加納美幸さん(仮名)は週刊女性の取材に「悔しい」と肩を震わせた

 先月、兵庫県でセクハラ訴訟の控訴審判決が下りた。一審では「わいせつが認められる」とされ、被害者の勝訴だったが控訴審では「わいせつは認められない」と一転敗訴。いったい何があったのか─。「納得ができない」と声を震わせる被害女性に話を聞いた。

「電車内で上司から左の首筋にキスされました。そして下着の中に手を入れて左胸を揉まれました。突然のことだったので、助けを求める声が出ませんでした」

 兵庫県内の企業でアルバイトとして働く加納美幸さん(仮名・43)が、上司の男性からわいせつ行為を受けたとして上司と会社を訴えていた裁判が終結した。一審で裁判所は女性の性的自由を侵害したとして、わいせつ行為を認定したが、訴えのすべてが認められたわけではなかったため加納さんは控訴する。しかし二審ではわいせつ行為そのものが認められず、逆転敗訴した。その後、最高裁に上告したが、棄却。判決は確定した。事実認定の難しさを示す裁判だった。

 訴状によると、被告の上司や原告の加納さんらは職場で開く忘年会の下見をした。加納さんは希望していなかったが、上司が加納さんの参加を決めた。下見を終えた午後11時ごろ、駅構内で上司は加納さんの左の首筋にキスをした。電車内でも上司は加納さんにキスをし、胸を揉んだ、というのが加納さんの主張だ。

 翌日、加納さんは精神的なショックを受けていたが、出勤する。上司に一連のわいせつ行為の記憶があったかを確かめるためだ。結果、加納さんは上司にセクハラの記憶があると判断。しかし上司と会話をしたことで、嫌な記憶がよみがえりその後の5日間は精神的なストレスで十分な睡眠が取れず、会社を休まざるをえなくなる。

セクハラを「まったく覚えていない」

 一方、一審、二審ともに会社側や上司はわいせつ行為を否定した。上司は「被害を受けていたならば、なぜすぐに被害届を出すなり、会社に相談しなかったのか」「していたら覚えている」と主張。会社の代表者も「何度も当該の社員に事情を聞いたが、わいせつ行為をしていません」と証言。

忘年会下見翌日はセクハラを覚えていたそぶりをしたのに“まったく覚えていない”という証言もどうかと思います」(加納さん)

 目撃者も防犯カメラの映像もないために、供述の信用性が焦点になった。一審では、上司が供述した内容が信用できないとして、「原告の意思に反して行われ、性的自由を侵害することは明らか」と認定した。しかし、「一回限りで継続性はないこと、職場での関係を利用したものではない」として、加納さんの一部勝訴だった。

「入社したころ、気分転換したいと上司からドライブに誘われました。そのとき、カラオケの個室やラブホテルに誘ってきましたが、断ったんです。すると、上司は抱きついてキスしようとしました。夫にも相談しましたが、入社間もない時期だったため、会社には言っていません。

 判決では、(セクハラの)継続性の部分も、職場での上下関係の利用の部分も否定されましたがドライブ時にラブホに誘われた件があるので、継続性があるといえるのではないでしょうか。また、忘年会は上司が誘ってきた飲み会です。職場の上下関係を利用しているのではないでしょうか」(加納さん)

被害者の訴えは認められない現状

※写真はイメージです

 一審判決を不服として加納さんは控訴。しかし、二審判決では、一転、わいせつ行為そのものが認められなかった。裁判所は、入社後から性的な言動を受け、それを不快に感じていたのであれば、「上司との接触の機会を最小限にしようとするはず」などとして、加納さんの供述の信用性を疑った。

 加納さんは裁判の理不尽さを感じ、SNSにも投稿した。

「一審判決後から、自分の中だけで消化できなくなったんです。それまでSNSをしていませんでしたが、やってみようと思ったんです。多くの人に共感をいただきました。

 高裁判決では『触られた』以上のことを同僚に話していない、ということが不利な要因になっています。辱めにあったことを同僚に言わないことが不利になるなんて。これでは、セクハラ被害者の訴えは認められることが厳しいと思います」

 二審の判決では、上司や会社側が主張する、「セクハラもパワハラもない。そのため、会社の対応は不当ではない」という内容が認められた。加納さんは最高裁に上告したが、棄却された。

※写真はイメージです

訴えを起こせば働き続けられない

「刑事よりも民事のほうが提訴のハードルは低いといわれていますが、民事では立証責任は厳しい。こうした判決を受けると、暗い気持ちになります」

 加納さん側の代理人弁護士は「高裁判決が納得できないのは上司のわいせつを否定した点のほか、セクハラを主張した人が会社で働き続けられないことを事実上、容認した点です」と指摘した。

 厚生労働省は、職場におけるセクシュアルハラスメントについて、「職場」において行われる、「労働者」の意に反する「性的な言動」に対する労働者の対応により、労働条件について不利益を受けたり、就業環境が害されること、としている。

 裁判では証拠を提出できるかが鍵になる。争った場合、客観的証拠がないと、被害者がセクハラを証明するのは難しい。企業側としては、予防や再発防止が強く求められる。労働施策総合推進法によって2022年4月から中小企業に対しても、セクハラ防止措置を義務付けた。これまで以上に企業倫理も問われる。

 加納さんは「二度と私と同じような人が出てきてほしくない」と話している。

取材・文/渋井哲也

しぶい・てつや 1969年生まれ。新聞記者を経てフリーに。若者のネット・コミュニケーションや学校問題、自殺などを取材。著書に『学校裏サイト』(晋遊舎)、『気をつけよう!ケータイ中毒』(汐文社)、『自殺を防ぐためのいくつかの手がかり』(河出書房新社)など