高橋克実 撮影/佐藤靖彦 

 還暦を過ぎての堂々の映画初主演、おめでとうございます!

「すっごくうれしそうにおっしゃいますねぇ(笑)。ありがとうございます。オファーを受けて“ええええ!”と驚き、喜んでいたのは妻のほうです(笑)。原作の奥田英朗さんのファンなんですよ」

 あれ? 喜び大爆発なのかと思いきやクールな言葉で返す高橋克実。

「これが、映画の主演に熱い思いを持っている20代の若い俳優さんなら喜びも大爆発でしょうが、さすがに僕は還暦過ぎですからね」

森岡監督と過ごした20代

 仮に20代で主演の話が来ていたら、今ごろは俳優をやれていないはずだと笑う。

「キャリアを築いてうんぬんかんぬん……ではないんです。偶然の積み重ねです。ただ、流れに導かれてここにたどり着いただけというか。

 今作『向田理髪店』の森岡利行監督は、20代のときに同じ劇団で一緒に芝居をしていた仲間だったんです。約30年ぶりに仕事をしたんですが、僕を主演にするなんて、よくそんな無謀なことを思いついたもんですよね(笑)

 高橋と森岡監督は、かつて同じ劇団の役者だった。

「年齢は1歳違うんですが、誕生日が一緒(4月1日)なんです。映画も共通して好きなものが多くて。本当にしょっちゅう一緒にいましたね」

高橋克実 撮影/佐藤靖彦 

 森岡監督はバイトをしっかりやって、収入もあったため、

「すごくいいアパートに住んでいましたね。テレビもビデオデッキもあって。こっちは風呂なし、トイレ共同の四畳半。夏なんて暑くて寝られないのに、森岡くんは“エアコンで寒い”なんてぜいたくを言ってた。

 よく入り浸って、映画がどうのこうのと話をしていましたね。今回、初めて演出してもらったんですが、やっぱりお互い照れ臭かったですね(笑)

 ユーモラスな謙遜の嵐に、その人柄がにじみ出る。

 舞台は九州の寂れた炭鉱の街。実家の理髪店を継ぎ、細々と続けていた向田康彦(高橋克実)のもとに突然、東京から息子(白洲迅)が戻って“店を継ぐ”と言い出す。親子の葛藤、夢への挫折、田舎ならではの人との距離感。さらには過疎化、少子高齢化、結婚難、介護……など、どの地方も抱える問題がこの作品の中にも。

高校卒業の翌日に東京に行こうとすると

「言ってしまえば、どんなところでも身近にある話。ですが、人間としてのあるべき姿や、こう生きていってもいいんだよなぁ、ということが押しつけがましくなく、やさしく投げかけられていて、どの世代の方が見ても刺さるところが必ずあると思います。ご覧になったみなさんそれぞれに感じ取っていただけたらうれしいですね

 物語はいくつものエピソードが折り重なって展開していく。その中では若き日の康彦の、東京での挫折もあらわに。

「すごく共感します。やっぱり、都会に憧れるというのは、地方にいればみんなありますよね。僕なんかはその典型でした(笑)。

 高校3年までは(地元の)新潟にいたけど、卒業の翌日には東京に行こうと思っていましたから。卒業前に親ともめるとその都度、最終の夜行に乗るために駅に行ってはオヤジに連れ戻される……の繰り返し(笑)」

 東京に行けば何かが変わる、という意識は強かったと振り返る。

「とにかく東京に行くためには大学受験だ、と。高校3年で急に決めたところで受かるわけがない。最初から落ちて、予備校に行こうと決めていました。親は見透かしていたんじゃないかなぁ」

高橋克実 撮影/佐藤靖彦 

 少年時代は『太陽にほえろ!』などの刑事ドラマに夢中になり、萩原健一さんや松田優作さんへの憧れがあった。加えて予備校で仲良くなった友人は無類の映画通。勉強は一切せず、共に毎日映画館に通ったと懐かしむ。

「本当にあの1年間が、俳優へのきっかけでしょうね。映画に関わりたい一心で(俳優の)オーディションを受けるんだけど、当然うまくいかない。結局、落ちた連中たちで集まって演劇を始めて。26歳のとき、森岡監督と出会った『劇団離風霊船』に入ったんですが、本当はもう、辞めて田舎に帰ろうと思っていました

 これがラストと出演した作品が岸田國士戯曲賞に輝く。そして小劇場ブームの到来。多くのプロデュース公演に呼ばれるようになっていったという。

「実家は金物屋なので、あのとき継いでいたら、今ごろはどうなっていたんでしょうね」

バイトは38歳まで、司会業も

 高橋が広く世に知られるようになったのはドラマ『ショムニ』('98年)での人事部長役。

「36歳でした。でもバイトは38歳まで続けましたね。道路わきの誘導看板の取り付けです。芝居をやってる人間にとても理解がある会社で“稽古があるので2か月休ませてください”という融通も利かせてくださって。ありがたかったですね」

 その後の活躍は周知のとおり。おちゃめな役柄から、悪役まで変幻自在。名バイプレーヤーとして、あちこちの作品に引っ張りだこだ。また、俳優業だけにとどまらず『トリビアの泉〜素晴らしきムダ知識〜』('02〜'06年)や『直撃LIVEグッディ!』('15〜'20年)では司会にも挑戦してきた。

「挑戦……ではないんです。そもそも、僕は自分から“こういうのをやりたい”という野望はなくて、すべて事務所に任せています。振り返って思うのは、自分のことは意外に自分ではわかっていないということですかね」

 例えば、写真を決めるとき。高橋自身は至って普通のものを選んでしまうが、第三者は“なるほど”というものを選ぶのだそう。

「僕は自分で選ぶことをせず、客観視してもらった道を歩いてきたから今があるんだと思っていて。だから今後目指す俳優像を聞かれても、ないんですよね(笑)。もちろん、向上心がないわけではないんですが」

 高橋克実が作品に呼ばれ続け、愛され続ける理由……それは我が強くない、人間的な柔らかさと丸みにあるのかもしれない。

『向田理髪店』10月7日より福岡+熊本先行公開、10月14日より全国公開 (C)2022映画「向田理髪店」製作委員会

スタイリング/中川原寛(CaNN)ヘアメイク/国府田雅子(b.sun)) 

 

 

番組本番を終えてスタジオを出る際に“グッディ”ポーズを披露。この日いちばんの笑顔だ(撮影/近藤陽介)

 

安藤優子と『グッディ!』の番組会議

 

高橋克実(撮影/佐藤靖彦 スタイリング/中川原寛(CaNN)ヘアメイク/国府田雅子(b.sun))