川原恵美子さん(香川県まんのう町でそば店「田舎そば川原」を営む76歳のYouTuber。近著に『「田舎そば川原」恵美子さんの料理帖』(KADOKAWA)など)写真提供/内田伸一郎

「貧しい中、母に悩まされ、義父の借金返済。明日はどうやって生きようという人生だったよ」そう笑う川原恵美子さんは、香川県でそば店を営む。料理のコツを紹介するシニアYouTuberとしても大人気だ。

何も困ってないお金を除いては(笑)

着々と登録者を増やしているYouTubeチャンネル。身近な料理の意外なワザも

 登録者数51・1万人(2022年11月現在)を誇るユーチューブの人気チャンネル『田舎そば川原』。

 ここで数々の料理と、おいしくなるワザを紹介しているのが、香川県まんのう町でそば店を営む川原恵美子さんだ。ユーチューブを始めたのは2年前、なんと74歳のとき。

 自然あふれる田園風景を背景に、おっとりとした口調で、自身が40年以上かけて生み出してきたレシピを伝え、人気を博している。話題を集めたのが「そうめんゆでるな」。鍋にそうめんを入れてお湯が沸騰したら火を止め、蓋をして5分置くだけでおいしさを引き出すワザだ。

 テレビでは明石家さんまやマツコ・デラックスとも共演し、店には客が押し寄せたが、これまでの人生は苦難の連続だった。

「幼いころ、両親が離婚。母が後妻に入った川原家は貧しく、私は農業を手伝い、アルバイトをして家計を助けました」

 顔も性格も父に似ていたことから母からは冷たく当たられ、義理の兄弟にはいじめられる日々。家族の世話をしながら、義父の借金の返済を続ける生活は20年も続く。

「下の子たちを卒業させるため、私は満足に学校に通わせてもらえませんでした。でもはた(周り)を幸せにしないと自分は幸せになれんの」

過去の苦労を感じさせない笑顔

笑顔が絶えないそば店。「心のきれいな方ばっかりが集まってくるんです」写真提供/内田伸一郎

 結婚後は2児を育てながら、農業や結婚式場、介護施設、そして現在営むそば店と、さまざまな仕事をしながら、大家族を切り盛りしてきた。

「明日が生きられん、枕が濡れない日がないという人生だったんです」

 しかし、そう話す川原さんの笑顔はそんな過去の苦労を微塵も感じさせない。

「私はいつも誰かに求められて、導かれて今ここにいるんです。挫折している暇なんかないんですよ」

 感謝の心を忘れず、実直に働く川原さんに周囲の人が次々と声をかけ、その縁で新しい仕事が舞い込んでくる。

「周りの人に本当に助けられて、何も物に困ることはありません。お金にだけは困っていますけど(笑)」

ガラケーしかないのにユーチューブに挑戦

 ユーチューブで川原さんが紹介しているのは、節約と工夫を重ねる日々の中で生まれたレシピ。そこには野菜の皮や茎、芯、つるまで無駄にせずおいしく食べるための、無数の工夫がこらされている。

 幼いころから料理とともにあった川原さんの生活。誰に教わるでもなく、自ら考えて編み出した料理は川原さんの人生そのもの。

「地位も名誉も何もない私が、自分の子どもたちに残せるものは、自分の後ろ姿、足跡しかありません。それを形にして残したかった。それがこのレシピなんです」

 2人の息子も現在、川原さんの料理を覚えて作っているという。自分の子どもたちにと思っていたレシピ。それは徐々に、まんのう町の若者に、そしてもっと多くの若い世代に残したいという思いに変化する。

 そんなとき、そば店の10年来の常連さんに提案されたのがユーチューブだった。川原さんは当時、携帯もガラケーだったが、「おもしろそう!」と躊躇なく飛び込んだ。

 そこから2年間、スタッフとともに走り続け、300を超えるレシピ動画を公開した。

「孫のようなスタッフに大事に手取り足取りしてもらっています。本当に楽しくて、撮影現場ではみんなずっと笑っているの。生ある限りやっていきたいと思っています」

 撮影は、朝9時から5時間ぶっ通しで行うハードスケジュール。撮影前にも川原さんのこまやかな気配りがある。

「ずっと大家族だったから、お料理は大きな鍋に砂糖やしょうゆを目分量で入れて作っていたんです。でも、動画を見てくれる皆さんに合う分量に直すのは礼儀。1レシピにつき3回は試作します」

 さらに、季節や生活環境の変化に合わせて、少しずつアレンジを加えている。

「若い子たちになじんでもらおうと思ったら、時代に合わせなければ。この四苦八苦もまた楽しいんです。『仕事で疲れているときに見て癒されています』なんて言ってもらえて、こちらも元気になります」

家には自分のものは何もない

店内で食べ放題の漬物や柚子胡椒はすべて手作り。1人で夜なべをして作る 写真提供/内田伸一郎

 穏やかな笑顔で周りに人が絶えない川原さん。店には客のほか、近所の人たちも援助のため、使えそうな食材を手に集まってくる。

「家には自分のものは何もありません。そば屋もお客さんが持ってきてくれたものばっかりで始めたんです」

 食材や道具、人との縁……目の前のものに真摯に向き合ってきたその人柄は多くの人をひきつけてやまない。

 そば店のスタッフに「お金がないから十分なことはできない」と詫びる川原さんに、文句を言う人はいない。むしろ都合をつけては手伝いに来てくれるのだという。

「お店で働いてくれる人たちは、お客さんとじかに接して本当に大変な立場です。その人たちを守るのが私の仕事。もし失敗や失礼があっても、一生懸命してくれている人たちの過ちは、私の過ちです」

60代まで生きてきたらここから先は儲けもん

 川原さんが前向きに、笑顔で過ごせる秘訣は何なのか。

川原恵美子さん(76)写真提供/内田伸一郎

「自分を信じて笑っていればいいんです。つらいことがあっても笑いながら『つらい!』と言えばいい。笑う門には福来たるです」

 現在76歳の川原さん。これから自分と同じように年齢を重ねていく人たちに向けて、こんな言葉をくれた。

「60代まで生きてきたらね、もう自信。ここから先は儲けもんなんですよ。この年までやってきたんだから何でもできると自分を信じて生きてほしいです」

 気負わず、人生はいつも成り行きだと話す川原さんからのエールは、いつもシンプルで心強い。

「皆さん、お母さんのお乳を飲むことも知らなかったのに、いつの間にかいろんなことを覚えて生かされてきた人生なんです。だからもう怖いものなし。元気を出して前向きに楽しく暮らせば、80代でも90代でも大丈夫!」

川原さんあったか語録

苦しくても、一晩寝たら明日は何かいいことがある

 苦しいと思ったら人は生きられません。人間の運命は変えられない。だから、それを少しでもいいほうに展開させられるように一生懸命考えるんです。私は、明日は何かいいことがあるかなぁと期待してこの年まできました。

批判も経験になる

 私のチャンネルを見て、批判する人もいます。いろいろな人がいるので、そう思う人もあるでしょう。でも、批判もちゃんと私の経験になるんです。

最期は子どもに迷惑をかけたい

「子どもに迷惑をかけたらいかん」というけれど、私は最期、息子たちに自分の世話をしてほしい。その姿を孫たちが見て、自分の親に同じようにしてくれたらいい。人の死に接する経験も大事だと思うんです。

<取材・文/後藤るつ子>