学校を訪問した動画は270万回超も再生された

 ユーチューバーがいじめ被害者の相談に乗り、教育委員会を動かし、解決に導く─。ドラマのような話だが、兵庫県尼崎市で実際にあった出来事だ。

 尼崎市立尼崎双星高校でいじめを訴え不登校になった男子生徒について、市の教育委員会は『いじめ防止対策推進法』による重大事態と認定。第三者委員会を設置し、再調査を始めた。神戸新聞によると、稲村和美市長は「ユーチューバーに頼るしかなかったということが私たちに突き付けられている事実」と語っている。

 ユーチューバーがいじめ問題をテーマにすることは少なくない。最近では、北海道旭川市の女子中学生いじめ凍死事件が記憶に新しい。だが多くの場合、メディアが取り上げたものを後追いする内容で、学校と交渉した例はほとんどない。

YouTuberがいじめ問題に介入した経緯

石田さんは動画を通じて、視聴者に学校へ誹謗中傷をしないよう呼びかけている

 今回、いじめ問題に介入をしたのは、ユーチューブでゲーム実況を配信している石田拳智さん(25)。動画は1月に配信された。男子生徒が石田さんに相談を始めるところや、保護者との電話のやりとり、学校への訪問、石田さんと男子生徒が校内で教頭2人と話し合う場面などが公開されている。

「これまでにユーチューブで相談配信はしていましたが、いじめの相談を受けたのは初めてでした」(石田さん、以下同)

 石田さんは、ツイッター社が提供する音声のライブ配信サービス「スペース」で雑談をしていたところ、男子生徒が相談してきた。

「スペースでやりとりをしたあと、さらにLINEでも詳しく聞きました。いじめの内容は、机に落書きされたり、仲間はずれにあったり、靴の中に画鋲を入れられるといったものでした。メッセージが早朝や昼間に来ていたことや、声のトーンなども含めて、男子生徒の話は本当だと思えたんです」

 いじめについて、男子生徒は'21年2月に学校側に相談していた。5月に校内での調査が始まったものの時間がかかり、その間に男子生徒は学校へ通えなくなってしまった。再登校できることや加害生徒との話し合いの場の設定を求めたが、改善されない。そこで男子生徒は12月、「いじめにあっている」と、石田さんに相談したのだ。

 石田さんは学校を訪問するにあたり、前もって男子生徒の保護者から委任状を取り付けていた。

「委任状があったほうがしっかり話せると思いました。ただ、学校が悪いという動画を撮りたかったわけではないんです。加害生徒と話して(男子生徒との)関係を断つか、それ以上のいじめにならないようにすることが目的でした。学校を訪問したとき、加害生徒と話はできませんでしたが、学校側と話し合いをすることができました

Youtuber介入で別のいじめ問題も発覚

今回の問題は「いじめに真剣に対処しなかった学校側や教育委員会にある」と藤川教授

 ユーチューバーがいじめに介入する事態を専門家はどう思うのか。千葉大学教育学部の藤川大祐教授は、「動画を見る限り、学校側に問題があります」と指摘する。

「ユーチューバーは保護者から委任状を取る手順を踏んでいるうえ、説明も一貫しています。しかも、動画をいきなり公開したわけではありません。学校がきちんと対応したなら、流さないつもりだったとも言っている。学校側が悪質なので、このような手段を取らざるをえなかったことがよくわかります」(藤川教授)

 また、学校問題に取り組む鬼澤秀昌弁護士は「ユーチューバーが取り上げ、世間から批判があったことで市教委が動いた構図は、ブラック校則が問題になったときと同じ」と分析。さらにこう続ける。

「学校側からすれば“やめてくれよ”と思うかもしれませんが、ネットが普及した今の時代、今回のようなやり方を一定程度は許容せざるをえないでしょう。学校側は、SNSで拡散されたとしても批判に耐えられるぐらいの判断を固めておく必要があります」(鬼澤弁護士)

 動画の公開から1か月後、男子生徒とその保護者、加害生徒とその保護者による話し合いが設定された。

「その結果、加害生徒は男子生徒と関わらないことになりました。ただ、加害生徒の保護者は、少なくとも動画投稿のタイミングでは、いじめ行為を学校側から知らされていませんでした」(石田さん)

 今回の動画を投稿したあと、石田さんにはいじめの相談が増えた。相談者のなかには男子生徒と同じ高校に通う女子生徒もいて、別のいじめ問題も発覚している。

 '21年2月ごろから女子生徒は同級生とトラブルがあった。学校側はいじめと認めなかったため保護者が市教委に連絡、いじめと認知された。しかし、それ以上の対応がなされず'22年1月に退学したという。この女子生徒のケースも、石田さんへの相談をきっかけに市教委が調査に乗り出す事態となった。

法外な報酬を要求されるトラブルも

石田さんのユーチューブチャンネル。

 石田さんは、いじめ問題に関する動画をユーチューブで収益化していない。学校を訪問した際の交通費や宿泊費、動画編集にかかる費用はすべて自腹だ。

「多くの人に知ってほしいからです。広告が入ると見にくくなります。自腹を切ってまでして、問題解決に導くようなことをする人はいるのかな。期待できるとすればユーチューバーくらいじゃないですか」(石田さん)

 今後、ユーチューバーがいじめ解決の手段になりうるのだろうか。前出・藤川教授は、「ユーチューバーが乗り出さなきゃいけない状況を考えたくないですね」と話し、その理由をこう説明する。

「学校や教育委員会には、いじめを放置したり、看過したりしてはならないという法的な義務があります。つまり、学校や教委が法令にのっとって、いじめに真剣に対処すればすむ話なんです。しかし実際には、ひどい対応の学校や教育委員会があり、被害者は困り果てています。そこを解決しなければなりません」

 藤川教授らは、『いじめ当事者・関係者の声に基づく法改正プロジェクト』を立ち上げている。

「教育委員会が法令にのっとった対応をしていない場合、相談できる窓口を作って、国の責任で指導できる仕組みが必要です」(藤川教授)

 今回、石田さんの活動は法的な問題もなく、解決に導くことができた。今後も同様の相談をする人が出てくるかもしれない。しかしユーチューバーの介入方法によっては、意外な落とし穴にはまることもある。

「ユーチューブでのいじめ介入には、被害者が特定されるリスクもある」と鬼澤弁護士

 前出の鬼澤弁護士が指摘する。

「いじめを訴えた生徒側に注目が集まった場合、批判にさらされるリスクもあります。学校に突撃するとしても、生徒本人の不利益を考える必要があるでしょう」

 さらに気をつけたいのは「非弁行為」だ。弁護士資格のない人が報酬を得るために交渉などに乗り出すことは、弁護士法に違反している。

「報酬は金銭での報酬に限りません。相談料の名目でも、実質的にトラブル解決の報酬となると、非弁行為に当たるおそれがあります。相談者からお礼をしたいと言われても、ユーチューバーとしては断るべきです」

 と鬼澤弁護士。

 また残念ながら、相談者に金銭を不当に要求するケースも珍しくない。筆者の取材でも、弁護士資格のない個人やNPO法人がいじめ問題に介入し、謝礼や相談料として事実上の報酬を請求しトラブルになった話を頻繁に聞く。信頼できる相手か見極め、注意することが必要だ。

取材・文/渋井哲也
ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。若者の生きづらさ、自殺、いじめ、虐待問題などを中心に取材を重ねている。『学校が子どもを殺すとき』(論作社)ほか著書多数