(左から)福留功男、みのもんた、大橋巨泉さん

『クイズ・ドレミファドン!』『ザ・タイムショック』──。かつて一世を風靡したクイズ番組が、ここ最近、特番として復活するケースが目立っている。日本初のクイズ番組は、1946年にNHKラジオで放送を開始した『話の泉』といわれ、以後、手を替え品を替え、70年以上も人気ジャンルに。そこで今回、30〜60代の全国1000人を対象に、「もう一度見たいクイズ番組」と題してアンケートを実施。あなたが好きだったクイズ番組は何でしたか?

「誰の解答が当たるかを賭ける番組で、子ども時代の私には面白かった」(東京都・49歳男性)、「はらたいらさんに1000点! 好きでした」(神奈川県・57歳女性)

もう一度見たいクイズ番組1位は『クイズダービー』

 1位に輝いたのは、解答者に自分の持ち点を賭ける競馬方式のクイズ番組『クイズダービー』('76〜'92年 TBS系)。篠沢(秀夫)教授、竹下景子、はらたいらさん……アンケートでは、個性的な解答者たちが忘れられないという人が続出。

「個性のかたまりのようなクイズ番組です」と説明するのは、クイズ専門誌『QUIZ JAPAN』編集長で、クイズ番組の問題作成や監修を担当する大門弘樹さん。

「家族全員で見るであろう『8時だョ!全員集合』の前の時間帯にもかかわらず、競馬を模して点数を賭けるという発想がすごい(笑)。また、当時のクイズ番組の解答者は、応募で参加した一般人が定型でしたが、この番組は漫画家のはらたいらさんや篠沢教授といった個性派ぞろいでした」(大門さん)

 こうした背景には、企画を立案したとされる大橋巨泉さんの手腕が大きいという。

「問題も、アメリカンジョークやダジャレなどを含み、単に知識を競わせるだけでなく、ユーモアを盛り込んでいました。巨泉さんらしい、大人の教養としても楽しめるクイズ番組だと思います」(大門さん)

大橋さんが司会を務め、はらさん、竹下ら個性的な解答者で人気を博した『クイズダービー』

2位『クイズ100人に聞きました』

 続く2位は、観客の「ある!ある!ある!」のフレーズが耳から離れない『クイズ100人に聞きました』('79〜'92年 TBS系)。

「世間一般の意見が反映されているため、見ているほうも参考になる。楽しめるし、親しみやすいタイプのクイズだった」(京都府・44歳女性)という声が集まるように、日常の“あるある”ネタをモチーフにした問題の親しみやすさが人気を博した。

 同番組は、主に一般人の家族・親類同士がチームとなって解答し、勝つと賞品をもらえる権利を獲得したが、「番組が始まった'70年代は賞品(賞金)がもらえるというクイズ番組が主流だった」と大門さんは解説する。

「日本が徐々に豊かになっていくことで、賞品も白物家電から海外旅行というように、グレードアップしていきます。日本人の物欲が高まっていく時期で、『アップダウンクイズ』('63〜'85年 TBS系ほか)の優勝賞品は、ハワイ旅行になったほどでした。また、スポンサーとしても物品提供することで、良い宣伝になるという相乗効果があった」(大門さん)

撮影機材の発展でクイズ番組がさらに進化

 規模感と本気度に圧倒された──。そんな声を多数集めて3位にランクインしたのは、『アメリカ横断ウルトラクイズ』('77〜'98年 日本テレビ系)。「クイズ番組でありながら旅番組のような要素もあって楽しい」(千葉県・41歳女性)、「今じゃとてもできそうにない。クイズのみではなく、人間ドラマもあった」(滋賀県・55歳男性)

3位『アメリカ横断ウルトラクイズ』

 日本のクイズ番組史上、もっともスケールが大きく、ドラマチックなクイズ番組だろう。

「『アップダウンクイズ』の優勝賞品がハワイ旅行と先述しましたが、14年後に始まった『ウルトラクイズ』では、ハワイは通過点になった。日本がさらに豊かになった証左です」と大門さんは語りつつ、「カメラをはじめ機材の小型化が進んだことで、ロケ型のクイズ番組が可能になった」と同番組の裏側を教える。

「『ウルトラクイズ』といえば、ハット型の早押しボタンも特徴的ですが、これが生まれたのには理由があります。屋外だと日差しが強く、ボタンを押してもパトランプが光っているのかわからない。そこで視認できるように、ボタンを押したら“立つ”というハット型が誕生しました」

『ウルトラクイズ』はクイズ出題者の福留功男の「ニューヨークに行きたいか〜!」というフレーズも印象的だった

『ウルトラクイズ』以前に、解答者を海外に連れていってクイズのロケを行うというフォーマットはなかった。『ウルトラクイズ』によってノウハウが蓄積され、同時に旅番組的な側面として情報も織り込むというスタイルが確立されたという。

 また同番組は、日本テレビの『木曜スペシャル』枠で放送されていた。『木曜スペシャル』といえば、「世界初!」などの惹句が躍り、ユリ・ゲラーの特番やUFOシリーズなどで世間をアッと言わせたことでも知られている。

「『ウルトラクイズ』の制作費は、最盛期で5億円を超えたともいわれています。日本テレビが威信をかけたクイズ番組でしたから、多くの人が魅了されたのも納得です」(大門さん)

4位『なるほど!ザ・ワールド』

 そして4位が、「楠田(枝里子)さんとキンキン(愛川欽也さん)のやりとりが面白かった」(京都府・58歳男性)、「世界のいろいろな話題を知ることができて面白かった」(静岡県・62歳女性)といった支持を得た『なるほど!ザ・ワールド』('81〜'96年 フジテレビ系)だ。実はこの番組、「『ウルトラクイズ』から派生した番組です」と大門さんは語る。

「『ウルトラクイズ』は、日本テレビから委託されたテレビマンユニオンという制作プロダクションが手がけていました。『なるほど!ザ・ワールド』は、長年『ウルトラクイズ』に関わっていたスタッフが、新しい制作会社を立ち上げて手がけた番組なんです」(大門さん)

 ちなみに、現在も続く『日立 世界ふしぎ発見!』('86年~ TBS系)の制作は、テレビマンユニオンが務めている。『ウルトラクイズ』を母体として、次々と世界を舞台にしたロケ型クイズ番組は誕生していった。大門さんは、「ラーメン店が分派していくように、クイズ番組も派生して誕生する傾向があるんです」と話す。

「『なるほど!ザ・ワールド』のプロデューサーだったフジテレビの王東順さんは、『クイズ・ドレミファドン!』('76〜'88年 フジテレビ系)や『クイズ!年の差なんて』('88〜'94年 フジテレビ系)なども手がけています。王さんが手がけるクイズ番組は、必ず出題する際に番組名をコールします」(大門さん)

 こうした細かい演出が人気番組になった秘訣といえるわけだが、現在放送されている『超逆境クイズバトル!! 99人の壁』('17年〜 フジテレビ系)で、佐藤二朗が「99人の壁」とコールするのは、「王さんの愛弟子さんたちが作っているからなんですよ」と大門さんは教える。まさに、クイズ番組に歴史ありだろう。

5位『クイズ$ミリオネア』

 そして、トップ5に滑り込んだのが、『クイズ$ミリオネア』('00〜'07年 フジテレビ系)だ。読者からは、「司会のみのもんたの正解を告げるときのタメが緊張感を生み面白かった。スリルも抜群!」(千葉県・51歳女性)などの声が寄せられた。

みのが解答者に向けた「ファイナルアンサー?」という言葉も流行した『クイズ$ミリオネア』

 もともとは、イギリスで人気を呼んでいた『Who Wants to Be a Millionaire?』というクイズ番組が世界に広がり、ここ日本でも人気に。とはいえ、「一般視聴者参加型」「賞金獲得」「知識を競う」というように、『クイズ$ミリオネア』は原点回帰ともいえるクイズ番組。

「賞金を積み上げていくスタイルは、『クイズMr.ロンリー』('82~'87年 TBS系)でもやっていた。4択クイズもありましたから、海外で流行ったミリオネアは、すでに日本のクイズ番組が通ってきた道です。裏を返せば、日本のクイズ番組のクリエイティビティーの高さを物語っている。日本のクイズ番組は、世界に誇れるコンテンツなんですよね」(大門さん)

 日本は、クイズ番組大国だった! たしかにトップ5を見ると、どの番組も個性豊かで、「面白かったなぁ」なんて思うはず。近い将来、この中から復活するクイズ番組もあるかも!?

【懐かしクイズ番組ランキング】

1位 『クイズダービー』('76〜'92年 TBS系)136票
2位 『クイズ100人に聞きました』('79~'92年 TBS系)82票
3位 『アメリカ横断ウルトラクイズ』('77~'98年 日本テレビ系)70票
4位 『なるほど!ザ・ワールド』('81~'96年 フジテレビ系)52票
5位 『クイズ$ミリオネア』('00~'07年 フジテレビ系)49票

大門弘樹(だいもん・ひろき)●クイズ専門誌『QUIZ JAPAN』編集長、クイズ専門店『QUIZ ROOM SODALITE』店長。『日本クイズ協会』では理事を務める。クイズゲームやクイズ番組の問題作成や監修を担当。『パネルクイズアタック25』での優勝経験も持つ

(取材・文/我妻弘崇)