滝藤賢一 撮影/山田智絵

「正直、不安でした。かけ離れた世界にイメージが湧かなくて。僕はLGBTQ+ではないので“この役を自分がやっていいんだろうか?”と。それでもお受けしたのは、安心して挑戦できる環境を整えてくださったからです」

 公開中の映画『ひみつのなっちゃん。』は、新宿二丁目で食事処(どころ)を営むママ“なっちゃん”の突然の死から始まる。息子がオネエだったとは知らぬ母親(松原智恵子)と鉢合わせてしまったバージン(滝藤賢一)ら仲間の3人は、なっちゃんの故郷・郡上八幡での葬儀に招かれてしまう。オネエをひた隠しての出席を決めたが……。

「動き、声の出し方、しゃべり方、メイク……すべてがチャレンジでしたね。でも、新しい役へのチャレンジはやっぱりちょっと燃えますね」

 撮影期間中はオンオフを問わず常に“女性よりも女性らしく”生活をしていたという。そんな滝藤が作り上げたドラァグクイーンは、息をのむほど美しい。

「初めてこの格好をしたとき?うれしかったですし、エクスタシーを感じたというか、ゾクゾクするものがありました。“こんな俺もいるんだ”と。新しい自分を見せられると思ったし、またやりたいな、と(笑)」

苦しいけど、役を作るということが好き

 もともと線が細いほうではあるが、バージン役の滝藤はさらに華奢(きゃしゃ)に見える。

滝藤賢一 撮影/山田智絵

「バージンの場合は身体を絞りながら、首のラインからきれいななで肩をつくり、細くも筋肉質でカモシカのような脚につくり変えましたね」

 さぞ長期的に、もしくは極端な身体づくりを?

「いやいや、2週間くらいですよ。僕はもう5年くらいトレーニングは欠かさず、ベースをつくり続けています。普段は週3、詰めるときは週5。あとは役柄によって、絞るのかパンプアップするのか、どちらにも振れるように準備しています。だって今の年齢で“1からバージンを2か月でつくる”なんてやったら、身体壊しますからね。間違いなく、肉離れですよ」

 そのトレーニングはきつくて仕方ないと笑うが、

「でも、それも仕事ですから」

 滝藤の徹底的な役作りは有名だ。体重の増減は言わずもがな、『ゴールデンスランバー』('10年)では堺雅人演じる主人公の整形後の姿として数シーンの出演だったが、堺の全セリフを覚えて撮影に臨んでいた。

「ヒマなんですよ(笑)。あははは。でも、役を作るということが好きだからかもしれない。苦しいんですけどね。やっぱり、ロバート・デ・ニーロなんかを見て育っているので。

『レイジング・ブル』('80年)とかすごいですから。デ・ニーロは。1本の映画の中で20何キロも太るんですよ。根性だけではどうにもならない。“食える”という才能がないと、体重の増減って難しいんです。僕には向いていない。やっぱり好きなものを適量食べたいですもん。若いころ、食べられなかったしね。そのために頑張っているところもあるから(笑)」

はかない色気にぐうの音もでない

 バージンのはかない色気が爆発しているのが、郡上八幡での浴衣姿。

「みんなそう言ってくれるんですよね。うれしいなぁ。でも、あのシーンにはいろんな思いがあったからなのかな。ピチピチ&キラキラした若い2人の仲間への嫉妬や悔しさ。バージンがいちばん気にしていたドラァグクイーンという存在が郡上八幡の人々に受け入れられた事実。何かが溶けていくような思いが表情に出たのかしら?(笑)

『ひみつのなっちゃん。』はとっても愛くるしいキャラクターばかりで、心が穏やかになるやさしい映画だと思うんです。“クイーンの話かな?”と思うけど、クイーンを通じた友情物語、親子愛、恋愛。共感できるところがいっぱいあると思います」

寝る時間を惜しみ出られるだけ出てきた

 迎えた '23年。どんな年にしたいかと尋ねると、

「昨年がとても充実した1年だったので。これを同じように続けられるといいなと思っています」

 充実ポイントは、作品に時間をかけて向き合えたこと。

滝藤賢一 撮影/山田智絵

「他の作品とカブることなく、向き合っている作品はひとつだけ。また次の作品をやるときは1か月くらい時間が空いて、ちゃんと準備ができていて」

 とはいえ、滝藤はあちこちで引っ張りだこ。作品を掛け持つことはザラだったのでは?

「何ならそれを自ら好んで、何十年もやってきました。でも、本来はひとつの作品に時間をかけたほうがいい。そのほうが愛着がわくし、いい作品になるから。

 今までの僕は寝る時間を惜しんで、出られるだけ出ていた。来たオファーは全部受けたいし。やっぱり、僕に来ている役を他の俳優さんにやられるのは悔しいじゃないですか。ずっとそうやってきましたが、僕の中でそこに限界を感じるようになってきて。体力的にも精神的にも。だから一昨年(おととし)、事務所を移籍した際にスタイルを変えたんです」

 人気と実力を兼ね備えた俳優としてシフトチェンジをしようとも、たゆまぬ努力と意識の高さ、熱い情熱は変わらない。壁を作らず、心のままを話してくれ、よく笑う。滝藤賢一が求められ続ける理由がよくわかる気がした。

滝藤さんの秘密、教えて!

「ペルシャ絨毯を買ったんですね。めちゃくちゃ高いやつ。そのペルシャ絨毯の上を、土足で歩いているっていうのが僕の奥さんに対する秘密です(笑)。早く、味わい深い雰囲気を出したいから」

 えっ!それを奥様が知ったら……。

「怒ると思うよ。ブチ切れると思いますね(笑)」

『ひみつのなっちゃん。』新宿ピカデリーほか全国ロードショー中(c)2023「ひみつのなっちゃん。」製作委員会

『ひみつのなっちゃん。』

 新宿ピカデリーほか全国ロードショー中(c)2023「ひみつのなっちゃん。」製作委員会