『トップガン マーヴェリック』の公開を記念して来日したトム・クルーズ(2022年5月)

 公開2週目にして全世界興収700億円超え。トム・クルーズは個人記録を達成し、アメリカの観客の評価はA+と最高レベル。

 そんないいことずくめの『トップガン マーヴェリック』に、初めて悪いニュースが飛び込んできた。オリジナルの『トップガン』の原作となった雑誌記事の著者の遺族が、製作配給のパラマウント・ピクチャーズを著作権侵害で訴えたのである。

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 その事実だけ聞くと、映画が爆発的にヒットしたのを見て、急に欲が出たのだろうと思われるかもしれない。映画にしろ、音楽にしろ、何かが成功すると、「それは自分の作品の真似だ」と誰かが訴え出てくるという例は、過去にも何度もあった。だが、今回の場合は、もっと複雑なのである。

映画化権は1983年5月に取得

 エフド・ヨナイが書いた米海軍のエリートパイロットらについての記事『Top Guns』が『California』誌に掲載されたのは、1983年4月21日のこと。この雑誌は決して有名ではなかったものの、パイロットたちの人物像や私生活に迫り、飛ぶことをロマンチックに描いたヨナイの文章は、読んだ人の想像力を刺激した。

 とりわけスポットライトが当てられたのは、ヨギとポッサムと呼ばれるふたりの男たちの関係。これは映画になると見たパラマウントは、記事が出て間もない同年5月18日に早々と映画化権を取得した。ヨナイがこの記事の著作権登録をしたのは、そのおよそ半年後の同年10月3日だ。

 映画は1986年に公開され、世界中で大成功を収めた。だが、トム・クルーズ、プロデューサーのジェリー・ブラッカイマー、監督のトニー・スコットは、みんな超売れっ子になってしまい、いろいろなプロジェクトで忙しく、続編の話はなかなか進まなかった。

 ようやく動き出したと思うと、スコットが亡くなるという悲劇が起こり、再びストップとなる。そんな中でも、クルーズをはじめとする製作陣は正しいストーリーを探し続け、グースの息子を出してくるというアイデアをジョセフ・コシンスキーが思いつくと、急速に実現に向けて動き出した。撮影が始まったのは、2018年後半だ。

 だが、その少し前の2018年1月23日、ヨナイの妻と息子は、2020年1月24日をもって使用権を停止するとの手紙をパラマウントに出していた。アメリカの著作権法では、1977年以後の著作の場合、35年経てば、使用の権利を著作権保持者が取り戻せることになっている。ヨナイの遺族は、2年後にその権利を行使しますということをこの段階でパラマウントに伝えていたのだ。

「トップガン マーヴェリック」は19年公開予定だった

 それを受けてパラマウントがすぐにライセンス更新の話し合いをしていれば、こんなに面倒なことにはならなかっただろう。そうしなかったのは、この時パラマウントは『トップガン』続編を2019年7月12日に公開するつもりでいたからだ。

 権利が失効する段階ですでに完成していれば、問題にはならない。だが、空中のショットをより良くするため、ポストプロダクションに予定より時間をかけることになり、公開は2020年6月24日に変更される。その新たな公開日を待たずにパンデミックが世界を襲い、公開予定日はさらに何度か延期を重ねることになった。

 その間、遺族の要求に対する動きはないまま。ついに公開が目の前となった先月13日、しびれを切らした彼らは、公開停止を求める文書をパラマウントに送った。だが、それはもうサンディエゴでのプレミアも終わり、クルーズらがカンヌ映画祭に向かおうとしていた頃。今さら公開中止はありえないと、パラマウントはそのまま世界プロモーションツアーを続けた。そして今回の訴訟に至ったのである。

 この争いの大きな焦点のひとつは、ヨナイの記事が続編のベースにもなっているのかどうかということ。パラマウントは、あの記事はオリジナル映画のベースにはなったが、続編とは関係ないと主張する。

 一方で遺族は、続編にもオリジナルと同じ要素があると指摘。何より、ヨナイの記事がなかったら1986年の映画は存在しなかったのであり、そうなると続編も存在しないのだと、パラマウントの言い分を否定している。

 もうひとつは、使用権が失効する段階で映画が完成していたかどうかだ。パラマウントは、2020年1月24日の段階で映画は完成していたという。しかし遺族は訴状で、映画が完成したのは2021年5月8日だったと、具体的な日を挙げて反論している。

訴訟は厳しいものになりそう

 パンデミックで公開が遅れる中、2020年1月から2022年の5月まで、2年以上もの間、製作陣が本当にまったく映画に手を入れなかったのかどうかを証明できるかどうかは、大きなカギになるだろう。

 パラマウントにとってさらに頭が痛いのは、遺族側の弁護士を、この分野で名を知られたマーク・トブロフが務めることだ。彼はつい最近、「13日の金曜日」をめぐる著作権訴訟で勝訴したばかり。すご腕著作権弁護士を相手に裁判となり、訴訟が長引けば、3作目の製作もその分遅れる。

 人気アクションシリーズは、今日、メジャースタジオにとって最も大事なお宝だ。「3作目については今のところ考えていない」とブラッカイマーは語っていたが、2作目がこれだけヒットした今、スタジオが次を望んでいないわけはない。

 それに、ブラッカイマーは今78歳、クルーズも来月で60歳だ。焦ってがっかりさせられるものを作ってほしくはないが、前回のように36年もかける余裕は到底ない。それ以前に、この成功の後味をできるだけ悪くしないためにも、スムーズな解決が望まれる。


猿渡 由紀(さるわたり ゆき)Yuki Saruwatari
L.A.在住映画ジャーナリスト 神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。