1パック100円前後、激安たまごの正体

 収入は横ばいなのに物価は上昇して家計は火の車状態……。そんな苦しい家計の助けとなるのが、1パック100円前後で販売されている激安卵。卵は栄養価が高く、主菜から副菜、汁物までさまざまな料理に使え、しかも安い。

卵はなぜ値上がりしない?

「数十年もの間、あまり値上がりせずに一定に価格を保ち続けているということから、卵は“物価の優等生”といわれています」と語るのは、持続可能な社会のための消費者教育(エシカル消費)などを研究している日本女子大学の細川幸一先生。

「全農鶏卵卸売価格(M規格)でみると、2018年の卵の価格は1kgあたり187円です。一方、戦後、1953年の卵の価格は1kgあたり224円で、現在の価値に換算すると1000円強。かつて、卵は高級品だったんですね」(細川先生)

 栄養があって使い勝手のいい卵が、なぜ、今は、安く手に入るのだろうか。

 卵メーカーやスーパーなどさまざまな食の現場で品質管理に携わってきた河岸宏和さんは、次のように解説する。

卵の価格は餌代、ケージ代、採卵鶏の値段、人件費の4つから成り立っています。このうち、大きく影響するのがケージ代と採卵鶏の値段です。

 平飼いなどのびのびとした環境で鶏を育てている養鶏場もありますが、現在の日本では多くの採卵鶏がワイヤー製のバタリーケージで飼われています。バタリーケージの大きさは60cm×40cmと狭く、この中に7羽の採卵鶏を入れているのが普通です。

 狭くて羽を広げることなんて無理ですし、鶏の習性である止まり木に止まったり、砂浴びをすることもできません。また、狭いケージの中で弱い鶏をつついて殺さないよう、雛の段階でクチバシの先端を切断するデビークが行われます。こうしたことによってケージ代のコストを下げているんです」(河岸さん)

 本来、鶏が年間に産む卵の数は30個程度だが、品種改良された採卵鶏は生後約140日を過ぎてから約300日間で、およそ300個の卵を産む。

鶏は春になって日が高くなると卵を産み出す習性がありますから、バタリーケージを置いた鶏舎の内部は電球で照度を保っています。300日間、300個の卵を産んだ鶏に再び産卵させるために行われるのが強制換羽。

 2週間ほど餌も水もやらずにいると栄養不足になって羽根が抜け、鶏は冬になったと勘違いをします。その後、餌と水を与えて電球の明かりを浴びせると鶏は春の訪れを感じて再び卵を産み出します。こうして採卵期間を延ばし鶏を2度、3度と使い回すことで卵のコストは安くなります」(河岸さん)

時代遅れの「日本の卵事情」

 細川先生は、日本の卵には食肉よりも厳しい一面があると説明する。

「人間にとって都合のいいように品種改良がなされ、肉用の鶏はブロイラー、採卵用の鶏はレイヤーと呼ばれています。

砂遊びできる広さの場所で元気に育った鶏が産む卵=幸せな卵。出典:『HACCPへの対応が具体的にわかる図解飲食店の衛生管理』(河岸宏和著/日本実業出版社)

 レイヤーは食肉には適しませんから、卵を産めないオスのレイヤーには用途がなく、生後すぐにシュレッダーのような機械ですりつぶされるなど、殺処分されているのが現実です」(細川先生)

 実は今、世界の畜産のスタンダードとなっているのは、家畜を快適な環境下で飼養することで健康的な生活が送れるように配慮した飼育を目指す“アニマルウェルフェア(動物福祉)”

「EUの一部やアメリカの複数の州では採卵鶏のバタリーケージ飼いは禁止されています。実際、東京オリンピック前には、海外の選手からバタリーケージ飼いの鶏卵の提供を見直してほしいという嘆願書が出されています」(細川先生)

「アメリカのマクドナルドや格安大型スーパーのウォルマートは、近い将来、バタリーケージ飼いの卵は扱わないと宣言しています。日本はアニマルウェルフェアの観点においては大きな遅れをとっているんです」(河岸さん)

安さの裏側でわかる“食の安全性”

 過酷な環境の採卵鶏が産んだ卵は、売り手の事情でさらに安値で出回ることがある。

「卵は特売日や土日によく売れます。しかし、売れる日に合わせて鶏がたくさん卵を産むわけではありません。産卵後の卵はパック工場に運ばれて洗卵・選別がなされてチルド管理され、出荷数に応じてパック詰めが行われます。

 実は、卵のパックに記されている賞味期限はパック詰めをした日から換算されるんです。つまり、同じ賞味期限のパックの中に産卵から5日程度たったものも混在している可能性があるということ。

 出荷数の多い特売日は、古い卵を混ぜていることもあるんです。ですから、卵を買うときには、できるだけ産卵日(採卵日)が記されているものを選ぶと安心です」(河岸さん)

 卵を選ぶ際にはもうひとつ注意点があるという。

「卵にはサルモネラ菌が潜んでいる危険性がありますが、たとえサルモネラ菌を保有していても産卵直後から10度以下で保管し続けていれば60日間は食中毒が起きるレベルまでには増殖しません。

 しかし、一般的なスーパーの販売温度である25度で保管すると21日間、36度で保管するとたった1日で食中毒レベルにまで菌が増殖してしまいます。

 卵は産卵後すぐにチルド管理されることが理想ですが、消費者にはそのあたりの事情はわかりません。そのため、店頭では常温ではなく冷蔵販売されている卵を選ぶといいでしょう。

 また、高級卵と認識しがちな黄身が赤めのものも、単純に“与えている餌”に着色しているだけ。栄養成分は色味の濃さと関係ありません」(河岸さん)

 安全な卵を安心して食すために、私たち消費者にできることはあるのだろうか。

「豊かで便利な社会の裏側で犠牲になっているものに対して、現代の消費者はあまりにも無関心すぎるといえるでしょう。

 安さの裏にある実情にも意識を向け、1個の卵のありがたみを感じられる消費者でありたいものです」(細川先生)

日本人の食生活に欠かせない卵
河岸宏和さん●食品安全教育研究所代表。帯広畜産大学卒業後、大手のハムや卵メーカー、スーパー、コンビニエンスストアなどさまざまな食の現場で食品の製造・開発、品質管理、厨房衛生管理の仕事に携わる。『スーパーの裏側』など著書多数。
細川幸一先生●日本女子大学教授。独立行政法人国民生活センター調査室長補佐、アメリカ・ワイオミング州立大学ロースクール客員研究員等を経て、日本女子大学家政学部教授。内閣府消費者委員会委員や東京都消費生活対策審議会委員等を歴任。専門は消費者法、消費者教育。

(取材・文/熊谷あづさ)