狭山市役所。生活保護を利用するAさんへの対応に問題はなかったのだろうか(筆者撮影)

 生活保護を利用している埼玉県狭山市に在住するAさんは、コロナに感染するも無事に回復し、病院と保健所から「もう大丈夫」とお墨付きをもらったが、狭山市福祉事務所だけはそれを許さなかった。感染から1か月以上が経過した保護費の支給日に、Aさんのもとに入った1本の電話から始まった“差別”とも言える狭山市の対応。残された音声データをもとに、Aさん、埼玉県庁福祉部生活福祉課担当者、狭山市福祉課課長に取材をした、生活困窮者の支援活動を行う『つくろい東京ファンド』の小林美穂子氏によるレポート。

 Aさん(40代)は、去年の10月にそれまで働いていた仕事を解雇された。寮暮らしだったので、仕事と同時に家も失い、やがて所持金も尽きたことから、生活困窮者支援団体であるNPO法人サマリア(以下サマリア)のシェルターに身を寄せ、狭山市で生活保護を利用していた。

 退職に至るまでのハラスメントやトラブルにより、体調も悪く、眠れない日が続いていた。

 2022年2月4日の生活保護支給日。いつになく体調が悪く感じられたが、保護費を受け取るために狭山市福祉事務所に赴いた。

 担当ケースワーカーは、体調が悪そうなAさんを見て、保護費を支給するとすぐに建物の外に彼を連れ出し、保健所に連絡をしてサマリアを頼るよう指示をした。

 Aさんは指示どおり、その日のうちに保健所に連絡して医療機関を受診したところ、新型コロナウィルス陽性と診断された。

「スーパーとシェルターの行き来しかしておらず、人との接触もなかったので、一体どこで感染してしまったのかと驚いた」というAさんは、それから自宅療養に入る。

 2月19日、発症から2週間がたち空咳の後遺症が残るものの、病院からも「もう大丈夫」と快復を告げられ、同じ日に保健所からも「普通の生活に戻っていいですよ」と太鼓判を押された。

 ところが……。病院からも保健所からも「普通の生活に戻っていい」と許可が出たにも関わらず、許さない場所があった。狭山市福祉事務所である。

陰性証明を持って来なければ保護費は渡せません

 保健所と病院から「もう大丈夫」とお墨付きをもらってから更に16日が経過した3月4日は生活保護の支給日。その朝、狭山市福祉事務所の担当ケースワーカーから電話がかかってきた。

「Aさんはコロナに罹っているので、来所しないでください」

 びっくりしたAさんは、「窓口へ行ってはいけないなら支援者が代理で保護費を受け取ることはできますか?」と聞くと、「できません」。「では、振り込んでいただくことは?」「できません」。

 さらに「どうすればいいですか?」と聞くと、「PCR検査を受けて、陰性証明を持ってきてください」という答えだった。

 Aさんは慌てて医療機関に打診をするが、PCR検査を受けられてもその日のうちに陰性証明を出してくれる病院は見つからなかった。その日は金曜日。1か月分の生活費を受け取れないと、週明けになってしまう。

 後日、役所を訪れた際にAさんが言葉を詰まらせながら語る音声データが、そのときの心境を語っている。

「その日(支給日)に(生活保護費を)渡せないと言われることがおかしいと言ってるわけで。役所に来れないなら、振込とかの方法はないんですか? PCR検査を受けるのは私もやぶさかではないし、でも(受給日)当日にされた話なので。それで、当日のうちにどうしても……コロナでお金もなくて、電車代くらいしか持ってない。今週どうやって食べようというときに“渡せない”って言われて……。振込でもいいですか? お願いできますか? とお願いしたときに“できません”って……」

質問状を無視する狭山市の意味不明な無敵さ

 新型コロナウィルスが日本に上陸しはじめた初期のころ、感染者差別が社会問題になっていたことを思い出したAさんは、法務局の人権相談窓口や社会福祉協議会などに電話をして問い合わせた。当然3月19日に療養解除の許可を出してくれた保健所にも電話をした。

 多忙を極める保健所もAさんの置かれた状況を理解し、狭山市福祉事務所に二度電話をし、Aさんが既に治癒していることを告げたが、それでもAさんの来所は許されなかった。

 サマリアの理事である黒田和代氏は「そんなのおかしい!」と怒り心頭。Aさんを伴って福祉事務所へ行くと、なんと、それまでAさんが何を言っても来所を許されなかったのが、あっさりと通されたのだ。

 コロナ感染者差別としか考えられない福祉事務所の対応や、そこに至るまでの行き過ぎた就労指導など、Aさんが受け続けていた「嫌がらせ」としか思えない出来事について、サマリアは3月31日付で狭山市役所に書面の質問状を送っている。

NPO法人サマリアが狭山市役所に送った実際の質問状

 しかし、驚くことに市役所側は「質問に答える義務はない」「原則的にプライバシーにかかわることなのでAさんとしかやり取りはしない」と頑なな姿勢を崩さず、5月9日現在に至るまで支援団体に対して質問状の返事はしていない。

 後日、福祉事務所の担当ケースワーカーと、ケースワーカーの指導監督を行う査察指導員は、「プライバシーにかかわることなので、Aさんにのみ説明します。サマリアさんにはAさんから伝えてください」と、書面の送り主であるNPO法人にではなく、Aさんに対して回答をした。その記録は双方により録音された。

狭山福祉事務所のお粗末すぎる言い訳

 質問状には、新型コロナから快復したAさんが、医療機関や保健所から「もう普通に生活していい」と言われて16日も経過していたにも関わらず、陰性証明がなければ、福祉事務所の来所も保護費の受け渡しもできないと拒否された根拠や、窓口支給ができないならば、振り込みなどの他の方法があるのか、その手続きについて質している。

 録音データに残されている福祉事務所側の説明を要約すると、以下の通り。

「一般市民から咳等のコロナ感染症が疑われる人たちが来ているとクレームが来ている」

「支給日で忙しかった」

「コロナ禍での支給方法がまだ確立されていない」

 コロナ禍2年が経過している今、こんなことが言える狭山市役所の度胸は、ある意味あっぱれである。

 しかしこれが「差別」なのだという認識がすがすがしいほどに欠けている。どの角度から見ても、れっきとした、言い訳も、ごまかしも到底不可能な「差別」だ。これを差別と言わなかったら、何を差別というのだろう。福祉事務所とAさんの双方が残した録音記録が証拠だ。

 福祉事務所の担当ケースワーカーは、こうも述べている。

「風邪症状、コロナウイルスでなくってもですね、風邪症状のような状態で、まぁ、通常の風邪ですよ、という形でご来所される場合でも、市民の方は不安に思って我々の方になぜ、あの、隔離っていうかですね、いろいろな処置をとれないのかと苦情があって、我々としても対応に苦慮しているところがありまして、間に挟まるというところも正直あります。

 なので、できれば、常にですね、市民の方はきちんとPCR検査受けてるので大丈夫ですよと一つの根拠として指し示せれば、そういうところの対応は楽になるというかですね、できるのかなということでAさんにお話しさせてもらったという面もあります」

 筆者は春の季節になると喘息と花粉症を発症する。鼻炎持ちで一年中ハナを垂らしているため、陰性証明を持たないと筆者も狭山市役所に入れないのだなと思ったが、もちろん、そんなものは持っていない。来所中も何度か鼻をかんだりしていたが、陰性証明を要求されなかった。

 そもそも、狭山市役所は花粉症や風邪の人すべてに陰性証明を要求しているのだろうか? していないのだとしたら、これは特定の人に対する差別に当たる。

 一体どうして、ケースワーカーは自らも録音しながら、こんな差別的な発言ができて、その問題の大きさに気づかずにいるのだろう。クレームがあるとしても、なぜ差別・偏見を持つ側に配慮するのだろうか。

 このような対応は「人権侵害」であり「差別」であるから注意するようにと、法務省はコロナ感染拡大が始まった当初から注意喚起をしてきた。

《新型コロナウイルス感染症を理由にした偏見や差別は絶対にあってはなりません》

 彩の国・埼玉県のホームページでは、昨年3月に大野知事が「偏見・差別の防止(新型コロナウイルス)」というページを作り、県民に訴えている。

 5分間の動画もユーチューブにアップし、大野知事ご自身が「やさしく解説」してくれている。こんなに丁寧に説明しているのに、狭山市役所に届かなかったのだとしたら大野知事もさぞかしガッカリして、プレゼンの指示棒を折るかもしれない(テキスト版)。

 動画の中で、大野知事は言う。

「政府は、発症から10日間経過をし、回復していることをもって、回復って言ってますけれども、それなのに出社を拒否するのも、これも差別のひとつの例です」

 狭山市福祉事務所はこの大野知事のプレゼンを聞いてほしいと思いながら、狭山市のホームページを見てみたら「新型コロナウイルス感染症に起因する差別的取扱い等の防止」という注意喚起を載せており、なんとも言えない気持ちになった。

 そして、さらに筆者が気になったのは、録音データに残されている福祉事務所職員のいう「一般市民」という言葉だ。一般市民と生活保護利用者を分けているのか、一般市民とコロナ感染疑いの人を分けているのか知らないが、これはどちらも差別であることに気づいてほしい。みんな「一般市民」であり、これは無意識の差別に該当するのではないだろうか。

狭山市役所の職員が罹患した場合は?

 これだけ全国的にコロナ感染が拡大しているのだから、狭山市役所の職員だって罹患しているはずだ。その場合、何日間くらい休んでいるのだろうか。保健所の指示や判断が基準にならないのだとしたら、いったい何を基準にしているのか。厚生労働省とも、埼玉県とも、保健所とも異なる独自の基準があるのだろうか。また、その独自ルールは自治体に許されるのか。

 5月2日、狭山市役所の福祉課をAさんと訪ねた筆者は、これらの言い訳の数々に目を丸くしていたのだが、「では、ほかの自治体はどうしているのか、私たちも学びたい」と査察指導員が言った言葉に、顎がカウンターに落ちそうになった。

狭山市役所。生活保護を利用するAさんへの対応に問題はなかったのだろうか(筆者撮影)

「コロナ禍が始まって2年経った今言う言葉ですか?」と思わず聞かずにはいられなかった。どうするべきだったか。あまりにも方法がたくさんあって、教えるのもバカバカしいほどだ。

 そんなにクレームが怖いなら、感染がわかった段階で振り込みの手続きをすればいい。あるいは、2月4日にそうしたように、外で待っていてもらって職員が外に出て来て保護費を渡せばいいのではなかったのか。それ以前に、すべての来所者の不安を取り除くような努力をし、差別、偏見を生まないような環境作りを工夫することはできなかったのだろうか。

 そもそも、Aさんが生活保護の相談をした去年の10月には、「もうコロナも怖い病気じゃなくなったから、働けるんじゃないですか?」と追い返そうとしたのも、同じ狭山市の別の職員だ。

 Aさんはこの「陰性証明」以外にも、これまでに嫌がらせとしか思えないさまざまな仕打ちを受けてきた。たくさんありすぎるので、要約してリストアップしたい。

(1)「生活保護は最後の砦なので、あなたは受けることができません」

 家を失くし、生活困窮して福祉事務所に助けを求めたAさんに職員が言った意味不明な言葉だ。「あなたは受けることができません」のあとに、「もうコロナも怖い病気じゃなくなったから、働けるんじゃないですか?」と言い放ったという。水際作戦であり、申請権の侵害である。その後、支援者が電話を入れると「勘違いしてました!申請できます」といきなり逆転したのだ。

(2)厳しい就労指導、生活保護を抜けられるほどの仕事を探せ

 生活困窮のきっかけとなった前職でのダメージから、不眠やうつ症状に悩んでいたAさんは、精神科クリニックに通いながら自立を目指していた。一日も早く復職したいという思いから、リハビリとしてNPO法人の仕事を手伝うようになった。しかし、狭山市は、「アルバイトは自立とは認めない」と、生活保護が抜けられるほどの収入を得られる仕事を探すよう指導し続け、AさんはNPO法人の仕事を辞めることになった。そして体調はますます悪くなってしまった。

(3)「友達が作ったカレーも、フードバンクでもらった食料も収入申告の対象です」

 Aさんが困窮していたときに、家でカレーをふるまってくれた友達がいた。そのことを話すとAさんの担当ケースワーカーは、「そのカレーも収入申告の対象となります。フードバンクから得た食糧もです」と言った。そして、「じゃがいもがいくら、肉がいくらというように……」と続けたという。

 しかし、2020年度、2021年度の生活保護手帳別冊問答集(ケースワーカーたちのマニュアル)には「子ども食堂やフードバンクを利用した場合の取り扱い」として、「収入として認定しないこととして差し支えない」としている。一度のカレーとフードバンクの食料支援で「ジャガイモいくら、肉いくら」などと説明されるのは、きわめて不適切であり、嫌がらせと取られても仕方がない対応だ。

(4)有無を言わせずに強行した扶養照会

 Aさんは親族と20年以上付き合いがなく、援助してもらえる見込みはない。厚生労働省が2021年3月30日に発出した事務連絡に列挙されている「扶養照会をしなくてよい」要件は満たしているため、Aさんも親族への扶養照会の拒否を伝えていたものの、職員は「そんな通知はありません」と厚労省通知を否定し、Aさんの要望を聞いてはくれなかった。筆者がこのことをケースワーカーに問うと、「Aさんから拒否はなかった」と返答。筆者のとなりでAさんが「うそだ、言ったのに……」とうめくように息を吐いた。

福祉事務所の対応改善を願う

 嫌がらせとしか思えない面談が続くうちに、Aさんは傷つき、尊厳を削られ、やがて福祉事務所に行く日には不眠や動悸に悩まされるようになった。ケースワーカーと向かい合うと手が震えた。体調は悪くなり、福祉事務所が鞭打つ「自立」が遠のく。一体、なにをしてくれているのか。

 福祉事務所も、支援団体も、生活困窮した当事者一人ひとりのためにある。その人たちの暮らしや命を守るために存在している。

 生活保護の要件を満たす人間を、あの手この手で追い払うことでもなければ、休息と治療が必要な人間に、早く生活保護を卒業せよと鞭を打ち続けることでもない。利用者を生かすも殺すも自分次第と権力を振りかざすことでもなければ、相手をとことんやり込めることでもない。

 一人ひとりと信頼関係を持ち、丁寧なケースワークをするのは構造的に難しい現状はあるが、それでも、一人ひとりの生活を支える大切で尊い仕事だ。そして、その仕事は公務として為されている以上は、自治体間格差があってはいけない。

 この記事を書くにあたり、Aさんご本人やNPO法人サマリアの黒田氏から直接お話を伺い、また法務省、埼玉県庁福祉部生活福祉課担当者、狭山市福祉課課長には電話取材をした。Aさんの担当ケースワーカーと2名の査察指導員とも直接お会いした。

 狭山市役所の人々は、誰もかれもが判で押したように「自分の名前は出るのか」ということを気にしており呆れた。気にするべきはそこではない。なぜAさんの気持ちを気にしてくれなかったのだろうか。

 チーム狭山は、自分たちの対応の悪さをこれ以上誤魔化したり、認知や事実を歪めたり、支援団体を無視するのではなく、協力してAさんの生活再建を手伝うために力を尽くしてほしい。

 音声データを聞いて、人をバカにしたような態度やごまかし、論点のすり替えに筆者まで気分が沈み、差別というものの破壊力を思い知った。これを浴びせ続けたAさんに真摯に謝罪してほしい。そして、組織全体の問題として、対応の改善に乗り出してほしい。そこにエネルギーを使ってほしい。

お願い
 狭山市役所に抗議の電話をかけると、本件に関係のない電話受付の職員や、福祉事務所職員あるいは利用者にしわ寄せがいってしまいます。ともに福祉事務所の対応改善を求めてくださるのでしたら、メールかFAXで市や福祉事務所に要望を伝えてくださいますよう、よろしくお願いいたします。


小林美穂子(こばやしみほこ)1968年生まれ、『一般社団法人つくろい東京ファンド』のボランティア・スタッフ。路上での生活から支援を受けてアパート暮らしになった人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネイター。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで働き、通訳職、上海での学生生活を経てから生活困窮者支援の活動を始めた。『コロナ禍の東京を駆ける』(岩波書店/共著)を出版。