タモリ

 40年以上にわたり、お茶の間に愛され続けてきたタモリ(77)。昭和57年にスタートした冠番組『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)は10月8日に40周年を迎え、18年ぶりとなる新著『お江戸・東京 坂タモリ 港区編』(ART NEXT)も10月12日に発売されるなどその活躍ぶりは健在だ。

 一方で、終戦の年に生まれたタモリは今年8月に喜寿を迎えている。いつまでも続くと思われていた『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ系)が突然終了した2014年のように、タモリがテレビの舞台から姿を消す日も、考えたくはないがいつかはくるだろう。そのときにタモリに代わりテレビの顔となるのは誰なのか……江戸川大学マスコミ学科教授で、お笑い評論家でもある西条昇先生に話を聞いた。

ポスト・タモリは誰か?

「タモリさんがデビューしたのは、やや遅咲きで30歳のころ。もともとは芸人を目指していたわけではなく、ジャズ演奏家の山下洋輔さんらにその面白さを半ば発見されるような形で福岡から上京することに。

 その後、素人芸人としてアングラな“密室芸”を披露するなかで、漫画家の赤塚不二夫さんに気に入られたことが大きな転機となって、ついにテレビデビューを果たしました」(西条先生、以下同)

 デビュー当時は“4か国語麻雀”というネタや、イグアナの形態模写、デタラメな言語“ハナモゲラ”を話すネタなど、マニアックな即興芸で人気を博したが、テレビ業界的にはややキワモノ芸人のような存在だったという。

「タモリさんの精緻な観察眼やアドリブ力から生まれる即興芸は本当に面白く、他の芸人とは一線を画すものでした。今の芸人でいえば、日常の光景をモノマネに落とし込む中川家・礼二さんには、芸人としてのタモリさんと似た雰囲気を感じます。

 また、ピン芸人としてのシュールさやマニアックさという点では、バカリズムさんなども意外と近いものがあるかもしれませんね」

 デビュー後間もない1976年にラジオ『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)のパーソナリティーに抜擢され、'80年代にはトーク&コントバラエティー『今夜は最高!』(日本テレビ系)や『タモリ倶楽部』もスタート。こうした番組には、即興芸とはまた異なるインテリジェンスなタモリの魅力があふれていた。

「もちろん下ネタなども多くありましたが、ジャズの演奏を披露したり、哲学的なトークを展開したりと、タモリさんの多才さがお茶の間に認知されていきました。現在でも『ブラタモリ』(NHK総合)などで顕著に見られるように教養の深さや趣味人としての側面は、タモリさんの持ち味のひとつだと思います」

 ニッチな世界に面白さを見いだし、それを知性で笑いに変えるセンスは『タモリ倶楽部』にも存分に表れている。

「タモリさんが何かを面白がっている姿を見たい、その独特な視点をもっと知りたいという需要があるのも、タモリさんならではという気がします。そういった視聴者の知的欲求をくすぐるという点でポストタモリ的な存在を考えれば、いとうせいこうさんやみうらじゅんさんなどは“タモリ的な魅力”を持っているようにも思います」

 タモリを“昼の顔”として起用し、国民的キャラクターに押し上げた『~笑っていいとも!』や『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)で数多くのタレント・アーティストと対峙してきた“MCタモリ”の力量については、多くの人が知るところだ。

脱力感が生み出す不思議な空間

「グイグイと番組を回していく司会者とは異なり、タモリさんはいい意味で力の抜けた受け身の天才。どんなゲストに対しても気負わず、時に沈黙が訪れることもいとわない不思議な空気感があります。『~いいとも!』では、各曜日のレギュラー陣が起こすドタバタを、時に傍観者的な立ち位置から楽しそうに眺めている姿も印象的でした」

 こういった司会ぶりは、タモリとともにお笑いBIG3のひとりに挙げられ、細かなボケを盛り込みながら笑いの空気をグイグイとつくり上げていく明石家さんまとは対極にあるともいえるだろう。

「無理に自分から空気を変えようとせず、その場の流れをうまく生かして周りを引き立てるMCぶりは、タモリさんならではのもの。そういった脱力感が許される雰囲気づくりがうまいという意味で、今の芸人で考えると、おぎやはぎさんにはタモリさんに通じるものがありそうです」

 脱力系MCという点では、ふかわりょうもポストタモリに近い存在といえるかもしれない。ラジオ番組などで自ら「タモリイズムの継承者」を標榜しているように、力の抜けた司会ぶりにはタモリを彷彿とさせる場面も多々ある。

番組ごとにMCのやり方を柔軟に変えてみせるのもタモリさんのすごさ。近年では、報道番組『タモリステーション』(テレビ朝日系)で“ほとんど発言をしない”という姿を見せたことも話題になりました。

 一方で、状況に応じて急にノリノリになる姿を見せたり、思わぬハプニングなどが起きたときに的確なアドリブ力を見せつけるなど、司会者タモリという存在は一様には語れません。本当の意味で“司会者タモリ”のすべてを引き継ぐような人は現れないのではないかとも思いますね

 タモリの経歴を振り返ったとき、「早稲田大学中退」という非凡な才能の系譜があることを西条さんは指摘する。

「実は早稲田を中退した芸能人は多く、古くは“エノケン・ロッパの時代”を築き、榎本健一さんと戦後の日本のコメディー界を席巻した古川ロッパさんという人がいます。ほかにも、森繁久彌さん、大橋巨泉さん、永六輔さんなども早稲田中退組なのですが、こういった過去の大物たちが持っていた知性や笑いのセンスは現在のタモリさんに通じるところがあるとよく感じます」

 その後も、小室哲哉、ラサール石井、サンプラザ中野くんなど、早稲田大学を中退した後に才能を開花させた存在は数多くいる。早稲田の学生の間では「中退一流、留年二流、卒業三流」という神話めいた言葉が今なお受け継がれているという。現在活躍している芸人では、くりぃむしちゅーの上田晋也も早稲田中退の経歴を持つが、その意味ではいつかポストタモリと呼ばれる日がくるかもしれない。

 中川家、おぎやはぎ、いとうせいこう、上田晋也……ポストタモリを受け継ぐ可能性のある人物は何人も挙がるが、“タモリ”という特異な存在は余人をもって代えがたいこともまた同時にわかった。

「タモリという人物を要素ごとに切り分けて考えれば、それぞれの資質を引き継ぐような人はいると思います。ただし、どれもあくまでもタモリという人物の一側面にすぎず、全体像としての“タモリ”をまるっと受け継げる人は、おそらくいないのではないでしょうか。改めて唯一無二の奥深い存在だと感じます」

 テレビの衰退が叫ばれる一方、そこで活躍を続けるタモリの魅力は一向に衰えない。お茶の間を楽しませ続けている“森田一義アワー”はまだまだ終わらないだろう。

西条昇(さいじょう・のぼる)●お笑い評論家、江戸川大学マスコミ学科教授、アイドル研究家。江戸川大学ではエンターテインメント論、アイドル論、お笑い論を担当し、ゼミでは業界志望学生の就活指導も行っている

(取材・文/吉信 武)

30歳ごろのタモリ。サングラスを外した貴重ショット('77年)

 

大の鉄道好きというタモリとの共通点がある中川礼二

 

タモリと同じく福岡出身のバカリズム

 

タレント、作家、俳優と幅広く活躍するいとうせいこう

 

独特の脱力感が持ち味のおぎやはぎ