黒島結菜

 “新人女優の登竜門”とも呼ばれた『NHK連続テレビ小説』、通称“朝ドラ”。時代の流れの中、視聴スタイルが変化しつつも注目を集め続け、現在放送中の106作目となる『ちむどんどん』は“朝ドラ”王道の魅力が満載。歴代の作品を振り返りながら、芸能評論家の宝泉薫がその魅力を語り尽くす!

朝ドラとは見る「少女マンガ」である

 NHKの朝ドラ『ちむどんどん』。その魅力は、本来の朝ドラらしさにある。いわば、ファンタジーとしての明るさ、わかりやすさを満喫できるのだ。

 その点、前作『カムカムエヴリバディ』('21年11月~'22年4月)は攻めた朝ドラだった。3代のヒロインで100年を描くという、大河ドラマのような構成。これに対し『ちむどんどん』の小林大児チーフプロデューサーは、

「100年を描くより、50年を描くほうが倍くらい細かく、一見どうでもいいことも描ける」

 と、発言。また、脚本を手がける羽原大介も「王道の朝ドラ、1人の女性を少女時代から描いていく朝ドラに挑戦したい」と語っていた。

 そんな王道っぽさがよく伝わってきたのが、第4週の料理対決だ。ヒロインの暢子が料理部の助っ人として、高校生の料理大会に出場する。

 その展開はというと─。美人でお嬢さまのライバル出現に、主催者サイドのライバル側への忖度による、人通りの少ない場所へのブース移動という妨害工作。部員の致命的失敗、シークワーサーの実を食べて別の料理を思いつき、大逆転して、料理人になることを決意、というものだ。

 致命的失敗をする部員がメガネのぽっちゃりキャラといういかにもなタイプだったことから、ネットでは「ベタな少女マンガかよ」といったツッコミも飛び出した。

 が、それこそがこの朝ドラの狙いでもあるだろう。前出の羽原は執筆にあたって「アメリカ文学の『若草物語』を参考に」したという。少女マンガはまさに『若草物語』や『赤毛のアン』といった欧米の少女小説の影響下で出発した。実は朝ドラも「連続テレビ小説」という正式名称が示すように、もっぱら女性が楽しめるような「テレビで見る物語」として定着してきたのだ。

 それゆえ、朝ドラと少女マンガには似た定型がある。おてんばなヒロインが恋をしたり、夢を探したりしながら、困難を乗り越え、明るくたくましく生きていくというものだ。

 例えば『あさが来た』('15年9月~'16年4月)のヒロインの木登り好きには『はいからさんが通る』が連想されたし『ちゅらさん』('01年4月~9月)のヒロインがナースになる展開は『キャンディ・キャンディ』(・はハートマーク)を思い出させた。

おしんが7歳で奉公に出るシーンでは、父・作造がおしんを追って泣き崩れる姿に視聴者は涙を

 朝ドラの最高峰というべき『おしん』('83年4月~'84年4月)からして、壮大な少女マンガだったともいえる。それこそ「困難を乗り越え」的要素ばかりが語られがちだが、娘時代には意に沿わない見合い話を台無しにしたり、奉公先のお嬢さまと友情を育んだり、初恋相手への思いに揺れ動いたりもする。最終回が、その初恋相手とともに海辺を歩くところで締めくくられるのも、かなり少女マンガっぽい着地だ。

 そんな視点で『ちむどんどん』を眺めてみると、前出の料理対決以外にも少女マンガ的な定型を発見できる。ヒロインの姉が心を通わせ合う男性との仲を、恋敵に邪魔されたり、金持ちのボンボンに勝手に恋をされ結婚させられそうになったり。ヒロインの妹が幼いころから思いを寄せる男性は、実はヒロインを好きだったりもする。

 何より注目すべきは、ヒロインに黒島結菜を起用したことだ。彼女ほど少女マンガ的な「冒険」が似合う若手女優はいない。代表作のひとつ『アシガール』(NHK総合)は同名の少女マンガが原作で、足が速いことが取り柄の女子高生が戦国時代にタイムスリップ。城主の若君に恋をしてその「足軽」となり、現代と行き来しながら若君を助けるために頑張り、両思いになっていく物語だ。

 彼女は昨年のスペシャルドラマ『流れ星』(NHK BSプレミアム)でも主人公とともにタイムスリップする魔法使いを演じた。時空を超えるような役を自然にこなせる才能の持ち主なのだ。

 第6週から始まった『ちむどんどん』東京・鶴見編でも、沖縄から上京して、都会の景色や文化に驚き、それでいてすぐに溶け込んでいく姿を生き生きと演じている。四次元の移動も得意なのだから、三次元なんてお手のものという感じだ。

 こうした才能こそ、この朝ドラが彼女をヒロインに選んだ最大の決め手だろう。実は朝ドラにおいて「移動」は重要なテーマなのだ。

朝ドラとは「異世界」への旅である

 朝ドラのヒロインは、ちょくちょく移動する。よくあるのは、田舎で育った少女が東京や大阪といった都会に出ていくパターンだ。1年間の放送だった『おしん』などは山形の農村から酒田、東京、佐賀、伊勢へと移動した。

 これは物語を劇的にするだけでなく、全国津々浦々、田舎でも都会でも楽しめるようにという朝ドラならではの工夫のあらわれだろう。その結果、視聴者は旅を疑似体験できる。大げさにいえば、異世界との遭遇だ。

 しかも今回、メインの舞台は沖縄。かつて『ちゅらさん』をヒットに導いた朝ドラ向き(?)の土地だ。沖縄以外の人にとっては、食や言葉、大自然、そこに住む人たちのキャラクターなど、さまざまなポイントで旅情をかき立てられる土地でもある。

 また、食べることが大好きなヒロインが料理人を目指す物語とあって、第5週までの沖縄編では現地のおいしそうな料理がふんだんに紹介された。東京・鶴見編では、そこに洋食のハイカラな料理も加わることに。各週のタイトルも「悩めるサーターアンダギー」「フーチャンプルーの涙」など、食べ物絡みで統一されている。

『マッサン』ではウイスキーがヒロインと大きく関わった

 実は食べ物というのも朝ドラ向きの素材のようで、この10年間にも『ごちそうさん』('13年9月~'14年3月)『マッサン』('14年9月~'15年3月)『まれ』('15年3月~9月)『ひよっこ』('17年4月~9月)『まんぷく』('18年10月~'19年3月)『カムカムエヴリバディ』が食べ物(や飲み物)をテーマに取り入れてきた。

 また、100作記念の朝ドラ『なつぞら』('19年4月~9月)は沖縄同様、旅情を誘う土地である北海道を舞台にヒロインが育まれる。牧場での乳しぼりや、その牛乳で作られる食べ物などが効果的に使われた。北海道編が人気だった分、東京編はやや失速したとまで当時はささやかれたほどだ。

 その点『ちむどんどん』の東京・鶴見編では、沖縄での話や景色もちょくちょく挿入されている。朝ドラの王道感を大事にしたい姿勢が随所に見られるのである。

 なお、視聴者が旅を疑似体験できるかどうかはキャストにも左右される。

 今回、ヒロインの黒島は沖縄出身で、姉役の川口春奈は長崎の五島列島、妹役の上白石萌歌は鹿児島の出身だ。ほかに沖縄出身者としては、母役の仲間由紀恵や語りのジョン・カビラ、主題歌の三浦大知、姉の恋敵役の松田るか、ヒロインのライバル役を演じた池間夏海がいて、沖縄的なキャラと成功の象徴というべき具志堅用高も、兄が世話になるボクシングジムの会長として登場した。

 また、ヒロインの黒島が沖縄出身であることには別の効果もある。朝ドラがなぜ、田舎の少女を都会に移動させることを好むかといえば、「成長物語」を面白くする転機となるからだ。『ちむどんどん』においてはそこが黒島本人の成長物語とも重なるのである。

 ヒロインが東京の料理の世界で成長していくように、黒島もまた、東京の芸能界で成長してきた。彼女は生まれ故郷について、

「今はコロナ禍で気軽に(帰ること)は難しくなってしまったんですけど、前までは2日休みがあったら1泊だけでも沖縄に帰って海を見て家族に会って東京にまた戻ってくるみたいなこともあったりして。沖縄はつらいことがあったら帰ってリセットする場所になっていますね」

 と、語っている。これは、ヒロイン・暢子とも重なる思いだろう。このシンクロぶりは、朝ドラ本来の感覚も呼び起こす。そう、ヒロインを演じる若手女優、いわゆる“中の人”の成長を見守るという醍醐味だ。

朝ドラとは女性たちの「成長物語」である

 かつての朝ドラでは。ヒロインに新進女優が抜擢されることが多かった。『澪つくし』('85年4月~10月)の沢口靖子、『純ちゃんの応援歌』('88年10月~'89年4月)の山口智子、『ひまわり』('96年4月~10月)の松嶋菜々子などなど。これらの作品では、物語の進行とともにヒロイン女優の成長を見守るという楽しみも大いに味わえた。

 ところが、最近は人気実力ともにある程度できあがった女優がヒロインになることが多い。黒島もそうだ。ただ、彼女なりの成長物語もある。『マッサン』ではヒロインの娘の友達を、『スカーレット』('19年9月~'20年3月)ではヒロインの夫と不倫っぽくなる弟子を演じている。このことを覚えている視聴者は、彼女がいよいよヒロインを、それも彼女自身とシンクロするような役をどう演じるのか、感慨深く見守れるのではないか。

 ではなぜ、できあがった女優のヒロイン起用が主流になったかといえば、そのほうが安定した数字や仕上がりが見込めるからだろう。そこには、かつてのパターンが飽きられたこととともに、もっと重いものや難しいものをやりたいという制作側の気持ちの変化も影響している。

 その転機となったのが『カーネーション』('11年10月~'12年3月)だ。ヒロインの不倫を描くなどリアルな踏み込み方で熱心なファンを生んだが、画面の暗さや言葉遣いの荒っぽさが批判もされた。

 その後も『エール』('20年3月~11月)で陰惨な戦争を表現したり『おかえりモネ』('21年5月~10月)で震災のトラウマを掘り下げたり。かと思えば『あまちゃん』('13年4月~9月)のように1980年代のパロディーで話題をさらった作品もある。

細かいパロディーをちりばめた宮藤官九郎の脚本が“ドラマ通”にウケた『あまちゃん』

 これらは「攻めた」朝ドラともいえるが、個人的には「ドヤ顔」朝ドラと呼びたい。すごいものを作っているだろう、という制作側の思惑が透けて見え、ちょっと鼻についてしまうのだ。

 『カムカムエヴリバディ』もそうだった。女性3代100年を複雑な構成で描き、エピソード回収にこだわり、英語セリフでは字幕も多用。制作統括の堀之内礼二郎は、この作品について「展開は3倍速で進むというより、3倍濃いと思って見ていただけたら」として、こう語っていた。

「忙しい時間に流れる朝ドラは、何かをしながらでも耳で聞けばわかるように作るべき、という考え方もあります。ただ今作は“ながら見”ではなく、ちゃんと手を止めて見てくれる方を第一優先として、そういう方に恥ずかしくない作品を作ろうとしています」

 一方、前出の小林CPは『ちむどんどん』について、

「朝ドラは、15分間で息も切らせぬテンションで描くサスペンスフルなドラマでもないですし、それが求められてもいないと思う。毎朝気持ちよく、1人の主人公に感情移入していくというのが見やすいのです」

 と発言。前出の羽原も、沖縄人が受けた差別などがあまり描かれない物語展開について、

「平日の朝8時から見てもらう番組は負の歴史ではなく、その時代をたくましく生きた家族を通して、今のお茶の間が元気になってくれる話を作ろうとテーマを決めた」

 という説明をしている。

「ドヤ顔」系の朝ドラは「したり顔」のドラマ通には支持されやすいが、朝ドラの視聴者はそういう人ばかりではない。また、重いものや難しいものを入れすぎると、ファンタジー性が妨げられるという問題もある。朝ドラはさまざまな人が気軽に楽しめる夢物語でいいのでは、ということを再認識させてくれるのが『ちむどんどん』なのだ。

 ところで現在、朝のアーカイブ枠(NHKBSプレミアム)では『芋たこなんきん』('06年10月~'07年3月)が再放送中だ。当時47歳の藤山直美がヒロインを務め、少女時代の自分を回想するミニドラマが随所に挿入される二重構造の手法が注目された。

 この手法はまた、朝ドラが長年愛される理由を考えるヒントにもなりそうだ。それは、大人になった女性視聴者がヒロインの奮闘に昔の自分を思い出し、若い気持ちに戻れたりする、朝ドラはそんなひとときだということ。

 そういう意味で『ちむどんどん』がヒロインを含めた三姉妹の若々しい葛藤に焦点を当てているのも、朝ドラらしいといえる。それでこそ、視聴者も自分の成長物語を重ねたりして、ちむどんどん(わくわく)できるわけだ。

 朝ドラとは、昔の自分にかえるためのファンタジー。『ちむどんどん』にはそんな魅力があふれている。

芸能評論家・宝泉薫(ほうせん・かおる)アイドル、二次元、流行歌、ダイエットなど、さまざまなジャンルをテーマに執筆。近著に『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)『平成の死 追悼は生きる糧』(KKベストセラーズ)