日出郎さん

 伝説のテレビ番組『風雲たけし城』が34年ぶりに復活。同じくビートたけしがMCを務め、復活してほしいバラエティー番組といえば、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』。数多くの人気者を輩出したが、その中でも、注目の存在だった日出郎さんを直撃! 当時のエピソード、そして日出郎さんの“今”を聞いた。

今では考えられない、ハードすぎる企画

 現在バラエティー界で活躍が目立つ“オネエタレント”の大量キャスティングを行った番組の先駆けが『元テレ』だ。中でも注目を浴びた存在だったのが日出郎さんだ。

「最初に私が話題になったのは、競歩大会のときだったかと思います。『一生懸命やってるけどさ、こいつ、“日出郎”って名前なんだぜ!?』と、たけしさんが私の名前を連呼して笑ってくださって。リアクションというより名前が先に出ちゃった感じでした(笑)」(日出郎さん、以下同)

 その後、大砲に詰められて飛ばされたり、東尋坊でダイビングなど、現在ではとてもできないハードな人気企画のオネエ枠として欠かせない人物になっていく。

「出川(哲朗)くんより前に、出川くん以上のことを仕掛けられていましたからね。ハードな収録後に用意された宿で寝ていたら、朝方にバズーカとかヘビメタとかで起こされて。なぜか(レポーターをしていた)ルー大柴さんとかがいるんですよ。なにが嫌だったかって、すっぴんを全国にさらされること(笑)。そんな収録後はショーパブでお仕事でしたからね。大学にも通ってましたし。人気アイドルみたいな忙しさでした」

 最盛期には週10本以上のレギュラー番組を抱えていたことも。そんな10年間休みなしの状態を続け、突如“燃え尽きた”という日出郎さん。

「アメリカに移住したんです。有名なドラァグクイーンの方にお会いするなど、自分を見つめ直すいい機会となりました」

テリー伊藤と再会

 充電期間を経た現在は、落語家や舞台俳優もしており、活動の幅を広げている。

「オネエタレントって、ツッコミが強い人が一般的でしょう。でも私は、誰かにいじってもらってなんとかなるタイプだったと思います。たけしさんだけじゃなくて、タモリさんや明石家さんまさんにもいじってもらって人気が出た。なんですけど、私自身は本来、練習を積み重ねたものをお客様に見せるほうが好きなんですよね。だから舞台とか落語は合っているんです」

 自分のしたいことをやれている今、改めて『元テレ』時代を思い返す。

「初期の演出をしていたテリー伊藤さんの企画は特につらいことばかりだったなあと(苦笑)。この前テリーさんにお会いしまして、『いいおじいちゃんになったね!』って言ったら『おまえもな!』と言われちゃいました。ああ、あたしもおじいちゃんなんだ〜って(笑)」

 鬼才の信じられない要求も、今となればいとおしい思い出に変わった?

「番組の同窓会企画があったらうれしいですよね。今はコンプライアンス的にできない企画ばっかりでしょうけど、私はやりたいですね」

 当時の視聴者なら覚えているはず。日出郎さんたちが登場する企画は、爆笑の後に感動の涙が待っていたことを……。

日出郎さんが出演する『オネェミュージカル Laki★LakiHipster〜真夏の夜の悪夢〜』

日出郎さん
ひでろう 1964年生まれ。ショーパブダンサーとしてデビュー以後、バブル景気時代を代表するオネエタレントに。現在は歌手、俳優、落語家(天狗連志ん進 名義)など幅広い芸能活動の傍ら、新宿二丁目でバーの経営も(お店はコロナ禍により休業中)。8/3(水)〜7(日)シアターサンモール『オネェミュージカル Laki★Laki Hipster〜真夏の夜の悪夢〜』出演。

そのほかにも……
元気が出るテレビ有名人
「あの人は、今!」


●三上大和
「平成口ゲンカ王決定戦」で青森弁が印象的だった高校生。父親は政治活動家として知られた故・羽柴誠三秀吉さん。現在は父が経営していた建設会社の代表取締役。

●演歌好き小学生の「篠原君」
 憧れの女性歌手のもとに駆け寄る際に坂から転げ落ちて爆笑をさらった。現在はテレビ東京の政治部官邸キャップで、選挙特番の際は池上彰のサポート役。

●川崎徹
 人気CMディレクターとして活動する傍ら、レギュラー陣の中でもユニークな存在だった。現在はおもに小説家として作品を発表している。

●元気美佐恵
 女子プロ予備校出身。リングネームは番組名から。全日本女子プロレスのオーディションに唯一合格した。2008年にプロレスを引退し、現在は居酒屋を経営している。

●オープニングテーマの歌手
 ノリのいいオープニングのテーマ曲を歌っていたのは、ジャズ歌手の奥土居美可さん。CMやアニソン歌手としても知られ「ペットフードはドギーマン!」なども彼女。

取材・文/高松孟晋