※写真はイメージです

 手術中の患者の家族が待つための部屋“家族待機室”で仮眠をとっている最中に金縛りにあい、念仏を唱える声が聞こえたり、誰もいないはずの“蘇生室”から心電図モニターの音がしたり――。

 これは、新感覚の怪談本『東大怪談 東大生が体験した本当に怖い話』の中で紹介されている内容の一部。本書には11名の東大出身者が経験した怪異が収められており、先のエピソードは東大病院に勤務する看護師の男性の体験談だ。

東大生が陥る“闇”

 著者の豊島圭介さんは東大出身者であり、映画監督でもあり、現在放送中のドラマ『妖怪シェアハウス-帰ってきたん怪-』(テレビ朝日系)の監督でもある。

「ドラマの準備がはじまる前の去年の9月、10月あたりは身体が空きそうだったので、何か文章を書く仕事をしたいと思ったんです。ウェブ記事のようなものが書ければと思い、軽い気持ちでオカルトサイトTOCANA編集長の角さんに相談したところ、『“東大怪談”っていう本を作ったら面白いと思いません?』といわれたんです」

 その発案がきっかけとなって東大出身者への取材を重ね、本書が誕生した。

 一般的に、実際にあった出来事をもとに書かれる実話怪談の本は、“幽霊の話”、“金縛りの話”など、怪現象のカテゴリ別に章立てされており、話者の匿名性が高い。一方、『東大怪談 東大生が体験した本当に怖い話』は語り手ごとに章立てがなされ、話者の実名やペンネーム、入学した年などが記載されている。

 また取材を受けた東大生たちは、「この体験が偏差値に影響している度」「偏差値がこの体験に影響した度」「幽霊を信じている度」をバロメーターで示しているほか、「大学に落ちる恐怖と、心霊体験、どちらが怖いですか?」といった質問をまとめた『東大怪談アンケート』にも答えており、それぞれの回答も興味深い。

「当初は一般的な実話怪談本のような体裁を考えていたんです。ただ、取材を重ねるうちに彼らが体験した怪異はもちろん、その人の持つ自意識や人生そのものにもおもしろさを感じるようになり、語り手に焦点を当てた構成にしました。

 というのも、東大生には“自分は優秀である”という自意識が無意識のうちにあるものですから。客観的に聞くとツッコミを入れたくなるような話でも、“この自分が経験したのだから、怪異に違いない”と自信と確信を持っているんです」

 実は、本書の冒頭には、次のような但し書きがある。

とうだい‐かいだん【東大怪談】(名詞)

一.東大生あるいは東大出身者が経験した、化け物・幽霊などの出てくる気味の悪い話。

二.東大生あるいは東大出身者が経験した、真相がさだかでなく、納得のいかない出来事。

三.東大生あるいは東大出身者が経験した、異常な人間がかかわる恐ろしい話。または異常な東大生本人にまつわる話。

 本書に登場する計11名の語り手のうち、豊島さんの印象に深く残っている人のひとりが40代の男性、Tさんという人物だ。

「Tさんは子どものころから天才と呼ばれ、中学ではトップクラスで、高校時代の趣味はZ会の数学を解くことだったそうです。非の打ちどころがない年月を経て東大に入ったものの、大学院に進学後、論文が書けずに病んでしまい、精神科に入院。その後、統合失調症と診断され、3回も入退院を繰り返しています。こうした半生を眺めた時に、これはエリートといわれる東大生が図らずも陥ってしまう闇であり、“東大怪談”と呼んでもいいのではないかと思いました

 Tさんが一度目の入院をするのは、『ノストラダムスの大予言』が流行する世紀末のころだった。関連書籍で「ある一人の日本人が立ち上がり、世界を救うだろう」という一節を読んだTさんは、その日本人こそが自分だと信じて疑わなかったという。

「僕の取材を受けた時のTさんは、統合失調症は治っていると話していました。でも最後に、『今後、宇宙人とコンタクトする時に英語を使うとしたら、それは僕が決めたことですから』と笑って口にしたんです。その言葉を聞いた時に、“何それギャグ? それともまだ病気が治ってないの!?”と不安になりました。こうした病気のエピソードは、一般的な怪談本には絶対に載らないはずです。でも、これも立派な“東大怪談”になると思いました」

とある男性が出会った“牛人間”

 11名の語り手の体験談のうち、豊島さんが一番、「怖い」と感じたのは2話目に登場するフリー編集者・綿谷翔さんのエピソードだという。

「僕が取材をした東大出身者は壮絶な人生を送ってきた人が多く、綿谷さんもそのひとりです。彼はほぼ母子家庭で育ち、母親の再婚で地方から神奈川県へと引っ越しました。再婚相手はクリスチャンで、食事の前に両手を組んで『アーメン』と祈り、その手で綿谷さんを殴ったそうです。そうした日々を送る中、綿谷さんは家の近くの林の中で、首から下は人間、顔は牛の“牛人間”を目撃します」

 綿谷さんは1年後に母親とともに故郷へ逃げ戻り、その後、東大進学とともに上京した。

「過酷な状況下で育ちつつも勉強ができる人は、現状からの避難先として東大へ駆け込む。僕はそうした人たちが経験したことも東大怪談であると考えているんです」

 豊島さんが印象に残ったというのは、綿谷さんの東大進学後の話。東大生になった綿谷さんは毎年のように、牛人間を目撃した土地を訪れているという。

「得体の知れない牛人間ももちろん不気味ですが、彼にとっては負の記憶しかないような場所に、なぜ、頻繁に足を向けるのか。我々の理解を超えています。継父から虐待を受け、牛人間に出会った場所は、なぜ彼をそこまで惹きつけるのか? 彼は何を見てしまったのか? そう考えると異様な恐怖を感じるんです」

 本書にはほかにも、過酷な環境に育った東大生たちが経験した“いろんな意味”での恐怖エピソードや、その怪異なできごとを東大生ならではの頭脳で捉えた新感覚の怪談話が数多く収録されている。

監督にとっての“怖い”という感情

 2005年にドラマ『怪談新耳袋』で監督デビューした豊島さんだが、もともとは怖いものが苦手だったという。

「10代のころは『未知との遭遇』すら、怖くて観られないほどのヘタレだったんです。でも、30代になってから心霊スポットへ行き、そこにいる霊を挑発することでカメラに映すという仕事(『新耳袋 殴り込み』シリーズ)に携わることになりました。たとえば、女性の霊が出るといわれているトンネルを夜間にひとりで自転車で走り、『ヘイ! 彼女、乗ってかない?』と声をかけたりとか(笑)」

 暗闇の中をひとりでカメラを持ち霊が出るといわれている場所へ行くことは、死ぬほど怖い経験だったと振り返る。

「でも、“怖い”というのは心が震えるベーシックな感情のひとつでもありますから。そうした経験を通して、観る人が心を揺さぶられるような作品を創れるようになりたいと思うようになりました」

 本書を執筆した豊島さんが、今、一番怖いものは何なのだろうか。

「2020年にドキュメンタリー作品『三島由紀夫vs東大全共闘~50年の真実~』の監督をしたんです。50年前の映像には、三島由紀夫も東大全共闘の青年たちも皆、自分の名を名乗り、相手の呼吸や息遣いが感じられるほどの至近距離で言葉を交わす様子が映っていました。

 その姿を見て、コミュニケーションの形としては非常に健全なものだと思ったんです。翻って考えるに、今、SNS上で匿名で罵詈雑言を浴びせ合うのがコミュニケーションだとするならば、隔世の感があります。SNS空間というのはある種、非常に怖いものであると感じています

 自身の持つさまざまな“怖さ”のアンテナとフィルターを駆使し、数多のエピソードを一冊にまとめた『東大怪談 東大生が体験した本当に怖い話』。豊島さんは、オカルト話が好きな人はもちろん、他人の人生に興味がある人にも楽しんでもらいたいと話す。

「僕は職業柄、他人の人生に興味がありますし、他人の人生をのぞき見したいという好奇心も強いんです。怪談というジャンルに関心がない方でも、この本を通して“世の中にはこんな人がいるのか!”という、ある種の好奇心を満たしてもらえるのではないかと自負しています」

豊島圭介

 1971年静岡県生まれ。東京大学教養学部表象文化論専攻卒業。卒業後はロサンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)の監督コースに留学。帰国後、2003年に『怪談新耳袋』で監督デビューし、以後、アイドル、ホラー、恋愛、コメディと多岐に渡るジャンルの映画、ドラマに携わる。2020年公開の『三島由紀夫vs東大全共闘~50年の真実~』では初のドキュメンタリーの監督を務める。最新作は6月17日公開の『映画 妖怪シェアハウス-白馬の王子様じゃないん怪-』。

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『東大怪談 東大生が体験した本当に怖い話』
豊島圭介/著 株式会社サイゾー 1400円+税

取材・文/熊谷あづさ

ライター。猫健康管理士。1971年宮城県生まれ。埼玉大学教育学部卒業後、会社員を経てライターに転身。週刊誌や月刊誌、健康誌を中心に医療・健康、食、本、人物インタビューなどの取材・執筆を手がける。著書に『ニャン生訓』(集英社インターナショナル)。ブログ:「書きもの屋さん」、Twitter:@kumagai_azusaInstagram:@kumagai.azusa