ほぼシリーズ

 見た目や食感、味をカニに似せたかまぼこ、通称「カニカマ」。原料は魚のすり身で、今やスーパーやコンビニに必ず並んでいるほどおなじみの食品となっている。

 日本で初めて開発されてから半世紀がたつなか、もはや本物のカニと遜色ない出来栄えの『ほぼカニ』を世に送り出し、話題を集めているのが、兵庫県神戸市に本社を置くカネテツデリカフーズ株式会社だ。

本物を超える味への挑戦

「2014年に発売された『ほぼカニ』ですが、開発が本格的に始まったのは2012年。当時の市場では直線型のカニカマがほとんどで、そういった従来の練り製品とは異なる“世界一ズワイガニに近いカニカマ”を作ろうという思いのもとで、商品開発プロジェクトが発足しました」

 そう教えてくれたのは、カネテツデリカフーズの開発部部長・宮本裕志さん。まずは基本に立ち返り、本物のカニと向き合うところから『ほぼカニ』の開発は始まった。

「弊社がこれまで作ってきたカニカマの枠にとらわれず、カニの特長をより捉えた新しい商品を目指したいという思いがあり“本物のカニってどんな味だっけ”という根本的なところから研究がスタートしました。

 チームのメンバーと本物のカニをひたすら食べ続けた経験は、苦しいながらもオイシイ思い出ですね」(宮本さん、以下同)

 実際にカニを食べ続けてわかったのは、カニ肉の繊維の方向や細さ、噛んだときの弾力、口の中でほろりとほどけるような食感。

 それらを魚のすり身で忠実に再現するために、実際の工場のラインを使って試作を100回以上繰り返した。

カニの繊維の細さや向きに着目し、本物に近い断面を実現。上が『ほぼカニ』、下が本物のカニの断面図

「細く短い繊維を斜めに重ねることで、食感は限りなく本物のカニに近づけることができたと思います。一方で、味の再現については難航を極めました。

 カニの味を理化学分析して、アミノ酸などの数値を本物に近づければ近づけるほど、なんだか素っ気ない味になってしまったんです」

 データ上は完璧なカニの味なのに、食べてみるとあまりおいしくない。商品として成立させるためには、数値の完璧な再現ではなく、みんなが思い描くカニのイメージに近づける必要があったという。

「例えば、旅行先で家族みんなと食べるカニのおいしさは、数値では測れない特別な味わいがあると思うんです。そういう食の楽しさや思い出を含めて、データだけではなく実際に舌で感じる“おいしいカニ”の味を追求していきました。

 この味わいは『ほぼカニ』が本物のカニを超えた部分かもしれませんね。和食料理人に監修をお願いした添付の『黒酢入和だしカニ酢』も、より本格的な味を演出するアイテムのひとつです」

 食感と味に加え、ビジュアル面にもこだわった。ややかすれたような色合いと形状は、一見では本物のカニと区別がつかないほどの仕上がりだ。

節の部分に向かって細くなっていくカニ脚の笹形のような形状など、細かな部分まで再現しました。自然な色着けの技術は企業秘密で、工場見学でもお見せしていない工程ですね。

 また、現在のパッケージはカニの全形をイメージしていて、トレイにはカニの脚やハサミが表現されています。

 見た目の楽しさも食体験の大切な要素のひとつなので、スーパーで本物のカニを丸ごと1杯買って帰るようなワクワク感をお届けできたらと思っています」

試食の感想がネーミングの由来に

 こうして、試行錯誤の末に生まれた『ほぼカニ』。遊び心あふれる、親しみやすいネーミングの経緯について、マーケティング室室長・加藤諒子さんは次のように振り返る。

「当時の村上健社長(現会長)が商品を試食した際につぶやいた“ほぼカニやな……”というひと言が、商品名の由来となっています。

 ほかにも『ZY(ズワイ)』や『カニゴールド』、『でもカニ』、『なんかカニ』といった候補が挙がっていたのですが、商品のコンセプトを的確に表しながら、インパクトが大きく語感もかわいい『ほぼカニ』でいこうということになりました」

 業界全体では練り物商品の低迷が続くなか、発売から8年を経た現在、『ほぼカニ』は当初の約5倍の販売数にまで成長を遂げた。

 昨年12月には、優れたネーミングを選出・表彰する『日本ネーミング大賞2022』で『ほぼカニ』が大賞に選ばれるなど、メディアやSNSでも度々話題を集めている。

 マーケティング室の荒井紅美さんは、人気の理由を次のように分析する。

SNSでは“パッケージに書かれた『※カニではありません』の注意書きまでおもしろい”という感想や、“本物のカニに見せかけて食卓に出したら、誰もカニカマと気づかなかった”という声が寄せられるなど、若い世代やお子さんなどにもご好評いただいています。

日本ネーミング大賞で受賞した『ほぼカニ』

 “真面目にふざける”というカネテツの社風をまさに体現したような商品で、食卓でのコミュニケーションが生まれるきっかけになれているのかなと思います」

カネテツ「ほぼシリーズ」

『ほぼカニ』のヒットを受け、さまざまな高級食材を練り物で再現する「ほぼシリーズ」の新企画もスタート。まず白羽の矢が立ったのが、ホタテを模した『ほぼホタテ』だ。

「実は、ホタテ風かまぼこの構想は『ほぼカニ』に着手する以前からあったんです。かつて弊社で商品化されていたこともあり、当時の技術や『ほぼカニ』のノウハウをふまえて、新開発に取り組みました。

 形状については、『ほぼカニ』の製造過程でかまぼこを成型する際、ホタテのような低い円柱形の“失敗作”がポロポロと生まれていて、それをヒントとして生かしながら研究を進めました」(宮本さん)

 同社はその後も『ほぼエビフライ』や『ほぼカキフライ』など、練り物を使った新商品を続々と発表していった。

「家庭で作るのが大変な揚げ物メニューも商品化したいという思いがありました。2016年に発売した『ほぼエビフライ』は原料にエビを使っておらず、甲殻類アレルギーの方でも食べられます。

 また、食あたりが不安だという声の多いカキフライも、練り物で再現した『ほぼカキフライ』なら安心してお楽しみいただけます」(加藤さん)

 近年は『ほぼうなぎ』や『ほぼいくら』といった、さらなる高級食材の代替商品も誕生。これらの開発の裏には、食に関する社会課題を解決したいという思いが隠れている。

世界的に絶滅が危惧され、値段も高騰し続けているウナギは、商品化の要望が多い食材でした。『ほぼうなぎ』は限りある水産資源を守りながら、日本の食文化を次の世代につなげるきっかけになればという思いが込められた商品です。

 また、イクラの食感を再現した『ほぼいくら』は魚卵アレルギーの方や生ものを控えている方にもオススメです。

 ほかにも驚くような商品開発が進んでいるので、今後の発表を楽しみにしていてください」(荒井さん)

 練り物の特性を生かし、変幻自在に“ほぼ食品”を生み出し続けるカネテツ。食料価格高騰の時代に、今後もおいしさとクスッと笑える食のエンタメを提供してくれそうだ。

カニ、うなぎ、いくら……高価なシーフードをもっと身近に

「ほぼシリーズ」の歩み

2014年『ほぼカニ』

『ほぼカニ』

 2012年からプロジェクトを開始し、世界一「ズワイガニ」に近いカニ風味かまぼこが誕生。

2015年『ほぼホタテ』

 消費者からの声に応えて、これまで蓄積してきた練り物製造の技術を用いて誕生。

2016年『ほぼエビフライ』

『ほぼエビフライ』

 人気のシーフードであるエビの味を再現。アレルギーでエビが食べられない人にも好評。

2017年『ほぼカキフライ』

『ほぼカキフライ』

 切り口まで本物のカキそっくりに再現。タルタルソース付きで即食のニーズに応えた。

2018年『ほぼうなぎ』

『ほぼうなぎ』

 通販限定、数量限定販売品。商品化のニーズがもっとも多く、発売後すぐに完売。

『ほぼタラバガニ』

『ほぼタラバガニ』

 カニの王様「タラバガニ」を再現したカニ風味かまぼこ。焼いたり、鍋にしてもおいしい。

2020年『サラダプラス ほぼホタテ』『サラダプラス ほぼタラバガニ』

『サラダプラスほぼホタテ』(左)、『サラダプラスほぼタラバガニ』(右)

 サラダ特化型商品として発売。高タンパク、低脂肪で健康志向のニーズに応える。

2022年『ほぼいくら』

『ほぼいくら』

 魚卵アレルギーや生ものを控えている人でも食べられる。期間限定商品。

 このほか2019年におつまみ商品『大粒ほぼホタテ 浜焼き風』、定番の『ほぼカニ』にカニ味噌とカニ由来の食物繊維「キトサン」を配合した『すごいほぼカニ』を発売するなど、人気のシーフードを再現し続けている。

(取材・文/吉信 武)