マイクロチップの大きさは爪の先ほど(※画像はイメージです)

「飼育している以上、逃げ出してしまう可能性があるので、マイクロチップ自体には賛成なんですけど、どこまで身体に負担があるのかわからないのは不安」

 そう愛猫を心配するのは、都内在住の30代女性。猫を飼い始めてから約2年がたつといい、まだ「踏ん切りがつかない」と話す。

身勝手にペットを捨てる人を減らす

 今年6月1日、改正動物愛護管理法が施行されたことで、ペットの犬や猫にマイクロチップ装着が義務付けられた。

 飼い主情報が登録された、直径1ミリ、長さ8ミリほどのマイクロチップを、ペットの皮下に埋め込むことで、万が一ペットが逸走しても、飼い主と再会しやすくなる─ことに加え、自治体などが専用の機械で所有者情報を読み取ることができるため、身勝手にペットを捨てる人を減らすことなども目的として挙げられている。

 だが、冒頭の女性のように、その効果は理解しているものの、“身体の中に埋め込む”ことに抵抗感を覚えている人も少なくない。首輪のように外れないため、保護された際は確実に飼い主と連絡がつきやすくなる一方で、ペットに対してそこまで負担を強いる必要があるのかなどなど、飼い主たちの間でも懸案のテーマになっているのだ。

無責任に捨てる人への厳罰は

「犬や猫にマイクロチップを入れる前に、捨てる人間に対して厳罰化してほしいです」

 と語るのは、動物研究家のパンク町田さん。NPO法人「日本社会福祉愛犬協会」理事でもあるからこそ一家言を持つ。

「きちんと飼う人は、きちんと飼うんです。問題なのは、ペットの命を粗末に扱う人。保護犬、保護猫の数を減らすことを考えるなら、捨てられたペットは被害者ですから、被害者になる可能性を持つペットに負担を強いるのはおかしい」(町田さん)

 また、町田さんが運営するNPO法人「生物行動進化研究センター」は、「日本ペット診療所」というクリニックも併設しているため、現場の視点も持つ。

「マイクロチップを入れる注射針は、普通の注射針より太いです。個体差にもよりますが、痛みを感じる子もいます。もっと無責任な人間に対する制裁を考えてほしいものです」

ペットの命を守るためにも

登録化でペットの情報がすぐわかるように

 実際、令和2年から動物殺傷罪等に対する罰則は強化された。例えば、ペットを捨てる行為である動物遺棄罪は、「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」(以前は100万円以下の罰金)に引き上げられた。

 だが、環境省によると、2020年度(令和2年度)に迷子や飼育放棄など自治体に引き取られた犬猫は約7万2000匹。うち約2万3000匹が殺処分という数字が示すように、ペットの命を粗末に扱う人は減らない。そのため、今回のマイクロチップ装着で一層の強化を図ろうという狙いがある。

「ペットを粗末に扱う悪徳業者に対しても、きちんと取り締まってほしい!」

 そう色をなして話すのは、本誌で『アラフィフヴィジュアル系』を連載中の漫画家のかなつ久美さん。動物愛護にも力を注ぐ、愛犬漫画家としても活動する。

由々しき問題は、現在マイクロチップがインターネット上でも売られていること。それを業者や医師ではない素人が購入し、勝手に犬や猫たちに入れています。素人ですから、動物たちの痛みなど気にしていないでしょうし、衛生的にもよくない。そのうえで、『マイクロチップを入れています』と謳って販売している。それが本当に心配だしつらい」(かなつさん)

営利目的の業者による卑劣なケース

 今回の改正動物愛護管理法では、犬猫などを販売する業者(第一種動物取扱業)に対してはマイクロチップ装着を「義務」化。一方、上記以外の犬または猫の所有者は、「努力義務」という位置づけになる。保護犬・猫などを扱う営利目的ではない第二種動物取扱業者も「努力義務」となる。

 端的に言えば、営利を目的とする業者は、マイクロチップ装着が求められるため、先のかなつさんが指摘したような卑劣なケースが散見されるというわけだ。

 もし、マイクロチップ装着を無視して販売していた場合はどうなるのか? 各自治体によって指導が入るといい、東京都の監視指導を行う東京都動物愛護相談センターは、次のように語る。

「販売するにあたって、情報が登録されているマイクロチップが入っていることを示す証明書が、新しい飼い主さんに手渡されます。その証明書が出せないとなると、やるべきことをしていない業者ということになります」

 購入したら終わり─ではなく、購入する前から「この販売業者はきちんとしているか」という目を持ち、購入後は登録情報を業者から飼い主本人に変更する手続きを行わなければならない。保護犬や保護猫を飼う場合も、マイクロチップを装着するか否かは、飼い主の判断に委ねられるところが大きい。今回の施行は、これから犬や猫を飼おうと考えている人を含め、所有者に一層の責任と理解が求められるのだ。

マイクロチップで責任の所在が明らかに

 愛玩動物飼養管理士1級の資格を持ち、「キャットシッターmedel」を運営する今村かなえさんが語る。

「厳罰化につなげるためにも、マイクロチップ装着義務化は役立つと思います。その動物に対しての責任の所在が明確に登録されるので、遺棄、保健所への持ち込みなどの際に調べがつきます。私はそうした意味でもやるべきだと思います」

 また、こうした改正についていけない古い体質の業者や、動物を犠牲にしてきた昔ながらのブリーダーなどが淘汰される機会になる、とも。

「改正では、1頭当たりのスペースやスタッフの数などといった飼育環境も厳格化されました。本来なら、廃業支援をしてでも虐待まがいの業者を淘汰していくのも、環境省のやるべきことだと思っています」(今村さん)

 お隣の韓国では、政府や保護団体が食肉用の犬のブリーダーのために廃業支援を行うといったケースもあるという。今村さんは、単に厳罰化するのではなく、工夫をしながらよい環境をつくるための取り組みが必要だと訴える。その一方で、

迷子などによる悲しい別れを防ぎたい─という当たり前の流れから義務化となればよかったのですが、そうではなく安易な生体販売に歯止めをかけようということが理由となると、複雑な気持ちにもなります」(今村さん)

 と胸中を明かす。

 たしかに、マイクロチップに焦点が当たることで、証明書さえ手に入れば、個体から無理やりマイクロチップを取り出すなどの新たな問題も噴出するかもしれない。環境省の舵取りが問われる。

 それでもマイクロチップに、今村さんは期待を寄せる。

「私は難病を患っている猫を飼っているのですが、もしこの子が迷子になって、仮に優しい誰かに飼われたとしても、難病とは気がついてもらえず重篤な状態になる可能性もあります。そうしたことを考えると、マイクロチップは有用だと思います」

 ペットと同じ数だけ、飼い主とペットの間にはドラマがある。マイクロチップを装着する、しないだけの話で終わらせずに、私たちは“もっと先”まで寄り添って考えていかなければならない。

今回お伺いした専門家

パンク町田さん
NPO法人生物行動進化研究センター理事長。NPO法人日本社会福祉愛犬協会(KCJ)理事。野生動物の生態を探るため世界中、探索に行った経験を持ち、3000種以上の飼育技術と治療方法を習得している。

かなつ久美さん
1990年、角川書店から漫画家デビュー。趣味は美容と保護犬ボランティア。

今村かなえさん
キャットシッターmedel代表。愛玩動物飼養管理士1級。ペットケアアドバイザー。4匹の猫を飼育しつつ、野良猫を地域猫化して近所の人と大切にお世話中。

<取材・文/我妻弘崇>