(左から)原晋監督、森保一監督、新庄剛志監督

 厚生労働省が'22年に発表した、新規大卒就職者の就職後3年以内の離職率は31.5%だった。離職の理由は給与などの待遇以上に、上司や先輩と馴染めないからという声が多かったという。

 どんなリーダー像を若者たちは求めているのか? そこで、ここ最近注目を集めているスポーツ界のリーダーたちの中から“理想の上司”をアンケート。全国20代~30代の男女600人に「上司になってほしいスポーツ界の監督」を聞いた。

1位 森保一監督(169票)、2位 新庄剛志監督(152票)

 169票で1位に輝いたのは、サッカー日本代表の森保一監督(54)。続いて僅差で2位にランクインしたのは、152票を集めた日本ハムファイターズの新庄剛志監督(50)。

「森保監督のような、選手ひとりひとりに対する心配りをしてくれるリーダーがいいなと思います」(京都府 女性 36歳)

「新庄監督なら失敗しても、明るくこちらが落ち込まないように指摘してくれそう」(埼玉県 女性 23歳)

 と、ふたりを選んだ人からは上司として期待する声が上がってきた。リーダー論に精通し、公認心理師、組織人事コンサルタントの小倉広さんは、

「リーダーにいちばん必要なものは、部下に“自己決定をさせる”ことです」

 と、指摘する。

「森保監督は、PKの順番や選手交代後のフォーメーションも選手たちに決めさせていました。自己決定させることで選手の主体性や責任感を高めることが可能になります。しかし古いタイプのリーダーはこれが極めて苦手です。

 要は自分で何でも決めたいんですよ。僕がかつて書いた『自分がやった方が早い病』という本があるんですが、まさに病気なんです(笑)」(小倉さん)

 そして、監督の考えを押し付けるような指導方法は“前世代”のものだと話す。

「今までのリーダーは自分の考えを選手に押し付けてきました。自身の選手時代の実績やカリスマ性で、人によっては極端に言えば暴力と圧力で従わせてきました。しかし、今や選手は効果につながる論理性が伴っていないとついてきません。

 リーダーに求められる資質が、押し付け型の“ティーチング”から、部下に考えさせ決めさせる“コーチング”に変わってきているんです」

 今までの“根性論”だけで猪突猛進に走っていくタイプのリーダーは受け入れられなくなっている、と小倉さん。しかし、「今の若い連中は根性がないからだ」という声も聞こえてきそうだが……。

「古いタイプの押し付けでやってきた人の言葉でしょうね。今の若い人たちは、SNSやネットを通じて上司以上に先端的なリーダーシップ論や脳科学、心理学など本質をわかっているんです。だから根性がないのではなく、バカバカしくてついていけないだけですよ」(小倉さん、以下同)

 また、ただ正しいことを言葉にするだけでは足りないと言う。

「合理的、論理的である上に、僕はエモーショナル(情緒的)、いわゆる“エモさ”が必要だと思います。例えば新庄監督はまさに“エモい”リーダーです」

 ド派手なパフォーマンスで人を驚かせ、ある意味、常識破りな新庄監督。'22年のペナントレースでは、チームが最下位に沈むも、アンケートで2位に入るほどの人気は、彼の言葉に人の感情を動かす力があるからだという。

「例えば、吉田輝星選手の投球をブルペンで見たとき“めっちゃ速くね? 俺、現役のときに打てないわ。速っ”とタメ口でコメントしていました。これが“速いですね、いい球です”と冷静に言われるよりも、選手には心に響きますよね。

 部下は論理性かつ合理性を求めながらも、真逆のエモーショナルな部分も求めています。人間はハートで動くから、どんな正しいことを言われても、ハートに響かないと伝わらないし、動かないんです」

 こういった傾向は、48票で3位に入った箱根駅伝で有名な青山学院大学原晋監督(55)、44票で4位に入った、野球日本代表の栗山英樹監督(61)にも当てはまるという。

3位 原晋監督(48票)、4位 栗山英樹監督(44票)

「選手と寝食を共にし、選手たちのプライベートもよく知る青学・原監督。栗山監督は、日ハム時代にキャンプイン初日から選手全員と毎日一対一で直接話をするなど、選手一人一人を大切にする姿勢を見せていました。こうした姿勢が部下である選手の心に響くんです」

 アンケートでこのふたりを選んだ理由を見ると、

「原監督は決して偉そうな態度をとらないし、選手の個性を把握して上手く伸ばしているようにみえる」(石川県 女性 38歳)

「大谷選手の二刀流を後押ししたときもそうだけど、選手それぞれの長所をちゃんと理解して伸ばしているところが栗山監督はすごい」(鹿児島県 男性 37歳)

 と、“対話”を通じてハートを打つ指導に惹かれている人が多かった。こうした短所へのダメ出しではなく長所を伸ばすことは、脳科学的にも理に適っているのだと小倉さんは話す。

「論理的に考えることを司っているのは、前頭前野を中心とした大脳新皮質の働きです。これは人間にしかない、新しい脳の部分。しかし、この新しい脳は相手から否定されたり考えを押し付けられると、活動が止まります。否定されたことで古い脳である大脳辺縁系が反応し、大脳新皮質への血流が20%程度低下することが明らかになっているのです」

 この大脳辺縁系という部分は仲間意識、動物でいえば群れを作ることを司っているという。

「子どもがいじめられて、自死を選んでしまうニュースがありますよね。これはまさに自分を否定されて“群れ”から追放された状態。常に“群れを作り外敵から身を守ってきたホモ・サピエンスを祖先に持つ人間にとって、群れから外されるということは死を意味します。

 だから、ダメ出しをして問題点を直していくというやり方は効率が悪い、というより無理なんです。大脳辺縁系が反応しないようにするには、ネガティブなダメ出しをやめてポジティブな要求に言い換えること。“遅刻するな”ではなく“早く来ようね”と言うことです」(小倉さん)

 スポーツ界でもビジネス界でも「他先進国のリーダーにとっては、このような考え方は当たり前」と、小倉さんは日本のリーダーたちを憂う。

「日本の名だたる大企業から、GAFAなどへの人材の流失が止まりません。優秀な人ほど日本型の古いリーダー論に疑問を持ち、もっと働きやすく、待遇もいい企業へと移っています。古い考えに囚われているリーダーがトップにいる、旧態然の日本の企業は、このままでは衰退していくでしょう。

 今回のアンケートの結果から、若い世代が新しいリーダー像をわかっていることが救いかもしれません。彼らがそれを体現して、組織を変えていって欲しいですね。もっともそれまで、日本企業が存続できれば、の話ですが」

お話しを伺ったのは……小倉広(おぐら・ひろし)公認心理師、組織人事コンサルタント。メガバンクなど大企業を中心に年間300回以上企業研修に登壇。『1on1の技術』『任せる技術』など著作50冊累計100万部。
阪神タイガース時代の新庄剛志(1999年オールスターゲーム)

 

新庄剛志(2001年)

 

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