松尾諭

《自分の情けない話は抵抗もなく書けるんですが、俳優はあまりパーソナリティをつまびらかにするべきではないのかなとも思っていました》

 Webのインタビューでそう語るのは松尾諭。NHK朝ドラ『エール』、映画『シン・ゴジラ』など、多くの作品で活躍する名バイプレーヤーだ。その半生を描いた同名のエッセイをドラマ化した『拾われた男』が、『NHK BSプレミアム』とディズニー公式動画配信サービス『Disney+』で放送・配信中。

「松尾さんのためなら」と豪華キャストが集結

「俳優を目指して、金もツテもないまま関西から上京。オーディションに落ち続けるも、道端でたまたま拾った航空券が縁で芸能事務所に“拾われ”て、夢をつかんでいく……というストーリーです」(テレビ誌編集者)

 航空券を拾ったことで芸能事務所に所属する……という作中のエピソードは、20年以上前の松尾の実体験。彼と運命的な出会いを果たした所属事務所の会長・花村ひろ子さんは、当時をこう振り返る。

「警察署からの電話で航空券を落としたことに気づいて、拾い主の彼から直接受け取ることになったんです。会った際に“劇団のオーディションを受けに東京に来た”と言うので顔を見てみたら、減りつつある貴重な日本男子顔。存在感がいいなと思い、後日、事務所に連れていきました」

 花村さんが会長を務める芸能事務所は、日本初のモデルクラブで、所属していたのもモデルばかり。事務所スタッフは驚いたという。

「その前にも私が俳優を何人か所属させていたのですが、社内会議で“もう1回ビジュアル重視の採用に戻そう”と決まった直後に松尾を連れてきて……(笑)。スタッフはみんな困惑していましたね」(花村さん、以下同)

 ドラマ版では松尾をモデルにした主人公を仲野太賀が、兄役を草なぎ剛が演じているが、それも松尾の人徳によるものだそう。

「意外かもしれませんが、松尾は周りから可愛がられるタイプ。今回のドラマも豪華なキャストがそろいましたが、その中には“松尾さんのためなら”と参加してくださった方たちがたくさんいるんです」

常に“自分”を持っている

 ドラマでは夏帆が演じ、ドラマチックなその半生をエッセイという形で“拾った”担当編集者の浅井茉莉子さんは、松尾との出会いをこう語る。

「共通の知人である樋口真嗣監督の会で会いました。松尾さんの記憶では私が頼んだことになっているのですが、私は松尾さんが“何か書きたい”とおっしゃったと記憶しています。その後いただいた原稿が面白かったので、ウェブサイトでの連載を提案したところ快諾してくれました」

 松尾が引き寄せるのは運だけではないようだ。

「相手の職業は関係なく、子どもから大人まで誰にでも分け隔てなく、親しみを持って話してくれるんですよね。そんなキャラクターだからこそ、いろんな人を巻き込んで、盛り上げていくことができる。連載中から“ドラマになったらいいね”と話していましたが、実現したのは松尾さんの引き寄せる力あってこそだと思います」(浅井さん)

 その“愛され力”は学生時代から発揮されていた。高校時代の担任だった白川淳哉先生が振り返る。

『拾われた男』の表紙。絵も松尾諭が手がけた(表紙をクリックするとAmazonの商品ページにジャンプします)

「人とのつながりを大切にしていて、いつも明るい雰囲気で笑顔が多かったです。俳優として“三枚目”的な印象がありますが、高校生のときから変わっていませんね」

 その強運もあり、俳優になる夢をつかみ取ったが、高校の同級生で、ラグビー部に所属していた中井健二さんは、

「試合では相手チームに対して身体を張ってタックルにいくなど貢献していました。周囲の期待を裏切らず、困難にも踏ん張ることができるタイプなので、みんな信頼していました」

 同じく、高校時代に担任だった井上宏先生も「人に合わせるのではなく、常に“自分”を持っています。『拾われた男』も“あの高校生がこんなふうに成長したんだ”と面白く読ませてもらいました」と、恩師や同級生も松尾の人となりを絶賛。

 誰からも愛される人間力と強い信念を持っていたからこそ、その才能がきちんと“拾われた”のかも!