「自分の死亡保険金は動物の餌代に」と話す山本園長

 三重県大紀町の山あいにある大内山動物園は、約6ヘクタールの園内に114種類・約700頭の動物を飼育している。そのうちの約9割は、動物園が閉園してしまい殺処分の運命にあった動物や、捨てられたペット、住宅地に出没して捕獲された野生動物たちだ。

個人経営で動物園を運営する理由

三重県大紀町の山あいにある大内山動物園

 同園の園長を務めているのは、名古屋市で建設会社を経営する山本清號さん(72)。動物園は県や市などの地方自治体が運営する場合が多いが、大内山動物園は全国でも珍しい個人経営だ。約14年前、廃園寸前だった動物園を山本さんが買い取り、以降行き場をなくした動物たちを保護している。

「動物を引き受けていると本当にきりがないけど、ここで保護しなかったら殺処分しかないと思うとかわいそうで見捨てられなくてね」

 と山本さんは語る。動物園の目玉であるライオンのリオン(オス)は、2019年5月に大内山動物園にやってくるまでは別の移動動物園の人気者として活躍していた。経営に行き詰まった移動動物園の経営者が、山本さんの知り合いを通じて「引き取ってくれないか」と連絡をしてきたことで保護。もし、山本さんが引き取れなかったら殺処分される可能性もあった。

 また、チベットヒグマのシュウ(オス)は、台風被害で運営が難しくなり2010年に閉園した四国の動物園から引き取った。

 実は大内山動物園で保護する動物は、前述のライオンやヒグマのように動物園の業者から引き取る動物よりも、一般人から持ち込まれた“元ペット”のほうが圧倒的に多いという。愛らしい表情で来園者を迎えるカイウサギも、もともとはペットとして飼われていた。

「“アレルギーがあるから”と言って持ち込んできたけど、おそらくそれは嘘。卯年だから飼い始めたけれど卯年が終わったからいらなくなって持ってきたのでは」(山本さん、以下同)

 園内の事務所では、町や保健所で保護した捨て犬や捨て猫も飼育している。

「人間の都合で飼ったり捨てたりして、本当に身勝手すぎる。コロナ禍で犬や猫を飼った人もいると思うけど、コロナが収まったらまた処分する人が増えるんじゃないの? 今、保健所にも血統書付きの犬猫がいっぱいいるよ」

廃園寸前の動物園を私財で購入・整備

一般人からの持ち込みが大半というウサギ。人間の身勝手に振り回されていると山本さん

 大内山動物園の前園長・脇正雄さんとは、数十年来の友人だった。2006年ごろに何げなく園に遊びに行くと、園は荒れ放題。理由は、経営難と脇さんが体調を崩していたことだった。放し飼い状態の動物もおり、手入れが行き届いていない小屋も多く、行政指導を受けることもあった。

「動物たちは痩せていて、来てくれた子どもさんがショックで泣いて帰るぐらい環境が悪かった。“なんとかしなければ”と、餌を買ったり掃除をしたりして応援するようになりました」

 脇さんに「日本で一番汚い動物園から、日本で一番きれいな動物園にする」と誓った山本さんは、毎朝4時に自宅のある名古屋を出発して動物園に通い詰めた。自身が経営する会社の社員や協力会社、友人の協力も得ながら、少しずつ園の環境を整えていった。

 そんな中、脇さんは入退院を繰り返した後、2008年に亡くなってしまう。

「亡くなる1週間前に、脇さんを車椅子で動物園に連れてきたんです。きれいになった園や動物の姿を見て“素晴らしい、ありがとう”って喜んでくれたのはうれしかったね」

 脇さんの死後も、山本さんは動物たちの世話は続けた。

「いちばん心配だったのが動物たちのこと。いろいろと手を打ったけど、どこかに引き取ってもらえそうな動物は1割もいなかった。引き取り手がいなければ殺処分になってしまう。何年も通って世話してきた動物たちがかわいそうで、面倒見てやるかという気になったんだ」

 山本さんは私財を投じて園を買い取ったのち、動物園の休園を申請。山本さんが経営する会社の保養所にしようと考えていた。しかし、休日には休園中ということを知らない家族連れが多く訪れ、入園できないことを知って残念そうに帰る姿を目にするように。脇さんの家族や地元の人からの後押しもあり、柵や飼育舎などを整備し2009年に動物園として再オープンしたのだ。

 動物園を再興し、動物の命も救ってきた山本さん。根底にあるのは「動物は家族同然の存在だから」という思いだ。

「僕は九州生まれで、実家は海運業を営んでいました。船乗りのおじさんたちが、航海に出る前に“餌やっといて”と犬や猫、鳥、猿などいろいろな動物を連れてきた。家の中で一緒に走り回ったり世話をしたりしていたから、もう家族同然。だからこそ、苦しんでいる動物はどうしても見捨てられないよ」

 現在は週3回のペースで動物園に通っている。園に来た日は、必ずすべての飼育舎を回って餌やりをしながら、動物たちの健康状態をチェック。前述したライオンのリオンは、山本さんが檻に近づいた瞬間、猫のようにお腹を見せて寝転がった。動物たちは“命の恩人”である山本さんへ全幅の信頼を寄せているようだ。

「繁殖はさせない」動物ビジネスには反対

ライオンのリオンは山本園長に“メロメロ”

 山本さんは「そもそも動物をビジネスにするのは反対」という信念の持ち主だ。だからこそ、大内山動物園では雌雄のペアでやってきた動物は除いて、進んで繁殖はさせない。

「動物園で繁殖させたら、その子は一生檻の中で過ごすことになる。それはかわいそうだからね」

 個人経営の大内山動物園は自治体などからの支援や助成金も得られないため、経営はやはり苦しい。従業員約30人の人件費や餌代、維持管理費など、毎年約1億5000万円の赤字だ。

「“コロナで大変でしょう”と聞かれるけど、コロナなんて関係なく、年中厳しいよ」

 引き取る動物が増えるとともに、園の敷地面積は約5倍に拡大。土地購入や飼育舎の建設も山本さんが私財を投じた。これまで山本さん個人で持ち出した金額は14億~15億円にも上る。

「金を遺して死んでもしょうがないし、動物たちに全部あげるつもり。人間の子どもに金なんて遺さなくていいし、そもそも、財産は自分たちでつくればいいんだよ」

 と山本さんは笑う。全国から、大内山動物園の理念に共感した人から寄付も寄せられている。

「お客さんの入園料は餌代や病院代に充てていて、足らない分を僕が出しているだけのこと。動物園に来てくだされば、結果的に保護した動物を救うことにつながります。ひとりの力は小さいかもしれないけれど、みんなで協力し合えば大きいパワーになるはず。“みんなの保護動物園”のように思ってくれたらいちばんうれしいね」

<取材・文/堤 美佳子>