落語家・立川志の輔

「日本を代表する脚本家に20回も書き直しをさせるなんて……さすがは志の輔師匠、と思いました」

 苦笑まじりにそう話すのは、落語に詳しい芸能記者。今月20日に公開される映画『大河への道』についての裏話だ。この映画の原作は、落語家・立川志の輔によるオリジナル新作落語「大河への道 -伊能忠敬物語-」。その落語を聞いて惚れ込んだ俳優の中井貴一が、志の輔本人に熱烈なオファーをして映画化を実現させた。

「基本的にひとりでしゃべるだけの落語の台本をそのまま映画の脚本に使うわけにはいきませんから、当然、映画用に書き直す必要があります。そのためのシナリオライターとして白羽の矢が立ったのが、ドラマ脚本界のトップランナーである森下佳子さんです」(前出・芸能記者)

志の輔がダメ出し?

 森下氏がこれまで手掛けたドラマといえば、『世界の中心で愛を叫ぶ』、『JIN‐仁‐』朝ドラ『ごちそうさん』、大河ドラマ『おんな城主 直虎』、『天皇の料理番』、『義母と娘のブルース』など、人気作ぞろい。間違いなく、日本を代表する脚本家のひとりだ。

 ドラマ業界に詳しい雑誌ライターは、「森下さんは、自身のオリジナル脚本はさることながら、小説や漫画などをドラマのシナリオにするのも長けた人。原作の世界観を尊重しつつ、ドラマにしたときに映える展開や人物造形が巧みなので、今回も適任だと思いました」と言うが、今回ばかりはかなりの苦労があったようなのだ。

「ある落語会の高座でのことです。志の輔師匠が、今回の映画のことについて触れたときに、『脚本家が20回脚本を書き直した』と言ったんです。小さな声で、ついポロッとこぼしたといった感じだったので、後ろのほうの席の人には聞こえていなかったかもしれませんが……」(前出・芸能記者、以下同)

 もちろん、脚本の書き直し自体はよくあること。プロデューサーや監督、はたまたスポンサーの要請で、主人公の設定から修正を余儀なくされることも。さらに、出演俳優からの指摘で台詞を変えた例も。

 森下氏自身、俳優からの提案で大幅な修正をした経験について、「机の上では絶対に出てこない、(演じる)役を徹底的に研究した上で出てきたとてもありがたいご意見でした」と言っており、それ自体にはウェルカムな姿勢を示している(『「JIN―仁―」完全シナリオ&ドキュメントブック』より)。

「それでも、映画1本の脚本を20回も書き直すというのは、尋常ではありません。思うに、原作者である志の輔師匠がダメ出しをして、書き直しをさせたんじゃないかと……」

NHK『ガッテン!』収録現場でディレクターを翻弄

 立川志の輔といえば、今年2月に最終回を迎えるまで約27年間もの長きにわたって続いたNHKの番組『ガッテン!』(前身番組名『ためしてガッテン』)の司会者のイメージだが、落語家としても大変な実力者だ。

 よく知られているのは、毎年1月に渋谷・パルコ劇場で開催されている「志の輔らくご in PARCO」。そのひと月分のチケット、のべ約1万2000枚は、毎年、発売されるやいなや完売に。コロナ前には、当日券を求めて、連日朝から長蛇の列ができるほどの人気を誇る。

「落語ブームの影響から、今でこそ『チケットを取れない落語家』といわれる落語家は複数いますが、志の輔師匠は間違いなくその走り。古典落語、新作落語、どちらも素晴らしい。毎高座ごと、いっさい手を抜かないていねいな芸は、落語初心者からも落語通からも愛されています」

 一方で、志の輔を大いに煙たがっていた場所もあるようだ。それが、まさに前述の『ガッテン!』の収録現場だったという。

 各回のテーマについて徹底的に取材してきたディレクターに、スタジオ収録の本番直前のリハーサル時に「それじゃあ何を言いたいかわからない」「その説明では視聴者に伝わらない」と一喝。リハーサル後に構成をひっくり返したり、台本を書き直させたり、果てはスタジオで使う模型の作り替えまで……(以前放送された『ガッテン!』メイキング映像より)。収録本番ギリギリまで、その指摘は続くのだから、スタッフからしてみるとたまらない。

志の輔さんは、とにかくストイック。仕事に対して1ミリも妥協しないタイプで、自分が納得できないことは絶対譲らない性格。それが落語に向かうと、会場の全員を感動させる素晴らしい芸につながる。でも、チームで作る現場の中でそのストイックさが出ると……。周りは大変でしょうね(苦笑)。そのおかげで『ガッテン!』の内容はクオリティが高く、長寿番組になったとも言えますが」

志の輔のストイックさ VS 森下氏の頑張りの結果は……

 話を戻して、脚本家の森下氏が志の輔と仕事をすることになったのは、これが初めて。もし彼女がテレビの画面越し、あるいは高座での志の輔の姿しか知らなかったならば、そのストイックぶりに相当戸惑ったのではないだろうか。

 今回の『大河への道』は自分の作品であり、仕上がってきた映画シナリオの台詞一字一句にまで目を光らせ、チェックしただろうことは想像にかたくない。20回のダメ出しを受けた彼女の苦労がしのばれる。

 ただ、森下氏は、2016年に東大OGとして応じたインタビューで、下積み時代にやはり日本を代表するベテラン脚本家・遊川和彦氏(代表作『家政婦のミタ』ほか)のもとで、厳しい指導を受けたことを告白している。

「もう最初は『こんなもんで映像化できるか!』『何が言いたいのかわからない!』『字が汚い!』とかそういうレベルでダメ出しをされながらやりましたね」

 遊川氏は俳優に対する厳しい演技指導でも知られた人物。とすれば、ストイックな先輩には慣れっこなのかも……?

 彼女は、自身の性格についてこうも語っている。

「私は自分が東大に入るために頑張ってこられたことは誇りに思ってるし、唯一の強みだと思ってます。頑張ることに関しては人一倍できるんです」

 さて今回、森下氏の頑張りは、東大レベルの「合格水準」に達することはできただろうか? そして映画の出来は、志の輔とその落語を愛するファンたちを見事「ガッテン」させることができるだろうか? 映画『大河への道』は今月20日に公開される。その出来に注目したい。