第5弾まで登場した『大宮ガチャ』

 コインを入れて回転式レバーを回すと、カプセルに入った玩具やグッズが出てくる「カプセルトイ」(通称・ガチャガチャ)。今、地域のディープなスポットや名物をモチーフにした「ご当地カプセルトイ」が話題を呼んでいる。

カプセルトイの火付け役『大宮ガチャ』

 その火付け役といわれるのが、埼玉県さいたま市大宮区の『大宮ガチャ』だ。'21年3月に第1弾が発売されるや、SNSを中心に人気が爆発。あれよあれよと第5弾まで登場し、現在まで累計17万個以上を売り上げる異例のヒットを記録するまでに。

 人気の秘密は、ご当地ネタのディープ&マニアックさだ。例えば、第1弾のラインナップは、『FMラジオFM NACK5』『大宮アルシェ』『ソニックさん』というように、大宮圏の人にはなじみがあっても、圏外の人には「?」なご当地ネタが“容赦なく”並ぶ。

 こうした地元の人々しか共有できない特別感がウケて、今では「大宮に続け」とばかりに、仙台(宮城県)、船橋(千葉県)、東銀座(東京都)、日光(栃木県)などなど、日本全国のいたるところで、“地元民だけがほくそ笑む”だろう「ご当地カプセルトイ」が登場しているのだ。

「新型コロナウイルスの影響で、イベントができなくなりました。そうした状況下でも、地元・大宮を盛り上げることはできないかと思って」

 そう話すのは、大宮駅西口にある複合商業施設『大宮アルシェ』を運営するアルシェの中島祥雄社長。『大宮ガチャ』を企画した仕掛け人だ。

「大宮には、『珈琲館伯爵邸』という24時間営業の喫茶店があるのですが、こういった地元の人たちにしかピンとこないディープな場所をカプセルトイにしたら、皆さんが喜んでくれるのではないかと。最初は、軽いノリ……悪ノリといってもいいかもしれません(笑)。面白そうだからやってみようという気持ちでした」(中島社長、以下同)

 ところが、『大宮ガチャ』第1弾は、発売のリリース情報が解禁されるやTwitterで話題となり、発売からたった2日で用意していた1000個すべてが売り切れになるほどの反響を呼んだ。「3か所しか設置していませんでしたから、半年くらいかけて売り切ればいいなと考えていました。まさかの事態」

 と中島社長は笑うが、その後も人気はやまず、第2弾の制作が決定する。それにしても気になるのは、この絶妙なご当地ネタのチョイス。何かポイントはあるのか?

よくあるお土産ガチャにしない

『大宮ガチャ』は『大宮アルシェ』、『ビックカメラ大宮西口そごう店』、『大宮西口DOMショッピングセンター』などに設置

「“グッズにならないだろう”という視点は大切だと思っています。例えば、大宮には『大宮アルディージャ』というサッカーチームがあります。地元を代表する存在ですが、すでにたくさんグッズがある。でも、『珈琲館伯爵邸』や『大宮西口DOMショッピングセンター』はそうではない(笑)。よくあるお土産ガチャになってしまうと面白さが失われるので、その点も意識しています」

 結果的に、唯一無二のグッズになるため、地元民は「手に入れたい」とガチャを回すというわけだ。

 一方で、苦労がないわけではない。「第1弾は構想から発売まで約1年かかりました」と中島社長が打ち明けるように、難産の末に商品化したという。

「カプセルトイは子どもがやるものというイメージが強いので、オファーをしても『うちはそういうものにしてほしくない』と断られるケースが多かった(苦笑)。ですが、氷川神社さんがカプセルトイ化をOKしてくださって風向きが変わりました」

 氷川神社がやるならうちも協力しましょう─。中島社長は、「地元のアイコンのような存在も大切です。氷川神社と伯爵邸が並ぶラインナップだからご当地感が出る」と声を弾ませる。

『大宮ガチャ』のヒットを受けて、アルシェのもとには、浦和や川越といった大宮以外の地域からも「ご当地カプセルトイも作ってくれないか」という依頼が舞い込んできたという。今では、大宮を含め7地域のカプセルトイを展開する。

町の印刷会社を救ったご当地カプセルトイ

 もちろん、独自にご当地カプセルトイを作っている地域もある。

「今年8月の販売開始から現在まで累計5000個ほど売れています」

 と語るのは、青森県のご当地カプセルトイ『青森のたんげ、めぇアクリルキーホルダー』を作るアサヒ印刷の藤田直樹さん。

青森・弘前市で広まった『青森のたんげ、めぇアクリルキーホルダー』

「取引先だったイトーヨーカドー弘前店の店長さまから、地元を盛り上げたいので何かできませんかと相談を受けたことがきっかけでした」(藤田さん、以下同)

 実は、アサヒ印刷にとってもこのオファーは九死に一生だったという。新型コロナが感染拡大したことで、新しい生活様式が浸透。政府や自治体は、オンラインを推奨した。

「私たちは印刷会社ですから、名刺や事務書類などを作っていた。ところが、“名刺交換はオンラインで”といったCMが放送されるような状況になり、月に400件近くあった名刺作成の依頼は9件にまで急減。このままでは倒産するという状況でした」

 死活問題に陥っていたアサヒ印刷は、経済産業省のものづくり補助金を申請し、その補助で紙以外にも印刷できるUVインクのプリンターとレーザー加工機を導入した。

「アクリルに印刷でき、なめらかにカットできる機器を用意したはいいものの、何を作ればいいのか暗中模索でした。そうした最中に、イトーヨーカドー弘前店さまから相談をいただき、ご当地カプセルトイが話題を呼んでいるという話になったんです」

 イトーヨーカドー弘前店の売り場のスタッフを交え、作り手のプロダクトアウトな目線ではなく、生活者の視点になって熟考。そうして生まれたのが、『玉子とうふ』『スタミナ源たれ』などの有名県産品をモチーフにした『青森のたんげ、めぇアクリルキーホルダー』だ。青森県民以外は「?」にならざるをえないラインナップだが、今では青森から離れて暮らす子どもに親が仕送りをする際、このキーホルダーを一緒に入れて送る─いわば、“お守り”のような存在になっているそう。

 設置場所はイトーヨーカドー弘前店のみにもかかわらず、スマッシュヒット。12月からは第2弾の販売も始まった。「ようやくコロナ前の業績まで戻りつつある」と藤田さんが話すように、ご当地カプセルトイは、町の印刷会社を回復させる救世主でもあった。

ご当地カプセルトイで地元と向き合う

「私たちのような中小企業は少数ロットから生産が可能。小回りが利く点も、ご当地カプセルトイと相性が良かった」

 前出・アルシェの中島社長も首肯する。

「われわれも少数ロットで作り続けています。大量に作るとなると在庫を抱えたくないから冒険できません(笑)。少数だからこそチャレンジしたご当地ネタを扱える」

 また、ご当地カプセルトイは、地元とあらためて向き合う好機とも中島社長は付言する。

「“埼玉都民”と言われるように、東京に近い大宮や浦和は地元愛がないのではないかと言われ続けていました。むしろ、自虐的なところがあった。しかし、映画版『翔んで埼玉』がヒットしたくらいから、自虐性をエンタメとして楽しめる風潮が高まった。

 そうした素地があったからこそ、“誰が買うの?”という『大宮ガチャ』が受け入れられたと思います(笑)。ふたを開けたら、ものすごく地元愛にあふれていることがわかったんです。エリアを広げて“さいたま市ガチャ”にしていたら、きっと失敗していたでしょうね」

 ネタが枯れることなく、『大宮ガチャ』が第5弾まで登場した背景には、SNSなどで「これを入れてほしい」といった声が多数届いたからだという。「大宮にゆかりを持つ皆さんと一緒に作り上げてきた感覚」、そう中島社長は目を細める。

「現在、第6弾を仕込んでいるのですが、いつか飽きられるということは百も承知です。ですが、カプセルトイによって大宮にも浦和にも与野にもシティプライドがあることがわかりました。その地元愛を違う形で生かしていくことが大切だと思っています」

 ご当地カプセルトイが盛り上がるのも納得だ。カプセルの中には、地域のアイデンティティーが詰まっている。

<取材・文/我妻弘崇>