米倉涼子、ビートたけし、中居正広

 作家生活40年の間に、約980編の作品を発表した松本清張。著書の数は、編著も含むとなんと約750冊。推理小説、純文学、時代小説、評論、評伝、ノンフィクション……ジャンルにとらわれない質と量の充実度、さらには大衆から大きな支持を集めたという点において、松本清張は巨匠と呼ぶにふさわしい存在だった。

 今年は、戦後の大文豪が鬼籍に入ってから30年がたつ節目の年。NHKでは、過去に放送した松本清張作品のうち3作品(『けものみち』、『天城越え』、『ザ・商社』)を総合テレビで再放送。WOWOWでは、映画化された清張作品12本を特集放送することに加え、小泉孝太郎主演で社会派推理小説『眼の壁』を連続ドラマ化する。いまなお、松本清張の人気とブランドが健在であることを裏付けた格好だ。

松本清張作品の中でも「屈指の完成度」

 これまで数多の清張作品が映像化され、何度もリメイクされているが、そのたびに高い支持を受け、話題をさらっていく。『ゼロの焦点』はヤセの断崖を聖地化し、『波の塔』は青木ヶ原樹海を自殺の名所に変えた。松本清張は社会現象を生み、時代を超えて、人々を魅了する─。

 そこで今回、全国45歳以上の男女1000人を対象に、好きな松本清張作品のアンケートを実施。読者の所感に加え、テレビ朝日開局50周年記念番組『松本清張 点と線』をはじめ、多数の清張作品のドラマ脚本を手がけてきた竹山洋さんの解説を交えながら、松本清張の人気作品を深掘り! 没後30年、先の見えない不安な時代だから、今こそ清張の“視点”が必要だ。

◆   ◆   ◆

「病にたいする偏見と人間の悲しい性が印象的だった」(60代男性)

「主人公の生い立ちと、今の自分を守るが故に過去の自分を知っている恩人に手をかけざるをえなかった切なさが胸に響く」(50代女性)

 1位に輝いたのは、ベテラン刑事の執念と過去に傷を持つ犯罪者の動静を描いた社会派ミステリーの傑作『砂の器』。'74年に松竹で映画化された後、計7度もテレビドラマ化された、文字どおり不朽の名作だ。2011年、テレビ朝日系列で同作のドラマ化脚本を担当した竹山さんは、「脚本家を志すにあたって、何度も映画版『砂の器』を見て、セリフを書き起こしていた」と語るなど、自身も多大な影響を受けた作品だと述懐する。

「監督・野村芳太郎、脚本・橋本忍、山田洋次といった錚々たるメンツが集う『砂の器』は、数ある清張先生の映像化作品の中でも屈指の完成度」(竹山さん、以下同)

 原作にはない、病に侵される父子の放浪の姿、さらには映像化に伴うBGM(ピアノの旋律)効果など、映画版『砂の器』に心を打たれた人は多数。また、ドラマ版7作品については、読者の中でも“好きな砂の器”が分かれる模様。

「中居くんを俳優としてはじめて認識した」(40代女性)といった声が挙がるように、原作でも重要人物である天才ピアニスト・和賀英良を主役においた中居正広版『砂の器』(TBS系)も、アンケートでは人気を集めた。

市原悦子が評したビートたけしの演技

「私が手がけた『砂の器』は、玉木宏さんを主演に置きました。彼は、映画版では主演の丹波哲郎さんを慕う部下の刑事、森田健作さんが演じたポジションでした」

 部下の視点から『砂の器』を描いた竹山版のように、作り手によって見せ方が変わるのも、『砂の器』の面白いところ。また、竹山さんはこんな裏話を明かす。

「実は、脚本が完成した際、橋本忍さんから「見せてほしい」という連絡があった。橋本先生としても、『砂の器』は自分の聖域のような作品だったんでしょう。父子の描写など、かぶっていないか確認したかったようです」

 続く2位は、「情死に見せかけた殺人計画だったことが時刻表などのトリックを通して解明するところ」(50代女性)といった支持を集めた、清張初の長編推理小説にして社会派ミステリーの代表作『点と線』(テレビ朝日系)。

常盤貴子と市原悦子

 時刻表トリック、刑事が捜査のために各地を回る、といった要素が詰め込まれた本作は、トラベルミステリーの先駆的作品と呼ばれ、この作品を機に清張ブームが沸騰する。意外なことにテレビドラマ化は、'07年の一度だけ。しかし、主演を務めたビートたけしのインパクトもあって、読者の多くが票を投じた。この作品の脚本を手がけたのも竹山さんだ。

「この作品に出演した市原悦子さんは、たけしさんと共演することをとても楽しみにしていました。どんな芝居をされるのか興味津々だった。後日、市原さんに感想を聞くと、彼の『何にもしないうまさ』をしきりに話していた。何もしないことはなかなかできない。そう彼女は舌を巻いていた」

 そして、3位に名を連ねたのは、「魔性の象徴的女性像」(50代女性)、「女性が権力のある男性を手玉にし、のしあがっていくところ」(40代女性)と、多くの女性票を集めた風俗サスペンスの名作『黒革の手帖』だ。

「米倉涼子の悪女っぷりがよかった」という声が多いように、今作は女優・米倉涼子の魅力が炸裂。銀行のお金を横領した後、夜の世界でのし上がっていく主人公・原口元子を演じたことで、強く、したたかで、蠱惑的な女優として確固たるポジションを築く。

 竹山さんは、「悪女を演じると、女優さんというのは演技がうまくなる」と指摘する。

「したたかさや強さといった内面性や多重性が、役柄に自然に乗っかってくる。映像化される清張先生の作品に、悪女ものが少なくないのは、女優との相性がよいという一面もある」

「一皮も二皮もむける」

 たしかに、このランキングでも、妻の育児放棄と逆らえない夫の苦悩を描いた短編小説『鬼畜』が7位に。保険金殺人の容疑をかけられる毒婦の波乱を綴った推理小説『疑惑』が8位という具合に、悪女ものの支持は厚い。

「私が脚本を担当した『鬼畜』('17年)では、育児放棄する梅子役を常盤貴子さんに演じてもらったのですが、驚くほど演技がうまかった。原作がよい、そして手前みそだけど脚本がよいと、清張作品は女優を輝かす力を持つ」

 また竹山さんは、『疑惑』の脚本を3度('03年/'09年/'19年)も担当。その都度、各女優が演じる“北陸一の毒婦”こと白河球磨子(通称:鬼クマ)に魅せられたとも。

「'09年版では球磨子を沢口靖子さんに演じてもらった。彼女は、私が脚本を担当した大河ドラマ『秀吉』で良妻賢母のねねを演じた。だからこそ、悪女である球磨子を演じたらどうなるんだろうと(笑)。『科捜研の女』(テレビ朝日系)のイメージが強いですが、沢口さんの球磨子を見たら、彼女の演技の豊かさに驚くと思いますよ」

'19年版では、球磨子を黒木華が、球磨子の弁護士を米倉涼子が演じ、話題を呼んだ。

「脚本完成後、米倉さんは球磨子を演じてみたくなったと聞いたことがある。黒木さんは、とても素晴らしい球磨子を演じてくれた。一方、米倉さんが球磨子を演じるとどうなるのか。そういう想像を膨らませることができるのが、『疑惑』の魅力でしょう」

 歴代の名だたる女優たちが演じてきた『疑惑』。だが、今なお脳裏に焼きついているのは、映画版の桃井かおり(球磨子)と岩下志麻(弁護士)という人も多いかもしれない。桃井が岩下の白いスーツに赤ワインをかけるシーンは、映画史に残るシークエンスだろう。

岩下志麻と桃井かおり

 悪女ではないものの、4位『ゼロの焦点』、5位『けものみち』、9位『天城越え』、同率10位『霧の旗』も、多重性のある女性が物語の核となる清張作品だ。『ゼロの焦点』は、GHQ占領下の特殊な状況に起因する悲劇を、『けものみち』は道なき道に迷い込んだ薄幸の女性の顛末を─、どん底から、あるいは過去から脱却しようとする女性を描いている。

 女優の演技がうまくなる、そう先述した竹山さんは、続けて「清張作品を演じると、清純派のイメージから抜け出すではないが、一皮も二皮もむける」と評す。

 例えば、'82年『けものみち』の名取裕子、'09年『ゼロの焦点』の広末涼子、さらには'17年『黒革の手帖』の武井咲というように、それまでのイメージからはあまり想像できないキャスティングが目立つのも清張ドラマの特徴。

 実際、名取裕子は、この作品を機に状況が一変し、女優として開花。余談だが、映画・テレビドラマ合わせ、計17本もの清張作品に出演したことから「清張女優」と呼ばれるまでになる。清張作品は、若手女優飛躍の場─。では、いま悪女を演じさせたら誰が面白いか? 竹山さんはこう考える。

「今田美桜さんや本田翼さんは絵になりそう。今田さんの『黒革の手帖』、本田さん演じる球磨子の『疑惑』は見てみたい。というか、私が脚本を書きたいくらい(笑)」

 

本田翼と今田美桜

 これまで何度も清張作品の脚本を書いてきた竹山さんだが、“ネタ切れ”はないのだろうか。

松本清張はいつの時代も必要な存在

「原作がある場合、脚本というのは作家の精神性と付き合う作業。清張先生は奥行きが深く、文学として完成されている。ですから、とても向き合い甲斐があって、飽きないんです。『ここまで脚色したら怒るかな?』とか、そういうことを想像できる原作のほうが面白い」

 何より松本清張は、「人間を描いている」と竹山さんは語る。

「『熱い空気』ではチフス菌が登場しますが、今リメイクするなら新型コロナウイルスに置き換え、家庭の内幕を暴く話にすることもできる。清張作品が時代を超えて、何度もドラマ化されるのは、時代が変わっても、人間は変わらないからですよね」

名取裕子と広末涼子

松本清張が大衆から愛される理由。それは学識を要するような高尚な話以上に、その時代を生きる人間の本能、苦悩、葛藤、欲望をあぶり出しているからにほかならない。

清張先生のほとんどの作品は、地獄のような状況を描いている。その地獄の中で、人間はどうやって生きていくのか。のたうち回る人間の姿を描いているから、私たちは見たくなる。清張作品は、刺殺といった加害描写が少ない。かわりに、毒殺や自死、事故(に見せかけるケースも)が多い」

「地獄の底が深い」と竹山さんは、松本清張の魅力を語る。

「今後も清張作品は映像化されていくでしょう。ですが、器だけを変えても意味はない。その時代の人間の情念や苦悩を描かないと、清張先生の“重さ”は響かない。人間が生きていく以上、松本清張はいつの時代も必要な存在だと思います」

 かつては老若男女が読みふけっていた松本清張。娯楽が増え、どこか上っ面の雰囲気が漂う今こそ、重さを求めて、松本清張を読み直すタイミングかもしれない。

お話を伺ったのは脚本家・竹山洋さん

脚本家・竹山洋さん

 

たけやま・よう 1946年、埼玉県生まれ。早稲田大学文学部卒業。テレビ局演出部を経て、脚本家に。主な作品に、連続テレビ小説『京、ふたり』、大河ドラマ『秀吉』、映画『四十七人の刺客』ほか多数。松本清張ドラマスペシャルを数多く手がけることでも知られる。紫綬褒章受章(2007年)、旭日小綬章受章(2017年)。

 

 

◆松本清張作品 ランキング◆

(掲載された媒体/おもな映像化作品と出演者)

1位『砂の器』280票
1960年・読売新聞夕刊
・松竹映画(1972)/丹波哲郎、加藤剛、森田健作
・TBS系(2004)/中居正広、松雪泰子

2位『点と線』229票
1957年・旅
・東映映画(1958)/南広、高峰三枝子
・テレビ朝日系(2007)/ビートたけし、高橋克典

3位『黒革の手帖』226票
1978年・週刊新潮
・テレビ朝日系/山本陽子(1982)/米倉涼子(2004)/武井咲(2017)

4位『ゼロの焦点』62票
1958年・太陽
・東宝映画(2009)/広末涼子、中谷美紀
・NHK(1994)/斉藤由貴

5位『けものみち』37票
1962年・週刊新潮
・東宝映画(1965)/池内淳子、池部良
・NHK(1982)/名取裕子、山崎努

6位『わるいやつら』19票
1960年・週刊新潮
・松竹映画(1980)/松坂慶子、片岡孝夫
・テレビ朝日系(2007)/米倉涼子、上川隆也

7位『鬼畜』17票
1957年・別冊文藝春秋
・松竹映画(1978)/岩下志麻、緒形拳
・日本テレビ系(2002)/ビートたけし、黒木瞳
・テレビ朝日系(2017)/玉木宏、常盤貴子

8位『疑惑』16票
1982年・オール讀物
・松竹映画(1982)/桃井かおり、岩下志麻
・テレビ朝日系(2009)/沢口靖子、田村正和
・テレビ朝日系(2019)/米倉涼子、黒木華

9位『天城越え』11票
1959年・サンデー毎日特別号
・松竹映画(1983)/渡瀬恒彦、田中裕子
・TBS系(1998)/田中美佐子、二宮和也

10位『霧の旗』8票
1959年・婦人公論
・東宝映画(1977)/山口百恵、三浦友和
・テレビ朝日系(2014)/堀北真希、椎名桔平

10位『眼の壁』8票
1957年・週刊読売
・松竹映画(1958)/佐田啓二、鳳八千代
・WOWOW(2022)/小泉孝太郎、上地雄輔
その他/『張込み』『波の塔』『黒い空』『日本の黒い霧』『地方紙を買う女』など

調査:Freeasy
時期:2022年4月25日
回答数:1000件 45歳以上の男女
方法:WEBアンケート 2作品について回答
※有効回答のみで集計


取材・文/我妻弘崇