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 高齢化が進み、2025年には約700万人、65歳以上の5人に1人が認知症患者になると予想されている日本。この病の研究の中で近年、生活習慣の見直しなどリスク低減に取り組むことで発症や進行を遅らせることができるとわかってきた。

「なかでもいちばん大きな認知症予防効果が期待されているのが聴力の維持です」

 そう話すのは、川越耳科学クリニック院長の坂田英明先生。

 2017年、認知症についての国際的な専門機関の発表によると、認知症でもっとも患者数が多いアルツハイマー型認知症の発症原因のうち、40%は予防が可能。さらに、そのうちの9%を占め、発症との関連性が高いのが45~65歳の難聴ということが明らかになった。

50代の耳老化が認知症発症を大きく左右する

「生活習慣を見直して、50代くらいから始まる加齢性難聴を予防していけば、ある程度、認知症の発症を遅らせたり、予防することが可能だということです」(坂田先生)

 高度難聴者では、認知症になるリスクが健聴者の約5倍も高まるという調査結果もある。また、大脳にある感覚の刺激が集約される部位を調べると、認知症患者は聴覚の情報がもっとも少なくなっていることも最近の研究で判明。

「認知症患者は、耳が聞こえにくくなることで、視覚や触覚などほかの感覚情報とうまく連携できなくなっていることもわかってきました」(坂田先生)

嗅覚低下は5年後の軽度認知障害リスク50%UP

 一方、嗅覚も認知症の発症に大きく影響を及ぼす。金沢医科大学耳鼻咽喉科学・主任教授で、日本における嗅覚障害の診療・研究の第一人者とされる三輪高喜先生は、「嗅覚低下がある人は、ない人に比べて、5年後にアルツハイマー型認知症の前段階といわれる軽度認知障害を発症する確率が50%ほど高い」と指摘する。

「軽度認知障害からアルツハイマー型認知症へ進行してしまう確率も嗅覚低下がある人のほうが高いといわれています。一般的に男性は60代、女性は70代から嗅覚が衰えますが、視覚や聴覚に比べて嗅覚は衰えに気づきにくい。一度衰えた嗅覚は戻らないので、50代から予防に努めてほしいと思います」(三輪先生)

 認知症発症のリスク要因になる“50代からの耳・鼻の衰え”。まずは、チェックリストで聴覚・嗅覚が低下していないかセルフ診断を。介護が気になってくる親世代の状態に目を向けるのはもちろん、日々の生活の中で自分の耳と鼻の健康を守ろう!

Check List 〜聴覚・嗅覚の衰えサイン〜

【聴】
□会話の中で聞き返しが増えた
□男女の声で聞きやすさに差がある
□テレビの音量について指摘される

【嗅】
□香水がキツイのに気づかない
□身だしなみを気にしなくなった
□食べ物の味やニオイがわからない

 自分や家族が上記の項目に当てはまらないかチェック。変化を見逃さず、早めに気づくことが重要!

『難聴と認知症リスクについての研究』難聴による認知症発症への影響を調査。聴力が正常な人に比べ、高度難聴の人はリスクが約5倍に!
出典:Lin et al(2011), Compared with normal hearing. increased risk of dementia

懐メロを聴いて耳と脳を刺激!

 ぼんやり聞いていると音の認知機能は錆びつくばかり!“聴く”を意識した生活が重要

 早い人では50代から始まる加齢性難聴。

「携帯電話がどこで鳴っているか、救急車がどの方向から来ているか、わかりづらいと感じたら、耳の衰えのサインです」(坂田先生、以下同)

なんの音か認識できない“脳の難聴”が危険!

 そもそも耳の衰えはどうして起こるのか。

 簡単にまとめると、音は耳に入ると、内耳の蝸牛(かぎゅう)内で電気信号に変換され周波数が決定。そこから聴神経を通って大脳に伝わり音として認識される。加齢性難聴では、内耳(蝸牛内)の有毛細胞が経年劣化で変形し音を把握しづらくなるうえ、そのことによって脳へ伝わる音の刺激が減少。音を認知する機能が衰え“何を言っているかわからない”という状態を引き起こす。

「認知症の発症は、この“脳の難聴”が深く関係すると考えます。さらに、難聴による脳幹機能や扁桃体の衰えは、睡眠の乱れやうつにもつながるので注意が必要です」

 ところが、「日本人は加齢性難聴に気づきづらい傾向がある」と警鐘を鳴らす坂田先生。というのも、加齢性難聴は、高い周波数(高い音)が把握できなくなるところから始まるが、日本語は英語に比べて抑揚が少なく低い周波数が中心なため、日常会話で困らないことが多いからだ。

「補聴器が必要で利用している人の割合は、日本の14%に対し、イギリスは47%。約3倍も違います。それだけ英語を話す欧米圏の人のほうが生活で聴きづらさを感じやすいということです

井戸端会議で脳に刺激。聴く力が活性化する!

 では、加齢性難聴を予防するには、どうすれば?

 例えば、耳鳴りなどの治療でも服用されているビタミンB12や内耳の抗酸化に効くコエンザイムQ10、αリポ酸を含んだ食べ物を積極的に取り入れるのが効果的。また、内耳を興奮させるカフェインや、ヘッドホンやドライヤーなど耳の近くでの爆音をできるだけ避けることが耳の衰え予防になる。

 そんな中、坂田先生がもっともすすめるのは井戸端会議。

「複数人が発する抑揚のある会話を聴き取るのは脳にとてもいい刺激になります。特に、リズムが一定の標準語より、高低アクセントの強い関西弁のイントネーションは、より脳を活性化するといわれています

 コロナ禍など、誰かと話すというのが難しい場合を想定し、1人でできる耳のトレーニングも習慣化したい。

聴き取る力が衰えてきたシニアは、孫など声の高い人との会話もトレーニングになる

重要なのは、ボーッと“聞く(hear)”のではなく、意識して“聴く(listen to)”時間を持つこと。テレビの音がちゃんと聞こえていても、内容が入ってこないときがありませんか?それは、音を認知する脳の機能がきちんと働いていない状態だから。脳が“聴く”訓練をすることで、難聴を遠ざけ、認知症のリスクを軽減できるはずです」

難聴リスクを上げるNG習慣
●カフェインを含む緑茶・紅茶・コーヒーなどをよく飲んでいる
●ヘルペスウイルスが原因の耳性帯状疱疹など疾患がある
●毎日、ドライヤーを4分以上使っている
●有機溶剤を使ったカラーリング剤で毛染めをしている

耳鼻科医のすすめる耳トレ
【1】思い出のある曲を聴く
「記憶に残っている音楽は、よりよい脳への刺激になります。高音が多いメロディーであれば、内耳のトレーニングにもなりますよ」

【2】ラジオを聴く
「耳からの情報だけで内容を理解する時間を持つことが、脳の活性化に。複数人での会話についていけなくなるのも防げます。朗読などを録音したオーディオブックもおすすめ」

【3】自然の音を探しながら散歩をする
「“これは何の音かな?”と考えながら散歩することで、耳と脳を同時に鍛えられます。また、散歩などの有酸素運動は内耳の血流をアップさせて正常な働きを促します」

教えてくれたのは……坂田英明先生 ●「川越耳科学クリニック」院長。埼玉医科大学客員教授(耳鼻咽喉科)。めまい、耳鳴り、難聴などの原因や予防法をメディアでも発信。『難聴 聞き取りをよくするCDブック』など著書多数。

自分や身の回りのニオイを意識する

 “たかがニオイ”と思うのは間違い。全身の働きが弱くなり、認知症の発症も引き寄せる

 加齢により起こる嗅覚の低下。調理で香りに触れる機会が多く、喫煙率が低いため、一般的に女性のほうが低リスクといわれるが、鼻の不調を抱えている人は注意が必要だ。

慢性的な鼻の病気も嗅覚低下の原因に!

慢性副鼻腔炎、花粉症を含むアレルギー性鼻炎はリスク要因になります。喫煙も嗅覚低下の原因となりますから、本人に喫煙習慣がなくても家族に喫煙者がいる場合はリスクになりうると考えます」

 と話す三輪先生。嗅覚が衰えると食べ物の腐敗やガス漏れなどに気がつかず、生活でさまざまな困難を招くが、そうなるまで気がつきづらく、あらかじめ備えられないことも問題だと指摘する。

慢性的な鼻の病気がある人は、まず耳鼻科受診を。嗅覚低下のリスクを取り除こう

「視覚や聴覚の衰えは、見えない・聞こえないという不便を想像できますが、嗅覚が衰えたときにどういう感覚になるかを想像するのは難しいのではないでしょうか。新型コロナウイルスに罹患(りかん)した患者さんが嗅覚障害の症状に驚くことは多いですが、“なってみないとわからない”というのが嗅覚低下の特徴だと思います」(三輪先生、以下同)

味覚の変化も併発し活力低下につながる

 さらに、ニオイがわかりづらくなると日常の不便を生み出すだけでなく、心身への影響も計り知れない。

「嗅覚が衰えると味覚が変わるため、自然と食べる量が減って、心身共に活力が衰えるフレイルや筋肉量が減少していくサルコペニアに結びつくと考えられます」

 食欲低下によるエネルギー不足から外出や他者との交流が減り、うつや軽度認知障害につながることも懸念される。

「まだ十分には解明されていませんが、嗅覚が衰えてニオイの刺激が脳に行かないことがアルツハイマー型認知症のリスクファクターの1つになるとも推測されています

 また、アルツハイマー型認知症を発症している人のほとんどが嗅覚低下を引き起こしていることから、嗅覚低下にいち早く気づくことで、認知症の早期発見、早期治療に着手できることも期待される。

「家族との食事で自分だけ料理の香りがわからないということがあれば、嗅覚が衰えている証拠。特に、カレーのニオイがこれまでと違うと感じるようになったら、嗅覚の低下を疑っていい。病院で原因を調べたほうがよいでしょう」

 家族が体臭を気にしなくなったり、香水が強くなったりしたら、嗅覚が衰え始めているかもしれないので注意を。

「嗅覚低下の予防には、ニオイを意識して嗅(か)ぐ“嗅覚トレーニング(嗅覚刺激療法)”が効果的です」

 香りを意識的に嗅ぐ習慣を身につけることで、嗅覚を鍛えることができる。トレーニングは、4種類の香りを各15秒ずつ順番に嗅いでいく、という簡単なものだ。さらに、週3回以上汗をかくほどのエクササイズで、10年後に嗅覚が低下する確率が3割程度減ったという論文も。

「研究段階ですが、男性は乳製品、女性は大豆やパンなどを食べることで嗅覚低下を予防できるというデータも」

 毎日の習慣で認知症予防ができるならぜひ取り入れたい。

食事で予防するなら

男性……乳製品
女性……大豆・納豆、パン、果物

耳鼻科医のすすめる鼻トレ

 朝晩2分で嗅覚キープ!

【1】4種類の好きな香りのアロマオイルを用意する。ドイツでは、バラ・ユーカリ・レモン・丁子(クローブ)の4種が推奨されている。

【2】 毎日朝と夜の2回、用意した4種類の香りを各15秒嗅ぐ。「これはバラの香り」など、香りを意識して嗅ぐことが重要。

教えてくれたのは……三輪高喜先生 ●金沢医科大学副学長。耳鼻咽喉科学・主任教授。耳鼻咽喉科・頭頸部甲状腺外科センター長。嗅覚障害、味覚障害の診断・治療を専門とする。著書に『カレーの匂いがわからなくなったら読む本』ほか。

〈取材・文/河端直子〉