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《侮辱してる輩、10月から開示請求が簡単になったの知らないの?》
《開示請求のハードルが下がったとのことで、無駄に攻撃的になるのは気をつける》

 10月1日より、インターネットに悪質な投稿をした人の身元の開示手続きを簡略化する『改正プロバイダ責任制限法』が施行された。SNSでは今、改正について、また誹謗中傷を咎める投稿が散見される。何がどう変わった?

情報を開示請求しても「すでに消えている」可能性も

「インターネットに誹謗中傷などの書き込みをされたときに、これまでは犯人を特定するためには裁判手続きを2回する必要がありました。1回目の手続きが“発信者情報開示請求の仮処分”。これはコンテンツプロバイダに対してのものです。例えば悪質な書き込みがツイッターでなされたとして、ツイッターに対して“犯人の情報を教えてほしい”ということを裁判するのが第1段階でした」

 そう話すのは、『ベリーベスト法律事務所』にて「削除請求専門チーム」に所属する井川智允弁護士。第1段階の手続きによって、どういった回線(ネット回線業者等)を使い書き込みがなされたかがわかる(この時点では氏名等の個人情報は特定できない)。

「2段階目が、“発信者情報開示請求の訴訟。これを経由プロバイダに対して行います。1段階目でネット回線業者等の経由プロバイダがわかったので、そこに氏名や住所等の“発信者に関する契約者情報”を請求する手続きが必要でした」(井川弁護士、以下同)

 従来の裁判手続きは2段階という点以外の問題点も。

「2段階目の経由プロバイダが、書き込んだ人の情報を永遠に保存しているならばいいのですが、だいたい情報を保存している期間が3か月から6か月くらい。つまり投稿から3か月たってしまったら、開示してもらいたくても、その情報がすでに消えていてないという状況がありました」

どんな言葉が誹謗中傷にあたるのか

 今回の改正でどう変わったのか。

「簡単に表現しますと、これまで1段階目の裁判に勝ってから、ようやく2段階目の裁判に進んでいたものが、1回の手続きでできるようになりました。また、1段階目でネット回線業者などの経由プロバイダに“情報を保存しておくように”と言えるようになり、誹謗中傷をした人の情報が消えることを防ぎ、訴えやすくなったといえます」

 ネット上では冒頭のように“開示請求のハードルが下がった”という声もある。この点は、“これからは大した表現じゃなくても誹謗中傷と取られやすくなったからヤバい”と考えている人も少なくない。

「どういうときに名誉毀損や侮辱が成立するかという“基準”は変わっていません」

 誹謗中傷の書き込みは、『侮辱罪』や『名誉毀損罪』などに問われることが多い。具体的に“どんな”言葉や表現が誹謗中傷と捉えられるのか。

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「“バカ”“ブス”“ウザい”“死ね”“殺したい”などといった暴言の類いは『侮辱罪』が適用される可能性があります。ただ、具体的に“どの”言葉が該当するということではなく、あくまで“総合的な判断”であると考えていただければと思います。

 私自身は“死ね”という言葉は通常問題があると考えていますが、ただ1つの単語がアウトかセーフかということは一概には言えず、繰り返し投稿が行われたなどの執拗性があったのか、それまでのやりとり、掲示板であればどのような趣旨の掲示板なのかなど総合的に考慮されます」

 事実、“死ねばいい”と書き込まれ、開示請求を行ったが、敗訴した例が。『100日後に死ぬワニ』で一躍有名になった漫画家のきくちゆうき氏だ。最終回直後にさまざまなメディアミックスが発表され、“金儲け”と一部で炎上。結果「きくちゆうきも一緒に死ねばいいのに」という投稿がツイッターでなされた。しかし、請求は以下のような判決で棄却された。

「ねえねえ。いつ死ぬの?」

《原告が掲載した連載漫画が最終的に死ぬことになるワニを描いたものであることから、それに関連付けて投稿されたものと推測することができるが、その他にこのような投稿を行うことについての根拠が示されていることはうかがわれない》

《本件投稿と同種の内容の投稿が繰り返しされたというような事情や、本件投稿が殊更に原告を貶める意図の下にされたことをうかがわせるような事情も認められない》

《投稿は穏当ではない表現を含むものではあるものの、それが社会生活上許される限度を超える侮辱行為として原告の権利を侵害することが明白であるとは認められない》

「同種の内容の投稿が繰り返されたという執拗性がなかったという部分、また際どい判断だと思いますが、作品に関連づけられた投稿に過ぎず、“殊更に原告を貶める意図ではない”と考えられたことで、受任限度を超えておらず違法ではないと判断されたのだと思います。この判断は今回の改正後であっても変わるものではありませんが、担当する裁判官の価値判断や証拠関係によっては違う判断をするケースがあるかもしれません」

 当然ながら“執拗じゃなかったらセーフ”などと考えてはいけない。'20年5月、女子プロレスラーの木村花さんが自ら命を絶った。原因はSNSでの度重なる誹謗中傷といわれる。

 彼女の元には「ねえねえ。いつ死ぬの?」「死ねや、くそが」「きもい」などの言葉が届いていた。執拗に行っていた者もいただろうが、1回だけ送ったという者も中にはいただろう。

自身への誹謗中傷に対して「対処する」としたきくち氏のツイート

「送ったその人にとっては一度のひと言でも、それが積み重なって傷つくという事情があると思います。被害者側としては、誰がしたかは関係なく、多くの人に言われたことですごく傷つくわけですから」

 基準は変わらずとも、開示請求は“時間がかかる”という認識を持つ人が少なくなかったため泣き寝入りの状態の人も多数いたはず。手続きが簡略化され、かつお金をかけて裁判をしても情報がなくなっていたというリスクもなくなったため、今後は誹謗中傷者への法的責任の追及は活発化すると見られる。

 大事なのは“この程度の言葉なら大丈夫”と認識できるような基準や線引きではない。大切なのは画面の向こうの“誰か”だろうが、対面している“この人”だろうが、相手を傷つけるような表現をしない、という思いやりだろう。