参院本会議で代表質問する山下八洲夫氏(共同通信)

「背が高く、スレンダー体型を維持し、おしゃれなスーツを着こなしていました。健康管理が完璧で、食事は納豆ご飯だけで平気なんだそうです。いつもニコニコ、柔らかい表情で“こんにちわ〜”と挨拶してくれたのに、こんな恥ずかしい事件を起こすなんて」

 と地元の70代女性はため息をつく。

 恥ずかしい事件が発覚したのは5月8日のことだった。

 現職の国会議員になりすまし東海道新幹線のグリーン券などをだまし取ったとして愛知県警中村署と鉄道警察隊が逮捕したのは、岐阜県中津川市に住む元参院議員の会社役員・山下八洲夫容疑者(79)。1983年から旧社会党などで衆院議員を4期、98年から旧民主党で参院議員を2期務めた元ベテラン議員だ。

 同県警によると、詐欺と有印私文書偽造・同行使の疑い。

 全国紙社会部記者の話。

「衆・参両院の議員に公務用として付与される『国会議員用鉄道乗車証(JR無料パス)』を落選後12年経つというのに不正使用し、胸襟に議員バッジをつける工作までして乗車券代わりに駅員に見せていた。有効期限1年のパスは当然期限切れ。しかし、過去の経験則から、じっくりと見る駅員はいないためバレないと確信していたようだ」

 乗車券はこのようにスルーしたが、新幹線に乗るには特急券が別に必要になる。

楽なグリーン車にタダで乗りたかった

「東京―名古屋間の新幹線グリーン車の往復チケットを入手するため『国会議員指定席・寝台申込書』に実在する議員の名前を書いて本人を装った。たまたまチケットの誤発行に気づいた駅員が当該議員に連絡したことで“なりすまし”が発覚。“昔を忘れられず、楽なグリーン車に無料で乗りたかった”などと供述し、継続的な悪用をほのめかしている」(同・記者)

 中国・湖北省生まれ。中学・高校時代を過ごした広島で同級生を原爆症で亡くしたのが政界入りのきっかけ。中央大法学部を中退後、岐阜県中津川市で国鉄労働組合出身の楯兼次郎衆院議員(故人)の秘書に。“県労働界の育ての親”と評される楯氏のもとで20年、政治のイロハを学んだ。

 県内の政界関係者は「楯さんの後継者としては迫力不足で脇も甘かった」と語る。

「労働者の立場から経営側を糾弾する視点と、護憲の精神は貫いたと思うが、それだけ。誇れる実績はない。逆に、国会議員の国民年金未加入問題(2004年)が騒がれたときも名前が出たし、'07年には代表を務める政治団体が、北方領土問題などの関連本を販売する出版社に名前を貸す見返りに7年間で計約1億3000万円を受け取っていたと報じられ謝罪した。1冊数万円の高額本を強引に売る手法に苦情が出ていたから」(県内の政界関係者)

 2010年7月の参院選で議席を失って以降も政治活動を続け、'19年からこの事件で解任されるまで立憲民主党岐阜県総支部連合会の常任顧問を務めていた。

 同県連の関係者は「セコい人なんですよ」と吐き捨てる。

もうひとつのセコすぎ本性

「国会議員を長く務めた割には選挙戦の苦労がわかっておらず、後輩候補の応援で“現場までの交通費ちょーだい”とせがんで周囲を呆れさせていた。高速道路通行料やガソリン代などの計算が得意らしくて(笑)。選挙活動費が潤沢でないとわかっているはずだし、自分の選挙のときは支援者らの“手弁当”の応援にさんざん助けられてきたくせに」(県連関係者)

 自宅はJR美乃坂本駅から徒歩約10分の高台にある。立派な門柱をくぐって坂を登ると武家屋敷のような佇まいの豪邸。05年の議員資産公開によると、床面積273平方メートルの自宅をローンで建て、借金が2761万円増えたと報告している。当時の預貯金は256万円にとどまっているが、不動産のほか2つのゴルフ会員権や大企業株なども所有しており、暮らし向きが苦しいとは言いがたい。

 知人男性はこう話す。

「現職を退いたとき町内会に寄付をしてくれたが、国会議員にしては少ない金額だった。でも一緒にゴルフをした仲間のプレーフィーをおごることはあったみたい」

 関係者などによると、都内に自身が社長を務める多角的事業の会社があり、月2回程度は往復していたという。

 地元のタクシー運転手は、

「キャリーケースを引いてひとりでよく出張していました。自宅まで初乗り600円のワンメーターなんですが、千円札でお釣りはチップでくれるいいお客さんでした」

 と意外な一面を明かす。

山下八洲夫容疑者の自宅。樹木に覆われた家屋は路上から見えない

不正総額は1030万円の試算も

 一方、無賃乗車については自宅最寄りの美乃坂本駅で乗車して多治見駅で特急指定席に乗り換え、名古屋から新幹線のぞみ号のグリーン車で東京まで往復すると料金は3万6540円。月2回、落選後から11年9か月続けたとすると1030万4280円になる。あくまで試算ではあるが、常習だった場合、とんでもない金額をせしめていた可能性も出てくる。

 無料パスやグリーン券の費用は国で払っているため私たちの税金が原資だ。

山下八洲夫容疑者がかつて事務所を構えていたJR中津川駅前

「JRパス、航空チケット、陸空併用の3コースから議員は選び、毎年度末に更新する流れ。年度途中で辞職したり、落選した場合は返却を求めています。参院議員だけで年間1億8000万円の予算を計上しています」(参院事務局)

 3歳下の妻とふたり暮らし。自宅を訪ねると、インタホンに出た夫人が、

「事件のことはよくわからないんです。私も体調を崩しているものですから。(無賃乗車は)知りませんでした。接見した弁護士には、“有権者にも、関係者や家族にも、ただただ申し訳ありません”と話しているそうです」

 政治腐敗を憎み、時の首相に辞任を迫るなど舌鋒鋭かった山下容疑者。最近ハマっていた“昼間から自宅で缶ビール”は当分お預けになる。