(左から)荻野目洋子、松田聖子、中森明菜

 10月9日(日)、霜降り明星がMCを務める『霜降り明星のゴールデン☆80'S』(BSフジ)がスタートする。過去3回の特番を経てレギュラー化を果たしたという。

昭和ブームで若者に再発見される'80年代音楽

 テレビ番組でも多く取り扱われる'80年代音楽は、今や世代を超えてブームのようだが、実際10代&20代の若い世代では何の曲が人気なのか。

 ダントツで人気を誇ったのは、松田聖子の『赤いスイートピー』だ。

1982年1月にリリースされた松田聖子の8枚目のシングル『赤いスイートピー』

「顔がすごくかわいいし曲や衣装がエモくてファンになりました。赤いスイートピーは今聴いても新鮮!」(18歳女性・埼玉県)

「どの曲も有名でカバーとかもされているけど、この曲は聖子ちゃんにしか歌えない! 似合わない!」(22歳女性・岡山県)

「小さいころから車で母がよく聴いていて、聴きなじみがあるから」(20歳女性・愛知県)

「TikTokで流行ったから、好きになりました」(15歳女性・福島県)

松田聖子

 発売当時、シングルとしての売り上げ数は50万枚。『ガラスの林檎/SWEET MEMORIES』(85・7万枚)や『風は秋色/Eighteen』(79・6万枚)よりも低かったが、作曲・松任谷由実、作詞・松本隆による隠れた名曲として、ファンの間でも人気の高い曲ではあった。

 特に、教科書に掲載されたことが1位に選ばれた大きな理由だろう。綾瀬はるかなど次世代のさまざまな人がカバーしている。さらに、若者文化や社会トレンドに詳しい専門家・天野彬さんは松田聖子='80年代の象徴と捉える若者が多いことを指摘する。

「10~20代はスマホばかり見てテレビを見なくなったといわれていますが、まだまだテレビの影響は強いです。音楽特番やバラエティー番組で'80年代の特集はされており、ネットでアップされたりもします。

 テレビ番組だけでなく、週刊誌やWEBの記事でも聖子さんはよく取り上げられていますよね。メディア側は大人に向けて発信しているかもしれませんが、若い世代も案外見ています。そういった意味でも聖子さんは認知度が高く、'80年代アイドルの象徴として捉えられているんじゃないでしょうか

 2位の曲も松田聖子で、『青い珊瑚礁』がランクインした。

1980年7月にリリースされた松田聖子の2枚目のシングル『青い珊瑚礁』

「親がよく聴いていて好きになった。夏になると聴きたくなる曲」(24歳女性・愛知県)

「青春感があって良いと思います」(17歳男性・神奈川県)

 天野さんはSNSとの相性のよさを注視する。

「明るいアップテンポのナンバーが今のSNSと親和性が強いんだと思います。いわゆる陽キャっぽさが人気の秘訣かもしれません」

SNSでバズった懐かしのあの曲

 荻野目洋子が'85年にリリースした7枚目のシングル『ダンシング・ヒーロー』が3位にランクイン。

1985年11月21日に発売された荻野目洋子の7枚目のシングル『ダンシング・ヒーロー(EatYouUp)』

「バブルを経験したことがないので、いつもこの曲を聴いて勝手にイメージしている。ノリやすいテンポ感とセリフ調の歌詞がくせになる」(16歳男性・神奈川県)

荻野目洋子

 平野ノラがバブルネタで出囃子に取り入れていたが、さらに彼女をオマージュした大阪府立登美丘高等学校ダンス部“バブリーダンス”がYouTubeで1億回以上再生された。この曲自体も2017年のランキングでトップ2に入るなど、まさにリバイバルブームを巻き起こした。

「今の10代&20代に人気のSNS『TikTok』は、ノリのいい音楽や覚えやすいダンス動画が拡散されやすい。まさに『ダンシング・ヒーロー』のような曲がハマりやすいんです。

 一度、人気動画になるとどんどん拡散されていくので、覚えやすい曲がリバイバルヒットしやすい傾向があります。昨年はラッツ&スターの『め組のひと』も同様にSNSからバズりましたが、思わぬヒットが生まれやすいです」(天野氏・以下同)

 続いて4位は、今年、本格復活を噂されている中森明菜。若者世代で特に人気が高かったのは「ゲラッゲラッゲラッ」の歌い出しでおなじみ『DESIRE-情熱-』

1986年2月リリースの中森明菜の14枚目のシングル『DESIRE-情熱-』

「テレビで流れる映像を見たときに衣装が今まで見たことない凝ったデザインだったから。女性アイドルっぽくなくてカッコいいと思った」(20歳女性・群馬県)

「YouTubeで過去に出演した映像を見たときにカッコよくて震えたのを覚えています」(23歳男性・北海道)

 6位にも中森明菜の『少女A』がランクインしている。

1982年7月リリースの中森明菜の2枚目のシングル『少女A』

「中森明菜さんもKing Gnuなどの人気アーティストにカバーされていて若い世代の認知度が高い。昨今は音楽のサブスクを利用する若年層は多く、まずカバーで知って、その元の曲を聴き比べできます。サブスクもリバイバルブームが生まれやすい要因かもしれません」

中森明菜

 5位に入った少年隊の『仮面舞踏会』も同様。ジャニーズの後輩グループがカウントダウンライブなどでカバーし、原曲を知り“名曲”として語り継がれているようだ。

1985年12月リリースの少年隊のデビューシングル『仮面舞踏会』

「今聴いてもリズムがカッコいい!」(17歳女性・千葉県)

「ステージに立つスターから見たファンの中の1人が輝いて見えるという、夢を見させてくれる歌だから好き」(21歳女性・東京都)

「好きなジャニーズグループがカバーしていて好きになったけど、本家を聴いたときはカッコよすぎてびっくりした」(20歳男性・東京都)

『君だけに』『星屑のスパンコール』なども名前が挙がっており、若い世代にも少年隊を深掘りするファンが続出しているよう。

人気アーティストのカバーで有名になった曲

 7位はカバーがきっかけで好きになった人が多かったチェッカーズの『ジュリアに傷心』。

1984年11月に発売されたチェッカーズ5枚目のシングル『ジュリアに傷心(ハートブレイク)』

「テレビで藤井フミヤさんと北村匠海さんのデュエットを聴き、曲がカッコいいと思った」(18歳女性・東京都)

「Acid Black Cherryのカバーで知った」(19歳男性・宮城県)

 8位は近藤真彦の『ギンギラギンにさりげなく』。若いころがカッコよすぎると話題に。

1981年9月発売の近藤真彦の4作目のシングルレコード『ギンギラギンにさりげなく』

「今見てもカッコいいし、時代の先駆け的存在だと思う」(22歳男性・静岡県)

 9位に入った薬師丸ひろ子の『セーラー服と機関銃』は長澤まさみや橋本環奈がカバーしヒット。40周年を記念してTikTok配信を行った小泉今日子も10位にランクイン。工藤静香は「Koki,さんのファンでお母さんの曲も聴くようになった」という声があがる。'80年代の歌謡曲が広まるのは、音楽メディアの多様化に関係があると天野さんは言う。

1981年11月に発売された薬師丸ひろ子のデビュー曲『セーラー服と機関銃』

「動画サービスでのヒットはコレだけど、サブスクではコレ、このSNSでのヒットはコレなど、利用しているメディアによってヒット曲が違います。今流行っている音楽はコレ!というのがわかりにくい状況。

 紅白歌合戦の出場者ですら、最近は知る人ぞ知るといった人が多いのも同じ理由です。だからこそ、みんなが共通の話題にできる'80年代アイドルの曲が流行するという側面もあります

 さらに天野さんは他の年代に比べて'80年代のアイドルはカリスマ性があると指摘。

「今のアイドルはSNSでのコミュニケーションが不可欠。親しみやすく“共感”してファンになってもらいやすいですが、“憧れ”でファンを獲得するのは難しくなっています。

 SNSもなく、テレビのみの露出だった'80年代アイドルたちにはその“憧れ”が保たれているのでしょう」

 スーパーアイドルが誕生することは難しい時代ゆえに、マスな存在の'80年代アイドルは今後ももてはやされる!?

10代&20代が好きな「アイドルソング」ランキング

 インターネットアンケートサイト「Freeasy」にて9月26日、15歳以上30歳未満の男女1200人を対象に実施した。

〈1位〉松田聖子『赤いスイートピー』121票
〈2位〉松田聖子『青い珊瑚礁』82票
〈3位〉荻野目洋子『ダンシング・ヒーロー』68票
〈4位〉中森明菜『DESIRE-情熱-』57票
〈5位〉少年隊『仮面舞踏会』55票
〈6位〉中森明菜『少女A』43票
〈7位〉チェッカーズ『ジュリアに傷心』34票
〈8位〉近藤真彦『ギンギラギンにさりげなく』33票
〈9位〉薬師丸ひろ子『セーラー服と機関銃』31票
〈10位〉小泉今日子『なんてったってアイドル』25票
〈11位〉工藤静香『嵐の素顔』18票
〈12位〉チェッカーズ『ギザギザハートの子守唄』15票
〈13位〉中山美穂『世界中の誰よりきっと』10票
〈14位〉斉藤由貴『悲しみよこんにちは』9票
〈15位〉工藤静香『慟哭』7票
 

教えてくれたのは……

天野 彬
1986年生まれ。メディア研究者。一橋大学卒、東京大学大学院情報学環・学際情報学府修士課程修了。現在は電通メディアイノベーションラボ 主任研究員。SNSのマーケティング活用や若年層のトレンドについて発信する。

取材・文/諸橋久美

 

 

松田聖子

 

中森明菜(1987年)

 

1986年の紅白、少年隊はデビュー曲『仮面舞踏会』で初出場

 

第2回『日本ゴールドディスク大賞』授賞式にてスピーチするチェッカーズ(1988年)