「オミクロンにかかった人でもまたかかる」「ワクチンが効かない」と言われるBA.5を相手に、私たちはどう対抗したらいいのでしょうか

 オミクロン株の新たな派生系統「BA.5」が、日本に第7波を運んできた。8月初旬にも「BA.2」系統から完全に置き換わる見通しだという。

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 新型コロナ新規感染者数はこの2週間で激増、7月14日には4カ月ぶりに1日あたり5万人を上回った(厚労省)。東京都でも、7月12日に4カ月ぶりの1万人を超え、警戒レベルが「最も深刻」へと引き上げられた。

「オミクロンにかかった人でもまたかかる」「ワクチンが効かない」と言われるBA.5を相手に、私たちはどう対抗したらいいのだろう。

「前にかかった人」も「打った人」も感染する

 医療現場に再び緊張感が戻ってきた。私のクリニックでも陽性率が50%を上回る日もある。

 愕然とするのは、追加接種まできちんと打った人たちからも、陽性者が続々と出てくることだ。

 再感染もある。デルタ株やそれ以前の株のみならず、オミクロン株の初期系統「BA.1」や派生系統「BA.2」からの回復者でも、BA.5に感染するケースが後を絶たない。

 BA.5は「免疫逃避」が起きやすい、というのは本当らしい。

 免疫逃避とは、過去の感染やワクチン接種によって獲得した「中和抗体」の攻撃を、ウイルスが実質的にかわしてしまうことだ。つまりBA.5は、過去の感染やワクチンによって得た免疫の“顔認証システム”をすり抜ける術を、より発達させているようだ。

 中国からは5月の時点で研究報告があった。シノバック製ワクチン(不活化ワクチン)3回接種者と、ワクチン接種後にBA.1感染を経験した人の血液を使って調べたところ、BA.4とBA.5は、BA.2よりも強力な免疫逃避を示したという。

『New England Journal of Medicine』に掲載されたハーバード大学の最新論文でも、BA.4とBA.5が過去の感染やファイザー製ワクチン接種による免疫を大幅に回避する、という研究結果が示された。

 ファイザー製ワクチンを3回接種完了したか、過去にBA.1やBA.2に感染した27人の血液を調べたところ、BA.4・BA.5に対する中和抗体反応は、パンデミック初期の新型コロナウイルス(アメリカで見つかった従来株)の約20の1にすぎなかった。BA.1およびBA.2と比べても約3分の1にとどまった。

 感染経験者であっても、また現行のワクチンをさらに追加接種したとしても、BA.5感染を避けられる可能性は従来株と比べてかなり下がると言わざるを得ない。

感染力はデルタ株の4倍?

 それでもここへ来て政府は、追加接種の対象者の拡大を発表した。3回目接種に5~11歳の児童を、高齢者と重症化リスクの高い人に限られていた4回目接種に医療従事者と高齢者施設職員を、それぞれ含める方針という。

 楽観的だった政府も、感染者の急増ぶりに危機感を持ったようだ。

 そもそもBA.5 はどのくらい警戒すべきものなのだろうか? 初期オミクロン株であるBA.1も感染力は高いと言われていたが、BA.1とBA.5はそんなに違うのか。

 多くの論文を網羅的に調べた研究では、BA.1は基本再生産数(免疫のない集団で1人の患者から何人に感染が広がるか)8.2でデルタ株の3.5倍、実効再生産数(感染が既に広がっている集団で1人から何人に感染が広がるか)3.6でデルタ株の2.5倍だった。

 BA.1から派生した「BA.2」系統では、感染力がさらに上がった。国内の研究でも、BA.2の実効再生産数はBA.1の1.4倍と報告されている。

 それをさらに上回るとされるのが、BA.5だ。国立感染症研究所によれば、東京都のデータに基づくBA.5の実効再生産数は、BA.2の約1.27倍だという。

 単純に計算してしまえば(かなり乱暴で正確とは言えないのだが)、初期のオミクロン株と比べてBA.5では、1.4×1.27≒1.78倍、デルタ株と比べれば1.78×2.5=4.45倍も人にうつりやすいことになる。

 しかも東大医科学研究所の研究からは、BA5ではBA.1より重症化しやすい可能性も示された。

 BA.4・BA.5に感染したハムスターの肺周辺のウイルスレベルは、BA.2感染ハムスターと比べて3日後で5.7倍に上り、5日後でもまだ4.2倍も高かった。肺周辺のウイルス量も多く、BA.2よりも肺に効率的に広がることが示唆された。

「従来ワクチンで追加接種」は意味がない?

 このように「感染性が高く」「重症化しやすい」BA.5を前にして、私たちに今できることは何か。

 それは、今打てるワクチンを、打てる人から打っていくことだ。

「BA.5は今のワクチンを打ってもかかるんだから、意味ないでしょ?」と思われるかもしれないが、そんなことはない。

 ワクチンによって誘導されるのは、抗体による免疫(液性免疫)だけではない。

 免疫システムには、感染した細胞ごとウイルスを排除するリンパ球「キラーT細胞」も存在する(細胞性免疫)。抗体が時の経過とともに減少したり、ウイルス株が変異を繰り返したりしても、この働きは一定以上に維持されている可能性が指摘されている。

 国立感染症研究所はBA.1に関して、「抗体と比較すると、オミクロン株に対する細胞性免疫の減弱は限定的」で、「感染回復者やワクチン接種者では、武漢株に対して反応するT細胞のうち、少なくとも70%以上がオミクロン株に対しても応答する」としている。

 BA.5 に関しても、細胞性免疫の活躍をある程度は期待できると見ていい。

 細胞性免疫は特に、重症化を防ぐのに役立っていると考えられる。かかりやすいうえに肺で増殖するBA.5だからこそ、これまでのオミクロン株(BA.1やBA.2)以上にワクチンで細胞免疫の誘導をスムーズにしておき、重症化を防ぐ必要がある。

「オミクロンに対応したワクチンを開発中だったのでは? それを待ちたい」という声もあるだろう。

 オミクロン株は、出現当初(BA.1)から、免疫逃避を促す変異が指摘されていた。そこで免疫の“顔認証データべース”にオミクロン株の情報を追加した「オミクロン・ワクチン」の開発が急がれた。

 昨年12月の時点でファイザー社は、オミクロン・ワクチンを今年3月には供給できるとしていた(ウォールストリート・ジャーナル)。モデルナ社も、数カ月のうちに大規模製造が可能との見解だった(フィナンシャル・タイムズ)。

 この見立て通りにはいかなかったようだが、現在、両社ともほぼ完成にこぎつけている。

「オミクロン・ワクチン」はBA.5に効くのか?

 モデルナ社は6月8日に、治験中のオミクロン・ワクチンを参加者800人以上に追加接種(4回目)として50マイクログラム投与したところ、オミクロン株(BA.1)に対する中和抗体が8倍に増えたことを発表した。

 ファイザー社も6月25日、治験対象者1234人にオミクロン・ワクチンを30マイクログラムもしくは60マイクログラム接種したところ、BA.1に対する中和抗体がそれぞれ13.5倍と19.6倍に増加したと発表した。

 また、同社は従来ワクチンとオミクロン対応ワクチンを混合した2価ワクチンの開発も進めており、BA.1に対する中和抗体はそれぞれ9.1倍と10.9倍の増加となったという。

 ただ、この数カ月間にもウイルスは変異を続け、主流はBA.1からBA.2へ、そしてさらに強力な免疫逃避を示すBA.5へと置き換わった。

 6月30日、アメリカFDA(食品医薬品局)はワクチンメーカーに対し、BA.4・BA.5に対応する新たな追加接種用ワクチンの製造を求める声明を発表した。

 ファイザー社は6月の段階で、完成間近のオミクロン・ワクチンでもBA.4・BA.5に対する中和効果は確認されたものの、BA.1より効果は低かったと認めている。

 他方、モデルナ社は7月11日、各国で承認申請中の2価ワクチン(従来ワクチンとオミクロン対応ワクチンの混合)について、BA.4・BA.5に対し「著しく高い中和抗体反応」を得たと報告

 中和抗体価の上昇は、従来ワクチンの追加接種だと3.5倍、新ワクチンでは6.5倍となり、幾何平均で1.69倍の差がついた。

 これまでに公表されている限りでは、BA.5対応ワクチンについてはモデルナ社がファイザー社より一歩リードしているようだ。

 それでも実用化は今秋になる見通しだという。BA.5の流行ピークはとうに過ぎているだろう(ちなみに偶然だとしても、2020年も2021年も、8月に新規感染者数の波がピークを記録している。この8月はどうなることか……)。

「BA.5対応ワクチン」を待つより大事なこと

 すでにBA.5の波にのみ込まれようとしている今、すぐに打てるワクチンで確実に重症者を減らしていくほうが、やはり賢明だ。

 先の通り、これまで静観していた政府も、ようやく接種対象者を拡げる方針を打ち出した。

 もちろんこの方針には賛成だ。ワクチンの余剰はありそうなのだから、むしろもっと拡大していいはずだ。

 政府の資料(7月11日付)を見ると、3回目接種の接種率(全国平均)は60代以上では8割を超えるが、50代で75%超、40代で6割程度と下がっていき、30代で約5割、20代が4割台、12~19歳では3割前後にとどまる。

 強制ではないから、ワクチンを打てるのに打つ気のない人を動かすのは、なかなか難しい。ただ、上記の数字は「どの年代にも一定数は積極的に接種を受ける意思のある人たちはいる」とも読める。

 年齢の低い層では、4回目を打ちたい人も相当数いると見られる一方、ワクチンが一気に足りなくなるような心配もなさそうだ。

 大事なのは、打ちたい人が打てる体制を整えることだ。ワクチンで身を守れる人が、確実に接種を受けられるようすることが、ワクチンを“打てない”人をも守ることになる。難局こそ基本に忠実であるべきと思っている。


久住 英二(くすみ えいじ)Eiji Kusumi
ナビタスクリニック内科医師
医療法人社団鉄医会理事長。1999年新潟大学医学部卒業。内科医、とくに血液内科と旅行医学が専門。虎の門病院で初期研修ののち、白血病など血液のがんを治療する専門医を取得。血液の病気をはじめ、感染症やワクチン、海外での病気にも詳しい。現在は立川・川崎・新宿駅ナカ「ナビタスクリニック」を開設し、日々診療に従事している。