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 生活が困窮した人を支える「最後のセーフティーネット」、生活保護。現役世代の受給が増える中、高卒後の進路が閉ざされた子どもたちがいる。生活保護を受けたままでは進学できない仕組みになっているからだ。貧困から抜け出すため、制度変更を求める切実な思いとは……。

生活保護世帯の高校生の進学

 生まれ育った環境によって受けられる教育や進路の選択肢が制限され、学力や学歴に格差が生じる教育格差。貧困を理由に教育格差が広がっているとして、生活保護を含む困窮世帯に対し、受験料や入学金を含めた進学への助成を求める声が上がっている。

 生活保護世帯の高校生の進学は厳しい状況にある。研究者やケースワーカーなどによる研究チーム『生活保護情報グループ』は、'21年3月時点の生活保護世帯の大学、短大、専修学校などへの進学率について調査を行った。その結果、進学率が最も高かったのは新潟県で49・2%。東京や大阪などの都市圏でも40%を超えた。最も低かったのは富山県で16・7%。そこへ三重県の17・8%、福島県の19・4%が続く。

 同調査では'19年度のワーストは山形県で16・7%、'20年度が長野県で11・1%だったことから、地域間の格差の広がりが見て取れる。

 大学などへの進学率は、生活保護世帯以外では75・2%に達している。一方、生活保護世帯では平均39・9%にとどまる。経済的な困難が進学をあきらめる要因になっていることがわかる。

 加えて、地方独自の事情もある。グループのメンバーでケースワーカーの経験者、篠田侑子さんは、

「都市部は、大学などが多いので自宅から通いやすい。でも地方の場合、1人暮らしをしなければなりません。それに伴う金銭的負担があり厳しいのが現状です」

 と話す。

 実際、大学進学をあきらめた若者は少なくない。北陸地方に住む村井夏紀さん(仮名=20代)もその1人だ。夏紀さんは生みの親と育ての親が違う。現在はシングルマザーである育ての親とともに、生活保護を利用しながら暮らしている。

 もともと、「大学に行き、学んでみたい」と考えたのは中学生のころ。理数系は苦手だったが、文系の成績は中程度。夏紀さんは好きな英語について、「高校だけでなく、大学でも学んでみたい」と思った。同時に、金銭面も心配だったため、調べ始めた。

「うちが生活保護だと気がついたのは、小学校の高学年のころ。学校での支払いや保険証がみんなと違っていたんです」(夏紀さん、以下同)

 生活保護受給者は保険証を持つことはできないが、医療費の補助制度があり、生活保護の受給証が発行される。それにより夏紀さんは、自分の家が生活保護世帯だと自覚することになった。

「調べていくと、生活保護世帯だと大学進学は難しいことがわかりました。でもこのころは、進学をあきらめたくないという思いがありました」

 高校進学に関しては現在、高校等の授業料を支援する制度がある。返済不要で、公立であれば授業料はかからない。私立も公立の授業料相当分は援助がある。通信制高校も支給対象だ。授業料以外にも教科書代や教材費、学用品費、修学旅行費などを軽減させるための奨学金がある。

 しかし受験に関しては、東京都以外はサポート不足だ。夏紀さんは高校1年まで学費が安い大学を探していた。担任は「国立は無理でも、頑張れば有名私大に入れるだろう」と言ってくれた。それなのに進学を断念したのは、学力の問題ではなく、家庭の経済事情が許さなかったからだ。

「大学を受けるには受験料だけでなく、最低でも交通費や宿泊費が必要になります。高校では進路指導で複数大学を受験するよう推奨していたこともあり、受験料だけでも負担が大きいと思いました」

 ただ、政府は生活保護法の改正によって'18年4月から、大学等に進学する際、「進学準備給付金」を設けた。進学先へ自宅から通う場合は10万円、自宅外の場合は、30万円が給付される。

「高等教育の奨学金制度が拡充されたことは評価できます。しかし、中身を見てみると、手続きがかなり大変。手続きする時期も決まっており、それを逃してしまうと給付を受けられません」(前出の篠田さん)

 さらに、夏紀さんには厳しい現実があった。大学に合格できたとしても、入学金や授業料を負担しなければならない。そのうえ生活保護法では、大学などへの進学を原則的に認めていない。進学するには生活保護を利用している親と同じ家に住みながら、子どもだけ生活保護の対象から外れる「世帯分離」をする必要がある。

 夏紀さんの場合、自宅から通える範囲に大学はなかった。進学費用だけでなく、引っ越し費用や住居費、生活費もかかることになる。

「部屋を借りるとなると、敷金や礼金も必要です。入学が決まれば、国から進学準備給付金が支給されますが、それだけではとうてい足りません。結局、進学をあきらめて就職しました」(夏紀さん)

 生活保護世帯の大学などへの進学率に関する前出の調査では、進学率の高い地域と低い地域の間には最大3倍の格差があった。こうした地域格差は「支援団体の数も影響している」(篠田さん)との指摘もある。

大学受験は「お金の戦い」という現実

 NPO法人『キッズドア』は、東京都と宮城県で生活困窮世帯を対象に学習支援を行っている。また、姉妹団体の認定NPO法人『キッズドア基金』を通じ、「受験サポート奨学金」や「進学応援奨学金」(いずれも1人5万円)を設け、受験生を支援した。

 また、「英検奨学金」と「新生活準備奨学金」を合わせて、'21年度は1380人に支給した。対象は8割以上がひとり親家庭で、ほとんどが母子家庭だ。こうした奨学金の情報は児童養護施設などで暮らす子どもにも届き、奨学金を受給する人が増えてきた。

「ただ、高校進学に伴い奨学金が出るケースは少ない。それがあるかどうかで、高卒後の進路にも影響してきます。コロナ禍では家計が急変し、受験や進学費用として蓄えてきた貯金を生活のために取り崩した家庭もありました。経済的理由で受験校の数を減らしたり、塾・予備校に通うのをやめた人もいます。入学金や授業料を理由に進学をあきらめてほしくありません」(キッズドア基金、以下同)

 奨学金の使い道は受験料や交通費、参考書、入学金が主。キッズドアでは奨学金を支給された受験生の8割以上が大学進学を果たしている。お礼の手紙も届く。

「奨学金を受給した子どもたちの半数は、受験した大学の数が1~2校でした。しかし一般的には5~6校を受験する高校生が多く、受験校が多ければ多いほど合格率も高くなる。“お金の戦い”という現実があります」

 同基金では、クラウドファンディングや寄付で運営をまかなっている。日本生命やゴールドマン・サックスなど企業の協賛を得た奨学金もある。しかし、希望者すべてに奨学金が行き渡るわけではない。そのため文科省に「大学進学機会の公平性確保」について、経済的支援や環境整備についての緊急提言を行っている。

「コロナ禍で経済状況が厳しくなっています。勉強スペースの確保など、大学受験の環境整備も必要です」

 さらに大学進学後、困窮状態に陥った場合にも制度の壁が立ちはだかる。前述のとおり、大学生の生活保護受給は原則的に認められていない。そのため当事者や弁護士が中心となり、大学生などが困窮したときにも受けられるよう制度の運用変更を求めるオンライン署名も展開されている。

 NPO法人『虐待どっとネット』代表理事の中村舞斗さんは署名サイトchange.orgで、自身の経験を明かしている。大学進学後、親から受けた虐待の後遺症で体調が悪化、アルバイトができなくなり困窮した。生活保護を受けようとしたが、相談した役所の窓口で「大学はぜいたく品です」と言われて絶望し、断念したという。

 家計の状況で、進学や学びの機会が左右されないことが重要だ。

都道府県別・生活保護世帯の高校生の進学率

トップ5

1位 新潟県 49.2%
2位 神奈川県 48.1%
3位 石川県、大阪府  47.4%
5位 広島県 47.3%

ワースト5

43位 滋賀県 20.7%
44位 福井県 20.0%
45位 福島県 19.4%
46位 三重県 17.8%
47位 富山県 16.7%

※研究チーム「生活保護情報グループ」の情報公開請求により開示された、厚労省資料をもとに作成。進学先は大学、短大、専修学校など('21年3月時点)

取材・文/渋井哲也 ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。若者の生きづらさ、自殺、いじめ、虐待問題などを中心に取材を重ねている。『学校が子どもを殺すとき』(論創社)ほか著書多数