脚本家の金子ありささん

 英国の作家デボラ・インストールの小説『ロボット・イン・ザ・ガーデン』を原作に、二宮和也主演で映画化された『TANG タング』が、2022年8月11日(木・祝)から全国公開し大ヒット上映中だ。

 人生を諦めた健(二宮和也)が、ポンコツロボット・タングとの出会いと旅を通して人生のスタート地点に再び立つ感動の物語だ。

当記事は『女子SPA!』(運営:扶桑社)の提供記事です

 今夏最注目のエンターテイメント大作である本作の脚本を担当したのが、金子ありささんである。金子さんといえば、『恋はつづくよどこまでも』(2020年、TBS系)や『着飾る恋には理由があって』(2021年、TBS系)など、近年のラブコメ連ドラに“金字塔”を打ち立てた日本を代表する脚本家のひとり。数々の映画人を排出し続ける日本大学芸術学部映画学科では、講師として後進の育成にもあたっている。

 そこで、日芸の卒業生であり、「イケメンと映画」をこよなく愛する筆者・加賀谷健が、本作の物語世界を紐解くため、金子さんにインタビューを行なった。原作小説を脚色する創意工夫や二宮和也さんとのエピソードから繋がる“巡りめぐる脚本家人生”に迫る。

原作を大胆に改変するときこそ

――原作小説と比べながら観るとより楽しめる作品だと思います。原作モノ映画の場合、脚本執筆のファーストアプローチとしては、やはり原作小説を読むことからはじめるんですか?

金子ありさ(以下、金子):はい、原作小説をまず拝読します。デボラ・インストールさんの『ロボット・イン・ザ・ガーデン』は、文学性が高く、センスのよい作品です。根底にはロードムービー感があり、冒険が展開していく。それでいて実はミニマムな夫婦の話です。

 さまざまな要素の調整が非常に難しく、初稿では原作に近い脚色でした。そこから原作の文学性は守りつつ、ワーナー・ブラザースのメジャー映画としてどこをすくい上げて、どう広げるのかを監督、プロデューサーの皆さんと話し合いました。原作では獣医だった主人公の職業を医者に変え、彼にとってのスタートとゴールの設定を分かり易くすることで、物語の根底にあるタングとの友情をきちんと綴っていこうとなりました。

――主人公の設定を医者に変更することで、なるほど、この場面で効いてくるのかと思いました。

金子:原作では最初から主人公であるベンがタングに心を開いていて、とても静かに心情が紡がれます。彼が獣医であり、心優しい人物だからですが、映画ではメリハリを付けるために、二宮和也さん演じる健とタングを最初から仲良く設定しない方が良いのでは?となりました。それが段々と心の旅路として近づいていく。そうして何稿も改稿していくうちに全体がまとまり、獣医ではなく医者版が採用されました。

 大胆に改変するときこそ、ディテールを原作から上手に拾わなければ、世界観が壊れてしまいます。タングが健のためにコーヒーを運んでくる場面は、原作にはないオリジナルの要素ですが、プロットの段階から原作のデボラさんに喜んでいただけたようです。それがひとつの指標となり、脚色を続けました。

――原作では、ロボットが生活に浸透した近未来のイギリスを舞台にしています。現代の日本に舞台を置き換えるのは、難しかったですか?

金子:本作の企画開始が新型コロナウィルス大流行のだいぶ前でした。でも企画の途中でコロナが世界規模になり、海外ロケの可能性が消えました。当然、物語の旅路を最小限に描かなければいけないという現実問題から脚本が変わります。

 小説のように世界中をダイナミックに移動とはいきませんが、北海道から博多、博多から中国というように旅路が展開します。特に原作で印象的だった秋葉原の雰囲気を中国の深センになぞらえて、今最も勢いのあるシリコンバレー的地域として、三木監督が煌びやかに表現されています。

擬似家族という共同体を描くときに大切にしていること

――三木孝浩監督は、ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』を原作にした『夏への扉-キミのいる未来へ-』(2021年)を監督しています。同作でも舞台設定が近未来の日本に置き換えられていますが、脚本執筆段階で三木監督とはどのようなディスカッションがありましたか?

金子:三木監督が別の近未来物を演出されていることは途中で知りました(笑)。もっとも作品としてのスタート地点が違うので、脚本執筆は直接的な影響は受けませんでした。

 タングの描写に関しては、監督のこだわりを感じました。「この時点のタングはまだ言葉を話さず、この程度なんじゃないか」と、監督の中で見えているタングの動きや成長過程がありました。脚本の頁をたどって、その時点ごとに検証しながら修正しました。飛行機で映像を観る場面でタングは物凄く学習したことになっているんです。健と出会ったときには、赤ん坊のようにおうむ返ししかできなかったタングが、飛行機に乗ったあとは、言葉を覚え喋るようになります。

脚本家の金子ありささん

――AIロボットが人間を支配するようになるディストピア小説や映画が圧倒的に多い中、人間とロボットの温かい関係性を描いています。

金子:そうですね。おそらくデボラさんが大事にされている擬似親子感に焦点をあてています。私や三木監督、田口プロデューサーの子育て経験を共有しながら、健とタングの関係性に育児の概念を反映させていきました。

 その意味では今までのAI物とは違うと思います。そもそもSFに興味がない方にも観ていただける間口の広さを意識しました。

――擬似家族感。健とタングの関係性は、友達とはいうけれど、それを超えた関係にみえる。金子さんのドラマではそうしたはっきりとした言葉では言い表せない関係性を多く描いてきたように思います。

金子:そうですね。

――言葉にならない関係性を描き、すくい上げた作品としては川口春奈さんと横浜流星さんが出演したテレビドラマ『着飾る恋には理由があって』を超えるものはここ数年でないと個人的には思っています。擬似家族という共同体を描くときに一番大切にしていることはありますか?

金子:脚本を書くときに常に思うのは、結局物語は、「誰かと誰かの何かの話」だということです。哲学的なテーマや時代性など、作品には強く込めなければならない概念はありますが、視聴者のみなさんは、何より人と人の話を楽しみに御覧になっていると思うんです。

 そのため『着飾る恋には理由があって』だと、隣同士になったふたりの日常に宿る感情をすくい上げています。日常の中の非日常です。本作では健とタングの再生の話ですが、人とロボットという非日常の中の日常を意識しました。人と人の何かが繋がる共同体の話という意味では共通点になるのかもしれません。

――原作には、「そんなタングが、人が持つ数ある複雑な感情の中で理解したものは、愛だった」とあります。金子さんは、「自分を見つけるから、誰かを愛せる」と非常にコンシャスなコメントをしています。

金子:健の場合、物語の冒頭で、自分を見失っています。その時点で、自分はどういう人間で、何をしたらいいのか分からない。自分の正体が分からないから、満島ひかりさん演じる奥さんの絵美とも向き合えない。自分をみつけることで地に足が着いてちゃんと誰かと向き合えるんです。自分がないときに、恋愛で麻痺させると共依存になってしまいます(笑)。

 そうした主人公の他者に体する構えをいつも執筆で心掛けています。例えば、私が脚本を担当した『中学聖日記』(2018年、TBS系)で有村架純さん演じる聖(ひじり)は、婚約者に引っ張ってもらうのではなく、自分の足で歩きだすからこそ、好きな人と対峙できる。まずは自分の足で立つということが重要だという思いを込めました。だから今回の健の迷い方も自分を見失っている状態から始めました。

主演・二宮和也の印象

――健が絵美に、「もう大丈夫だよ」、「きっと大丈夫」と言う場面があります。この「大丈夫」はまさに自分がしっかりあり、互いに信頼し合っていないと相手に投げかけられない言葉だと思います。

金子:あの言葉は、ごまかしの「大丈夫、大丈夫」ではありませんよね。夢を持って、自分を見失っていなかったかつての健が戻ってくる。だから絵美は、この「大丈夫」を受け取ることができるんだと思います。

――『着飾る恋には理由があって』でも、川口さんと横浜さんの「頑張ろう」が同様の意味合いを持っていたように思います。

金子:これもまた、同じ方向を向いて、歩いていくためのふたりの合い言葉だと思います。

――その方向の先に愛があるんでしょうか?

金子:映画が終わったあとも健とタングの関係性は続きます。まだまだ家族になったばかりのふたりが、きっと今頃、ああでもないこうでもないと言い合っている姿が浮かびます。だから愛とは、どこかの時点で到達するものではなく、長い時間をかけて証明していくものではないでしょうか。

――主演の二宮和也さんの印象はどうでしたか?

金子:製作チームの共通意識として。企画段階から二宮さん以外想像していませんでした。

――では脚本は、かなり二宮さんに当て書きされたわけですか?

金子:二宮さんでなければ、冒頭で健にゲームをさせていないです(笑)。そんなポップな一面に加え、ロボットとの心の交流を何百キロ、何千キロという旅路として繊細に演じられる方です。ロボットと共生できるファンタジー感も持っていらっしゃる。

――ロードムービーとして各場所へ移動する中で、二宮さんの表情がいろんなグラデーションになっていく姿が印象的でした。

金子:演技プランとして本能的に捉えられているんだと思います。タングと宮古島に行った場面の健をみると、もうほんとうに家族の顔になっていますね。パパのようでもあり、親友でもある。二宮さんの多彩な表情の素晴らしさです。

 そして個人的には、二宮さんには、とても人間らしい、清濁併せ持ったナチュラルさを感じます。普段は国民的スターとして文字通りきらきらしているのに、同時に等身大でリアルなご自分の姿を大事にされている。だからこそ、原作のベンが持っている澱(よど)みや濁(にご)りなど、複雑な感情を表現できるんだと思います。

――製作チームで二宮さんしか想像できなかったのは、二宮さんの清濁が決めてだったんですね。

金子:私個人の意見ですが(笑)でも出演オファーのタイミングは、ちょうど嵐の活動休止発表のあたりと重なってしまったようです。当然、断られる可能性もありましたが、製作チームではとにかく二宮さん版の健をずっと育て、改稿を重ねました。すると何かのご縁で、引き受けていただけることになり、思わず安堵しました(笑)。

――二宮さんとはかなり昔にもご一緒されていますよね?

金子:二宮さんが連続ドラマの単独初主演を果たした『Stand UP!!』(2003年、TBS系)です。実は私も連ドラの初チーフを初めて一話から最終話まで担当しました。

――先日公演があった舞台『ようこそ、ミナト先生!』では、相葉雅紀さん12年ぶりの主演舞台の脚本を担当されました。

金子:そうなんです。企画としてはもちろん別個に動いていましたが、活動休止後にそれぞれの個人活動に移られたタイミングとなぜか重なりました。

『Stand UP!!』では高校生役だった二宮さんが、今回はロボットと冒険するダメ夫役です。月日の流れを感じ、「立派になられて」と、まるで遠縁の親戚のような感覚です。勝手にですが(笑)。

――2019年12月23日に東京ドームで行なわれた嵐の「シューティングライブ」を記録した映画『ARASHI Anniversary Tour 5 × 20 FILM “Record of Memories”』の堤幸彦監督にインタビューをしたときに、堤監督がまったく同じようなことを仰っていました。

金子:まさに堤さんは、『Stand UP!!』のチーフ監督です。そうしたご縁もありながら、しみじみ感じるものがあります。

自分の筆はまだまだ弱い

――金子さんは、1995年に『ときわ菜園の冬』でフジテレビヤングシナリオ大賞を受賞し、脚本家デビューのきっかけを掴みます。同作の脚本を再読していると、『TANG タング』との面白い類似がありました。登場人物である園とベンが34歳で同い年だったんです(笑)。

金子:それは気づきませんでした。

――『ときわ菜園の冬』は、ロードムービーの代表作であるヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』にインスピレーションを得ています。あるいは2007年に扶桑社から出版された小説『ひとこと、好きと言いたくて』も世界を巡る恋愛小説です。物理的な旅にしろ、心の旅路にしろ、旅の題材が多いように思います。

金子:小説デビュー作となった『ガールズ・ガーデン』(2004年)を20代女性向けファッション雑誌『LUCi』で連載していた2001年当時、28~30歳の2年間で連ドラを4本担当しました。やればやるほど力のなさを感じましたし、自分の筆はまだまだ弱いと実感していました。

 そこで月刊誌で小説連載を持てば、起承転結の構成力が鍛えられると思い、自分から出版社にお声かけをしました。毎月、起承転結を意識しながら小説連載を続け、連ドラの脚本と格闘していたところへ、『Stand UP!!』の仕事がくるんです。ストーリーテラーとしての修行の果てに巡ってきたのが、二宮さんの初主演ドラマだったわけです。

――金子さんの脚本家人生が物語のように巡りめぐり、二宮さんに繋がるわけですね。

金子:この映画で二宮さんに再会できたことを考えると、ここまで脚本家を続けてきたご褒美だなと思ったりもします。長い間、実力と実績を積み上げてきた二宮さんのお芝居に支えられ、三木監督のまなざしのもと、温度が宿る作品になったと思います。観終わったあとにまた、健とタングに会いたくなるような温かさがある気がします。

 観て下さった方にも、健とタングが心の中に灯るような感覚を共有していただけたらと思います。ぜひ、劇場のスクリーンであのふたりと出会い、彼らと共有した体験を持ち帰っていただけたらと願っています。

<取材・文/加賀谷健 撮影/山田耕司>