'05年ごろ、『竜兵会』での上島竜兵さん(焼肉店店長提供)

 5月11日の朝、ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが自宅で亡くなったという、あまりに唐突な訃報が飛び込んできた。

 キャリアを重ねてもアツアツおでんや熱湯風呂など身体を張ったリアクションを続け、誰もが知っている“お約束”芸で、お茶の間だけでなく芸能界からも愛されていた。それだけに、身近な人たちは憔悴しきっている。

「上島さんに可愛がられていた有吉弘行さんは、訃報が届いた日に番組の収録がありました。本番こそ気丈に振る舞っていましたが、カメラが回っていないところではかなり落ち込んでいた様子でしたね。上島さんは亡くなる1週間前に、アイドルグループ『恵比寿マスカッツ』の5月25日のライブに出演することをYouTubeで予告していて、元気な姿を見せていたんですよ……」(スポーツ紙記者)

 マネージャーや所属事務所の広報スタッフも、仕事関係者への対応ができないほどショックを受けているという。

デビュー当時は“あまり目立たない人”だった

 亡くなる約2か月前、週刊女性のインタビューを受けていたが、担当者も「とても元気そうだった」と驚きを隠せない。

2022年3月『週刊女性』のインタビューに答えるダチョウ倶楽部・肥後克広と上島竜兵さん

相方の肥後克広さんと一緒の取材でしたが、朝ドラの撮影などで忙しかったのか、肥後さんのほうが元気がなかったぐらい。志村けんさんの話になると、“亡くなったのは悲しいし、自分も悩むこともあるけど、(相方)2人のおかげで困っていない”と感謝の言葉をのべていましたね

南部虎弾

 ダチョウ倶楽部がブレイクしたきっかけは『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)。同番組で放送作家を務めていた、江戸川大学の西条昇教授は当時をこう振り返る。

ダチョウ倶楽部が4人組だったころは、脱退した南部虎弾さんが強烈なキャラだったこともあり、上島さんは“あまり目立たない人”という印象でした。今でこそリアクション芸のイメージが強いですが、当時は“ネタで勝負したい”と番組への出演を最初は断っていたんです

 同時期にデビューしたダウンタウンやウッチャンナンチャンが冠番組を持つようになったことで意識を変える。

「“仕事は何でも挑戦していったほうがいい”とスタンスを変え、身体を張ったバラエティー番組にも出演し、人気を獲得していきました。ものまねがきっかけで、'94年の日テレ系のドラマ『遠山金志郎美容室』で西田敏行さんの弟役として共演したときは、“夢が叶った”と大喜び。“西田さんにブラザーって呼ばれた”と自慢げに話していました」(西条教授)

生きる上で張り合いだった志村けんさんの死去

 共に活動した、元メンバーの南部にも話を聞くと、

上島は普段から気を遣ってばかり。人前だと明るく振る舞うけど、1人になるとうつむくタイプです。そんな彼が志村(けん)さんには“おい、志村!”とツッコんでいましたから、本当に心を許せて尊敬できる存在だったのは間違いない。上島にとって、生きるうえで大きな張り合いだった志村さんが亡くなってしまったことが、今回の件に影響を与えたのではと考えてしまいます

'07年6月、志村けんさん主催・主演の舞台演劇『志村魂2』稽古の様子

 さらに、南部は意外な事実を明かしてくれた。

上島の母親が病気を患い、兄弟で介護をしていたこともあったそうです。でも、介護について公表していなかった。決して弱音を吐かないヤツなんですよ。実際には、いろいろな苦労や喪失感が積み重なり、思い悩んでいたのかもしれません

 最近ではコロナ禍で仕事に制限が出てしまい、おなじみのネタをやるのにも苦労していたという。

4月に出席したPRイベントでは、新型コロナの感染対策でお約束のキス芸や熱湯風呂がやりづらくなっていると明かしていました。テレビ業界は“高齢者は感染すると重症化しやすいから”といった理由で、ベテランの起用に慎重になってもいましたからね。上島さんは芸風と違って、とても繊細な方なので、やりたいことができなくなったことに心苦しさを感じていたのかもしれません」(制作会社関係者)

 しかし、上島と仕事をしていたテレビ局関係者は強く否定する。

「俳優としてもオファーが絶えない売れっ子でした。もともと役者志望だったこともありますし、仕事がなかったり、内容に不満を持っていたということは絶対にないはず」

 近年は『真犯人フラグ』(日本テレビ系)や放送中の『やんごとなき一族』(フジテレビ系)などで、俳優としての評価を高めていた。

 芸人としての活動は制限を余儀なくされたものの、仕事自体は順調そのものだった上島さん。一方、プライベートでは変化が起きていて……。

有吉さんら多くの後輩が参加する『竜兵会』と称した飲み会を定期的に開催していたのは有名ですが、今は大人数で集まるのが難しいですからね。“飲みに行かなくなったら、最近お酒が弱くなっちゃったよ”と嘆いていました」(同・テレビ局関係者)

コロナ禍の前は週1ペースで飲みに来ていたけれど

『竜兵会』が行われることもあった都内の焼き肉店の店主は、懐かしそうに振り返る。

お酒が好きというよりは飲みの場が好きな方でしたね。寂しがり屋で仲間が帰ったあとも1人残り、朝の9時まで飲むことも。『竜兵会』など大人数の飲み会を行う際もお会計はすべて上島さんで、とても面倒見がよい方でした

’05年ごろの「竜兵会」の焼肉屋にて。ここでは上島さんだけ、朝9時まで居残ることもあった(店主提供)

 最近は別の形で寂しさを埋めていたようだ。

以前は週1回ペースで来店され、芋焼酎のロックを好んで飲んでいました。“1人で来ると飲みすぎちゃうから”と、後輩と来店されることが多かったです。コロナ禍になって夫婦で来店された際には、“最近は芸人仲間とZoom飲みをしている”と話していたのですが……」(自宅近くのカフェバー店主)

'94年、広川ひかるとの結婚式にて。 上島さんの顔に渦まで描いた“泥棒ルック”に広川は「惚れ直したと笑顔を見せた

 仲間と対面での飲みの機会を、コロナに奪われたショックは大きかったのかもしれない。志村さんと、空の上でコントを楽しんでいる……そんな様子を願うばかりだ。


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