市川海老蔵

「コロナ禍により延期となっておりましたが、このたび、十三代目市川團十郎白猿を襲名し、歌舞伎座において御披露申し上げる運びとなりました」

 5月31日、市川海老蔵はメディアに対して、今年11月と12月に待望の襲名披露公演を歌舞伎座で行うことを発表した。

「4月に行われた囲み取材で尾上菊五郎さんが“今年、團十郎が誕生しそうだ”と漏らしましたが、そのとおりになりましたね。発表の前日にあたる5月30日には、客席を1席ずつ空けるといったこれまでの感染対策をやめて、花道横を除く全座席が販売されることも告知されました。5か月後の一大イベントに向けて盛り上げていこうという松竹の思いを感じます」(スポーツ紙記者)

 400年続く歌舞伎界の名門『成田屋』の大名跡である團十郎。9年ぶりの復活に色めき立つ梨園だが、不安の声も聞こえてくる。

「本来であれば、團十郎襲名は『團菊祭』が行われ、成田屋とも縁が深い5月に開催するのがセオリーなのに、縁もゆかりもない11月に開催するというのは意外でした。新型コロナウイルスの状況も目まぐるしく変わっていますからね。再延期になってもおかしくありません……」(梨園関係者)

片岡仁左衛門、坂東玉三郎らの“海老蔵評”

 どうやら松竹には、年内に行わなければならない理由があるようだ。

松竹の経営状況があまりよくないんです。コロナ禍で演劇事業が低迷して'20年・'21年と2年連続の赤字ですからね。今年度の'22年度は何とかして黒字着地させないと株主も納得しません。もし、襲名披露を来年5月に行った場合は、'23年度の決算に組み込まれてしまいますからね」(松竹関係者)

 慌ただしさの裏に垣間見える興行主側のやむにやまれぬ事情だが、別の懸念も浮かび上がってきている。

毎年12月は京都の南座で“顔見世興行”があるのですが、これは関西方面の歌舞伎役者にとって疎かにできない大事な興行。日程が海老蔵さんの襲名披露と重なることも想定されますが、片岡仁左衛門さんらの関西勢の役者さんたちが南座での舞台を理由に出演しないかもしれません」(前出・梨園関係者)

片岡仁左衛門

 襲名披露公演は名のある役者たちの共演も魅力のひとつ。本来であれば、海老蔵のためにスケジュールを空けるという粋な計らいが見られそうなものなのだが……。

「仁左衛門さんや坂東玉三郎さんといった大御所クラスの役者さんは、そもそも海老蔵さんと共演したいとは思っていないでしょうから、出演を断る理由ができて都合がいいかもしれません」(同・梨園関係者)

 彼らの間に、いったい何があったのか。

大名跡を継ぐ域に達していない

「'10年に海老蔵さんが暴行事件に巻き込まれ、その被害者として急きょ入院したことがありました。当時、彼は京都での舞台に出演予定だったため、代役を仁左衛門さんが務めたのです。歌舞伎の品格を落とし、尻拭いまでさせられたことを今でも許していないといいます。玉三郎さんも海老蔵さんの素行の悪さにあきれていて“息子さんのほうが期待できる”と冗談めかしながら発言したこともあります」(同・梨園関係者)

 '20年5月に行う予定だった團十郎襲名披露公演でも、こんな一悶着が。

演者と演目が決まったのは本番の3か月前でしたが、これは、大御所たちが出演を渋るというボイコットのようなことが起きて、彼らを説得するのに時間がかかったためなんです」(同・梨園関係者)

 これまで“自由すぎる”振る舞いで数々のスキャンダルを起こしてきた海老蔵。今年に入ってからも義姉・小林麻耶からの暴露攻撃や女性との多重交際報道など、ネガティブな話題が絶えないため、周囲から敬遠されているのだろうか。

素行もそうですが、なにより海老蔵さんは古典歌舞伎に対する意識が低く、大名跡を継ぐ域に達していないと思われているんですよ。そのため、大御所たちは“時期尚早”と彼の襲名にあまり協力的でないんです」(同・梨園関係者)

 歌舞伎評論家の中村達史氏も海老蔵の技量不足に苦言を呈する。

「歌舞伎の演技には脈々と受け継がれる文法や型があり、そういったものを身につけなければいい古典は上演できません。しかし、海老蔵さんはそういった点を疎かにしていたため、彼と同世代の松本幸四郎さんや尾上菊之助さんと比較すると、古典に対する理解が少々下がるのは否定できません」

 海老蔵は5月に、お家芸である古典歌舞伎『暫』を演じているが……。

あれは豪快な演技が求められ“荒事”といわれるジャンルです。型を正確になぞることよりも多少粗削りでも勢いや力強さが魅力となる“フリースタイル”のようなものです。それは海老蔵さんの大きな武器として磨きつつ、團十郎として自由な演技だけでなく伝統的な芸も身につける必要があると思います」(中村氏)

 暗雲が漂い出した海老蔵の晴れ舞台。挽回のチャンスはあるのだろうか。

「襲名直前の舞台はこれまでの総決算であり、襲名後の活動に向けての意思表示のような意味合いを持ちます。『七月大歌舞伎』もですが、“海老蔵”として活動する間の舞台でうまく演じきれれば、先輩たちの心証も変わるかもしれません」(梨園関係者)

 一大イベントが“人気役者不在”の寂しい事態に陥ることだけは避けてほしい。

中村達史 歌舞伎評論家。歌舞伎学会に所属。歌舞伎やその他のジャンル含め、年間に50〜80公演ほどを観劇。主な著作に『若手歌舞伎』(新読書社)