者取消権』とは? 弁護士の高橋麻理さんに聞いた。

「契約とは、『一定の法律効果を生じさせる約束』です。私たちの生活のありとあらゆる場所で“契約”が生じています。未成年者は親の同意が必要ですが、この春からは、18歳になれば成人となり、ひとりで契約ができるようになりました」

 もし、未成年者が親の同意なしに契約を結んでしまった場合はどうなるのか。

「『未成年者取消権』によって、『未成年である』ことを理由に契約を取り消すことができます。アダルトビデオの事業者やプロダクションとの契約も同様で、未成年者取消権では業者側が一体どんな強引な手口で契約させたのか、そのプロセスのどこに違法性があったのかなどを証明する必要はありません。『未成年者取消権』とは、悪質な業者から未成年を守るための、ものすごく強力な法律です

 しかし、4月から18歳、19歳の新成人はその対象外となってしまった。10代の出演被害が拡大するのでは、と支援団体らは懸念する。

「『未成年者取消権』は業者側にとっても未成年をキャスティングすることへの強い抑止力として機能していました」(前出のぱっぷす担当者)

 そこで実際の事例を基に手口と被害を紹介する。美幸さん(仮名・19)は求人サイトで見つけた「パーツモデル募集」のアルバイトに興味を持ち、問い合わせた。

「訪れてみるとそこはアダルトビデオのプロダクションでした」(美幸さん、以下同)

 プロダクションの担当者は執拗に契約をすすめてきて、ビデオ出演のつもりはない美幸さんが断ろうとすると「うちはモデルプロダクションもやっていて、契約してくれたら優先的に仕事を回す」と持ち掛けられた。それなら、と美幸さんは「タレント契約書」にサインしてしまったという。

 だが、契約書の中には『性行為』とは書かれていないが『AV含む』と書かれていた。抵抗感を示すと「マネージャーさんからはこれは芸能界の仕事のひとつ。したくなければ断っていいと言われました。でも、契約書の最後のほうに、仕事を受けたらキャンセルできないとも書いてあったことに後から気づきました」

作品が販売されてからが地獄

 事務所からは「仕事をキャンセルできない」「宣材写真の撮影やプロモーションでお金をかけてきた」などと再三言われ「撮影しなきゃいけないんだ」と思い込んでしまった。そして事前の説明もないままにAVメーカーの作品出演の面接に連れていかれた。

「性的な行為のリストを渡され“できない”と回答するとマネージャーに怒られました」

 何社も回り、やりたくない、怒られる、の繰り返し。疲弊して、「早くこの場から逃れたい」という一心で最後の最後でいくつか性的な行為を了承してしまった。

「撮影の仕事が決まりましたがやりたくなくて断ると“キャンセルはしない”という契約だったのと、“親に連絡するから”と追い込まれました」

 身分証をコピーされていたため美幸さんは悩んだ。

「相談してくる女性は誰ひとりとして“被害に遭った”とは言わず、出演契約をした自分を責めています。“自分が契約してしまったから……”“親には迷惑かけられない”と誰にも相談できず抱え込んでしまい、撮影現場に行くんです」(ぱっぷす担当者)

 撮影現場で美幸さんが「出たくない」と説明すると、「仕事を差別している」「1本、2本出たくらいじゃ有名にならない、自意識過剰」などとも言われ心が揺らぎ、流されるように出演した─。

周囲の大人たちに説得され、意に反する契約や発言を強要されるケースも(写真はイメージ)

「多くの相談者が言うのが、最初は抵抗しようとしてもある日を境に抵抗をあきらめてしまって言われるままに出演、と。撮影時は『無』でした、と語っています」(ぱっぷす担当者、以下同)

『グルーミング』と呼ばれる手口が根強いことも指摘する。

「プロダクションの人間に食事に連れていってもらったり、優しくしてもらうことで断れなくなっていく。親との関係を切り離すことに力を入れる業者もおり、本人に契約解除する意思を失わせ、未成年者取消権を使わせなくするケースもありました」

 撮影が終わり、販売が始まってからが『地獄』だという。

「“女優●●がやったこと”“自分ではない”と思い込み日常に戻ろうとする。ですが学校や地元でバレて、行き場を失い孤立してしまう。学校を中退したり、就職できなかったり。それなら、業界でいかに生きていくかを考えるしかない、と追い詰められてしまう。特に画像や動画が一度でも拡散されてしまうと名誉回復の有効な手段がない」

 さらに深刻なのはポルノ作品に出演契約した18〜21歳の少年だ。安い出演料もしくは『カメラテスト』と称して無料で出演させられるケース。女優との性行為がある作品に出演させ、その性行為を報酬の対価としてわずか数千円で出演させられるケースも。

「一部のメーカーはAV業界の団体にも入っておらず、契約書も整備されていない。その場合、販売から5年たったアダルトビデオの作品について、出演した俳優から要請があれば販売や配信の使用を停止にできる、5年ルールも適用されない」

映像を「なかったこと」にするのは大変

 未成年者にとっては作品の販売停止、回収をする手段は未成年者取消権しかなかったのだが……。

「今は高校生を含む18歳が、取り消しできないというリスクを知らずに契約できてしまう。しかし、現状では解決策がないんです……」

 18歳、19歳に未成年者取消権が適用されなくなった今、世に出たAVの販売停止や回収は可能なのか? 前出の高橋さんは次のように語る。

「民法その他の法律を用いて契約の取り消しをすることなどが考えられます。しかし、現実には救済が難しいケースも多くあります」

 強要され出演させられた18歳や19歳が契約を取り消したいと考えた場合、契約を結ぶ過程でどんな違法な脅迫や脅しなどがあったのかを立証しなくてはならない。

「脅されていたとしても、口頭でのやりとりでは証拠も残らないので、違法性を立証するのは大変難しい」(高橋さん、以下同)

写真はイメージです

 自分の見られたくない性的な画像が海外のサイトまで拡散されてしまうと、該当するサイトを特定して、削除するのは極めて困難になっていく。自分の性的な画像がインターネット上に半永久的に残り、『デジタルタトゥー』となってしまうこともある。

「悪質なスカウトに遭ったり、強引な手口でプロダクションと契約をしても、撮影をしていない段階なら引き返せる可能性があります。相談は早ければ早いほうがいいですし、トラブルを未然に防ぐための啓発も重要です。一度世に出た画像や動画を再び『なかったことにする』のは、どれだけ大変なのか、若い世代に伝えるのは、大人の責任でもあります」

 ぱっぷす担当者も訴える。

「問題なのはデジタルタトゥーになることをわかっていて契約を結ばせる業者です。彼女たちの『人生』に向き合っているのなら、新成人の未成年者取消権の存続を求めるべきだと思いませんか? なぜなら取り消すことができないとその後の生活に大きく影響があるからです。そこまで想像をせずに撮影する無責任さは社会的に批判していかないといけない」

 前述のとおり「契約」は、私たちの生活のありとあらゆる場面に関わってくる。

「契約をする、サインをする際、内容がわからなければ質問をしたり、説明を求めることは恥ずかしいことではありません」(高橋さん)

弁護士 高橋麻理さん 弁護士法人Authense法律事務所所属。元検察官。殺人事件、詐欺事件のほか性犯罪事件の主任検事も務める。退官後、弁護士に。刑事事件、離婚等家事事件などを担当。
特定非営利活動法人ぱっぷす 2009年設立。リベンジポルノや意に反したグラビアやヌード撮影によるデジタル性暴力、アダルト産業や性産業に関わる被害者からの相談や各種支援を行う。